第8話
「スノウ、あんまり気負うな」
「はい、チリィ先輩」
「…えい」
「冷たっ!?」
背中に冷たい何かが入れられ、背筋を冷やす。
「チリィ先輩、いたずらはやめてください」
「ふっ、緊張解けただろ」
水色を基調としたゴシックドレスをまとう、まだ小学生にしか見えない魔法少女『チリィキャット』、その後ろにフリフリと揺れる尻尾が見え、頭についた猫耳はピコピコと動いている。
たしかに、変に力んでたのはなくなったけど、ただ単にいたずらしたかっただけだよね。
「結果おーらい」
私のじとっとした視線から感じ取ったのか、心の声に返事をされた。この子、初めて会った時から妙に鋭いんだよな…。
「ほら行く」
「わっ」
チリィにお尻を蹴られ、4階建てのオフィスビルから落とされる。
「っしょっと」
問題はない。魔法少女の頑丈さとしなやかさなら、この程度は問題なく着地できる。
「さて、やりますか」
両の手からそれぞれ一つずつ白銀の流動体を産み出す。二つを合わせて大きくなったそれは細長く紡がれ、花開き、形作る。刃長40㎝柄60㎝の銀槍だ。
ひび割れた極彩色の空から何かが落ち、目の前の家に突っ込んだ。
「シィィーーーー」
倒壊する家屋の中から蛇のような魔獣が現れた。胴体の太さが1mくらいあり、魔獣の証である紫黒色の結晶が鼻先から角の様に生えている。手足のない体がうねり、目の前にいる小さな生物を飲み込もうと喰いかかる。
工夫の無い直線的な動きだ。右前方に躱し、すれ違い様に銀槍で斬り上げる。魔獣の黒い体から赤い血が吹き出し、痛みに悲鳴をあげて動きが鈍くなる。速い、けどリーテより全然遅い。振り上げた銀槍を持ち替え振り下ろす。魔獣の皮を破り、肉を貫き、貫通した槍が地面に魔獣の肉体を縫い付けようとするが、それを可能にするには銀槍が短すぎた。あっさりと引き抜かれ距離を取られる。魔獣は白い生物を脅威と認め、しかし武器を失っている好機を見逃しはしない。
少女を中心に円を描いて囲み、逃げ道を封じる。小さな白い生物は動きについていけないのか立ち尽くしたままだ。隙だらけだが、痛手を追わせられたこれに真正面からは挑まない。
背後から強襲した魔獣は、すぐに視界の半分が無くなっていることに気づいた。やられたのか。不味い、見失った。はやく探さねば。魔獣の思考はそこで永遠に途切れた。
魔獣が背後に迫り、間合いに入ったその瞬間。振り向きざまに繰り出された銀槍の突きは正確に左目を貫き、その奥の脳を破壊した。
「ふぅ…」
初めての対魔獣戦、いや、つい2週間前にもあったが、スノウドロップとしての初陣はつつがなく終わった。
成り行きでも不可抗力でもなく、自分の意志で魔法少女として戦ったスノウの感想は、思ったより、簡単に勝てたな。だった。
「…えい」
「…1日に2度もやられませんよ」
「ち」
命を奪った感覚の残る両手を眺めているといつの間にか背後に来ていたチリィが魔法で作った氷をスノウの背中に入れてやろうとしていた。残念ながら服と肌の隙間に落ちる前にキャッチされてしまったのだが。
「まだ終わってない…んですよね」
「そ」
極彩色の割れた空、空間の歪みが無くなって初めて魔獣の出現が止まる。
「…きた」
そして未だ残っている空の割れ目から、新しく魔獣が振ってくる。先ほどスノウドロップが倒したのと瓜二つの魔獣。
「任せな」
その魔獣は、地表から生えた氷に貫かれ、地表に到達することなく絶命した。
貫かれた先から凍り付き、血の一滴も飛び散りはしない。
「先輩の威厳」
むふーという表現がとてもよく似合う、とびっきりのどや顔を見せる猫耳猫しっぽの青い少女がそこにいた。
そして、3体目の魔獣が出現することはなく、極彩色のひび割れは消え去り、元の青空が戻ってきた。任務完了だ。
「よし、帰るぞ。背負ってけ」
「氷を入れられるので嫌です」
「…」
無言で訴えかけてくるけど、気にしたら負けだ。
「スノウちゃん無事…そうだね!」
その後、現場に現れた遺体処理班に魔獣の後始末を任せ、チリィ先輩と魔法省まで二人で走って帰ってきた所、リーテに出迎えられる。つい1時間前に歪みが発生した他の現場を担当していたのだ。
「当たり前。チリィがついてる」
「おぅやるねぇちびっこ!」
「あぅあぅあぅ」
わしわしと猫耳で遊びまくるリーテの為すがままにされている青い少女。チリィキャットと初めて出会ったのは、リーテに散々に転がされたその翌日だ。
リーテに転がされたあの後、魔法省で一泊した私は、魔法省内にある食堂で朝食をとった後、坂井さんに呼ばれ魔力量の測定を行うことになった。
真っ白な小部屋の中心に巨大な爪が鎮座している。
以前倒した、魔力を吸い取り霧散させる性質を持つ魔獣の爪を利用し、どれだけの時間触れて変身を維持出来るかで計測しているそうだ。
「うわ」
すごい勢いで自分の中から何かが無くなっていく感覚がある。10分くらい経ってからだんだんと心臓が絞られる感覚が出てき始め、もう5分程触れていると立てなくなって座り込む。
「はぁ…はぁ…」
滝のように汗が流れ、どっと疲れた。座るのも億劫で、ごろりと床に横たわる。
「お疲れさん」
「ありがとう、ございます」
なんとか体を起こし、お礼を言って渡されたスポーツドリンクを一息に飲み干す。
「それで、結果はどうだったんですか?」
「15分13秒…Eランクの中でもちょっと低いかな」
