第15話

「いらっしゃいませー」


「ごゆっくりどうぞー」


 お決まりの挨拶を受けながら、ガヤガヤと騒がしいショッピングモールの一角に私はいた。


「ダメだ。まったくわからん」


 男物の黒いクロップドパンツとベージュのパーカーを纏い、黒いキャップで目元に影を落とした少女が並べられた女性用衣服の前で佇んでいた。


 変身前の姿で生活しているといくつかの問題が発生した。その一つが着る服が無いということだ。下着については、胸部に付いている突起が擦れてちょっとアレな刺激が生じるという問題と、外から見た時に目立ってしまう問題があったため、早急に通販サイトでスポーツブラを注文することでひとまずの応急処置を完了させた。その内きちんとしたものを購入するべきなのだろうけど、応急処置をしたということで先延ばしにしている。


 まぁ所詮は下着だ。誰かに見られる事もないしてきとうでもいいだろう。問題は服だ。性別が変わった時の体の変化により、手持ちの服が体に合っていない。肩幅や腰など骨格の変化による齟齬なのだろう。


 元に戻れない現状、レディース服を揃える必要があると考えこの場に立っている。いるのだが…。


 どれを買えばいいのか。女子歴一ヵ月もない人間に分かろうはずもない。

しかし、悠貴には秘策があった。部屋のベッドの上で通販サイトを見ながらうんうんと唸ること1時間、辿り着いた秘策が。


「ありがとうございましたー」


 意気揚々と店内を出る女子歴一ヵ月未満の少女がいる。その両手には大きめの紙袋が存在していた。

 その内訳は、ライトグレージュのカーディガン、袖の膨らんだネイビーのチェックシャツ、ブラックのブラウス、ホワイトのノースリーブカットソーに同じくホワイトのワンピース、ダルグリーンのスカートにキャップ、オールインワンデニムとなっている。


 初めにある物を探し、それと同じ服の自分にサイズが合うものを選んでカゴに入れていった。


 そのある物とは…マネキンだ。

 レディースコーデのいろはなどない。無いならば作られているものを探せばいい。マネキン買いによりファッションセンスの欠落に対策を打ったのだ。


 我ながら名案だったと思いながら今の時間を確認する。時刻は12時35分。服を選ぶのにどのくらい時間がかかるのか分からなかったため、朝から来店したのだが、予想外に早く目標を達成したので午後の時間が余っている。


「靴も、ちょっと大きくなった…?」


 靴が大きくなったというよりは足が小さくなったのだけど。

後は魔法省の個室で使う部屋着も買えば良かったかな?いや、それは通販でいっか。適当にスウェットとかで。

 なら、次の行先は靴屋…の前に昼食かな。


 階を跨いだフードコートでしばらく迷い、たこ焼きを購入した。ほぼ一人暮らしの生活をしていると食べる機会が中々ない。久しぶりに食べる粉物に舌鼓を打っているとテーブルの上に顔を乗り出す子供がいた。…えっと、誰だこの子?


「たこやきー」


 テーブルの上にある球体をじっと見つめてその名前を呼んだ。うん、たこ焼きだね。

 こういう時はどうしたらいいんだろう。少しくらいならあげてもいいけど、知らない子に食べ物渡すのはよくないよなぁ…。かといってこう見られてたら食べにくいし、追い払うのもかわいそうだし。


「りくなにしてんの?」


「おねぇちゃん、たこやき」


「ほんとだ」


…一人増えた。姉弟らしいその子供らは確かに顔が似ている。髪の長さはかなり違うのでそこで判別はできそうだけど。


「おいしい?」


「おいしい?」


「えっうん、おいしいよ…?」


「ふーん、なんで食べないの?」


「なんで?」


「そうだね、食べようかな…?」


 見知らぬ子ども二人に見られながら食べるたこ焼きは変わらずおいしかった。

だいぶ食べにくいけど…。


「理久ー?理奈ー?」


「やば」


「やべ」


「あっちょっと何してるの!」


「りくがどっか行ったから探してた」


「お父さん探してた。お父さん迷子?」


「パパはトイレに行ってるよ。二人とも勝手に離れないでちょうだい。すいません、ほんとご迷惑をおかけして。ほら、二人ともお姉ちゃんに謝りなさい」


「「ごめんなさい」」


「ああいや、全然平気ですよ。気にしないでください」


「すいません、ありがとうございました。ほら、いくよ」


「ばいばーい」


「ばいばい」


 ぶんぶんと振られる手に軽く振り返しておく。3人の元に父親だろう人物が合流している。これから昼ごはんなのだろうか注文するために並ぶ先は…たこ焼き屋だった。


 声は聞こえないが両親と手を繋いでいる姉弟の姿を見て、仲の良さそうな家族だなとぼんやりと眺めながら思った。


「さてと」


 空になった容器を捨てる。お腹もいい感じに膨れたし、靴を買いに行こうかな。





 腹ごなしを終えて向かったのは3階にあるシューズショップ。品ぞろえの多さをキャッチコピーにしたやや広い店内でどれにしようかと物色する。

 いざ見てみるとスニーカー1つ取っても多くの種類があることに驚いた。


 そういえば今の足のサイズとか測ってなかったな。服を買う時も身長が分からないからサイズを変えて試着して合うものを探したからちょっと時間がかかった。


 取り合えず今のサイズを調べるために陳列されたものから適当に一つ手に取る。ハイテクスニーカーと書かれたショッキングピンクのスニーカーを履いてみると少し大きい。サイズは…25㎝。前までは25.5㎝でぴったりといった具合だったから、思ったより小さくなってそうだ。


 それからしばらく、履いては脱いでを試した結果21㎝のモノがしっくり来ることが分かった。服は男物と女物でサイズの基準が違うから実感が湧かなかったけど、はっきりと数字で示されるとちょっと心に来るものがある…。


 普段の生活で前までは普通に届いていたのに背伸びしないと物をとれないってことがあってからだいぶ縮んでないか?とは思っていたけど。


 今履いているのと似た形の黒と白のツートーンで配色されたローカットスニーカーを試しに履いて、問題が無いことを確認して会計に向かう。

 種類がたくさんあると言っても、一日しか使わないならともかく、そこそこ長めに使う物だと結局履きなれたモノに落ち着く。


 ショップから通路に出たときに通路に面した場所に並べられた子供用の靴が目に入った。所謂キャラクターシューズというやつで、そこに描かれていたのは魔法少女だった。というかリーテだ。リーテ以外にも様々な魔法少女が描かれたシューズが並べられている。


 今や魔法少女というのは魔獣が出たときだけでなく、日々の生活にもこうして現れるようになった。あまり意識したことがなかったから気づかなかったけど、さっき服を買ったアパレルショップでも魔法少女が描かれた商品があった気がする。


 そういった物からここが魔獣と魔法少女のいる世界だと言うのは疑いようがない。だけど、物騒になった世界の中で、悪いことは何も起こらないと思えるような休日の昼下がりだった。


 そんな穏やかな時間で。それは唐突に起きた。

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