「そうなんですね。なんというか、それだけ聞いてもあまり実感出来ないですけど」
「DだのEだの言われてもよく分からないってこと?」
「まぁ、はい」
「そうだね。正直言って、ランクがどうこうっていうのはどうでもいいんだよね」
魔法少女に求められているのは象徴となってもらうこと、そのためには詳しいデータは必要ない。視覚的に分かりやすく強いということを認識してもらえばいい。
そのために序列が作られてる。順位と指標、それに加えて政府主導で作られた魔獣討伐の映像をつけることで人々に希望を持ってもらうんだ。魔法少女は魔獣に勝てるという希望を。
「とまぁランクに付いては国民に向けてのアピールだね。序列上位はメディア出演してもらうこともあるけどそれも20位以上からの話だしね。それよりは魔力が枯渇する感覚を知ってもらうのが目的だよ」
「魔力の枯渇…?」
「そう、魔獣との戦闘中にいきなり魔法が使えなくなりました。だなんて事態を起こすわけにはいかない。だから事前に魔力のきれる感覚を覚えて貰うんだ」
なるほど、自分の限界がどこまでかを知るためにやってるのか。
「私には分からないけど、魔力残量が3分の1を切ると魔力が切れ始めているのが自覚出来るんだってさ、どう?」
「そうですね、10分くらいから心臓が締め付けられるような感覚が出てきました」
「うんうん、それが危険信号だから仕事中その状態になったら教えてね」
「分かりまひっ!?」
突然、凍るような冷たさが背中を通り抜けた。次いで何かにのしかかられ、ブロンドの毛が垂れてくる。
「楓、こいつが新人?」
「そう。ところでチリィ、どうしてここに?」
「リーテが言ってた。新人がいるって」
なんとかして背中の異物を取り出すと溶けかけた氷があった。後ろを振り向くと金色に視界の大部分が埋められる。透き通るほどのブロンドの瞳と長髪がまず目に入ったからだ。
「その子今魔力測定して疲れてんだ。離れてやってくれ」
「むっ、しゃーない」
そうして少し距離が開いたため、その魔法少女の全貌が目に映る。
ブロンドの瞳と毛髪は言わずもがな、かなり幼いのだろう140㎝も無いような身長と水色を基調としたゴシックドレスをまとう魔法少女、しかし驚いたのはそこではない。猫耳と尾が動いている。
そういえばリーテにも羽が生えていたし、こういうのもアリなのか。
ピコンと通知音が鳴る。魔法少女用のスマホからだ。
「見ろ」
目の前の少女に促され内容を見るとstatusが送られてきていた。
能力一覧の右に耳としっぽをピコピコと動かすSDキャラが描かれている。
ーーーーーーーーーー
魔法少女:チリィキャット
序列:23位
魔法:氷界顕現
魔力:B
身体能力:E
戦闘経験:C
登録日:2022/07/07
ーーーーーーーーーー
目の前の少女はチリィキャットというらしい。
「お前のもみせろ」
「えっと…」
こちらも送ればいいのだろうか。やり方は…。
「あースノウさん右下のアイコン」
「これ、ですね。ありがとうございます」
青い少の持つ端末から通知音がなる。送れたみたいだ。
「ふーん、スノウドロップ…D…」
「D?」
Dと呟きながら微かに体を震わせている。Dといえば身体能力の話だろうか?そういえばチリィキャットはEだったような…。
「チリィキャット…?」
「先輩」
「え?」
「チリィのことはチリィ先輩とよべ」
「あっはい、チリィ先輩」
満足そうに頷く少女がそこにいた。…かわいいなこの子。
翌日、スノウは再度訓練室に赴いていた。
リーテに呼ばれ1日ぶりの戦闘訓練ということになる。
「さてスノウちゃん、今日はゲストを呼んでおります」
「ゲスト?」
「そう!魔法には大まかに分けて三種類あることは知ってる?」
「はい、坂井さんに教えてもらいました」
リーテの言う通り、魔法は大きく3つに分けられている。放出魔法、生成魔法、変化魔法の3つだ。何かしらの効力がある魔法を射出、放出するのが放出魔法、自身または自身の触れたものに効力を発揮するのが変化魔法、リーテの実在虚奪がそうだ。そして最後、物体、物質を作り出す生成魔法、私の銀槍創装がこれにあたる。
もっとも大まかに分けられているというだけで、稀に二つの性質を持った魔法やその3つに該当しない魔法もあるらしいけど。
「おっけーおっけー。んでね、体の動かし方とか戦い方を学ぶってことだと私が相手してあげられるんだけど、魔法の扱い方は教えてあげられないんだよね」
私は生成魔法、リーテが変化魔法ということで使い方が大きく違うし、それは仕方ないような気もする。模擬戦闘の相手になってもらってるだけで自分が強くなっていることが実感できるからそれだけで感謝してる。
「と!いうことで~。私の知り合いの生成魔法使いを呼びました!」
「ふん、感謝するがいい」
そういって腕を組み、顎をあげて登場したのは…チリィ先輩だった。
「あっチリィ先輩こんにちは」
「ようスノウ、かわいがりにきてやったぞ」
「はい、お願いします」
氷界顕現…、昨日氷を背中に入れられた事もあったし、チリィが氷の生成魔法の使い手ということなのだろう。
「…あっれ~?」
一人置いてけぼりにされたリーテが首を傾げていた。
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