第16話
歪みの発生も魔獣の出現も唐突といえば唐突ではあるけれど、それでもこの3年で培った経験の枠組みの中でなら対処出来るモノだという認識に変わっていた。つまり、今から起こるのは枠組みを超えた異常事態だった。
警報が鳴った。空に歪みが発生したことによる避難勧告になる。距離によって警報音の大きさが変わり、これだと20kmは離れているだろう。
私は今日非番のために誰かが現場に急行しているのだろう。歪みの発生から魔獣の出現まではいくらか時間があり、その間に周辺住民は避難を済ませ、魔法少女は配置につくのだ。
魔獣の強さは歪みの大きさからある程度把握でき、そのランクに対応可能な魔法少女が派遣される。さらには地形を把握できていない魔獣に対して、とっくに臨戦態勢をとっていることから基本的に魔法少女の方が有利だ。
まだ魔法少女がほとんどいなかった73災害後の一年間には市民の死亡者は数多く魔法少女の死亡者もいた。しかしこの2年間、魔法少女の死者数は0、民間人の死者数も右肩下がりに少なくなっている。歪みは全国に出現するために避難が間に合わなかったり、対応できる魔法少女がいないために他県からの到着を待ち、その間にに被害が拡大するということもあるが、魔法少女が増えるに連れてその被害規模は縮小されている。
再度警報が鳴る。
「珍しいな…」
先ほどの警報から3分くらいたってから新しく警報がなる。
この短時間に2度もなるというのは、無いわけではない。歪みの発生頻度は今のところ年300回程になっている。同じ日に何度も歪みが発生するというのは割とよくある話だが、県や地方を跨いで遠く離れた場所に発生するというのが多い。魔獣の発生件数の多いここ、東京で観測されたものでは同じ日に3度の歪みの発生が確認されたこともあったが、最短でも1時間は間隔が開いており、今みたいに数分で新しい歪みが発生することはなかった。
…けど、大丈夫だろう。現在関東に在籍している魔法少女の人数は38、私が増えて39だったか。
その半分、19人が魔獣に対処できるよう待機しているはず。連続2回程度ではどうにもならないというのが正常な認識で、それは間違っていなかった。ここで終わるならば。
警報が鳴る。警報が鳴る。警報が鳴る。
警報が連続して鳴った。間髪入れず鳴ったため確認するまで正確な回数が分からなかったが普段使いのスマホから通知を確認すると3回増やして計5回になっている。
周囲がざわつき始める。こんなことは今までなかった。
連続5回、こんな短期間で、こんな近い距離で魔獣が出現するといった事態は無い。幸いと言っていいものかこの付近ではない。それに、5回ならギリギリ許容範囲…のはずだ。
一応避難準備をしておいたほうがいいだろうか。買い物を中断して文房具店を出る。何か魔法省からの情報が出ていないかとHPやSNSを回ってみるが特に目新しいものはなく遠くに離れて避難するよう勧告が出されている。
歪みの発生地点に規則性はないために、これといった避難所というのは存在しない。一つ所に集まることよりは発生地点からひたすら遠くに逃げるほうが効果が高いからだ。一つだけあるといえば魔法省の施設だろうか。魔法少女が常駐している一番安全な場所だと言える。
様子を見ること十数分、SNSを見ても大きな被害が出たという話はない。むしろ魔法少女を自分の目で見ることが出来て喜んでいる様な人すらいる。
ざわつきはすでになりを潜めて、辺りには落ち着いた空気が戻り始めていた。
このままいけば何事もないだろう…。ほっと息をついて、ポケットの中で握っていた指輪から手を離した。
そんな私を嘲笑うようにけたたましい警報音が鳴り響いた。
警報の大きさは魔獣の発生する歪みと自身との距離で変わる。直前の5回と比べるとはっきりと分かる今回の発生地点は、極めて近い。どこだ、早く離れなければ。
そして表示された歪みの位置は…私の現在位置を示す人型のマークを覆いつぶしていた。
ざわめきが一際大きくなる。誰かが言った上を見ろという言葉に釣られて頭上を見上げると、あった。ショッピングモールの中央、吹き抜けのガラス張りになった天井の上に大きな歪みが開いていた。
大きい、目測だけど20mは超えている。つまり現れる魔獣は最低Cランク。
私の倒したことのある魔獣はまだ一番弱いEランクだけ。そしてそれより1段階強いDランク相手に死にかけたのが私だ。あれより強い魔獣がこの場に現れる…?
すでに5回も警報が鳴っていたというのにここにきて6回目の歪みの発生…。
今日のこれは異常事態だ。当番の魔法少女は残っているんだろうか。Cランクに対応できる魔法少女は残っているんだろうか。非番だからと魔法少女用端末を置いてきたことが悔やまれる。魔法省、坂井さんと連絡が取れない。なんにせよ急いでこの場を離れないと。大丈夫、まだ時間はある。魔獣が落ちてくる前に離れれば大丈夫だ。
割れた空に背を向ける。まずは店外に出ようとして、首筋がゾクリと悪寒に襲われ、慌てて空を見上げた。何が起きているんだ…早すぎる。
空に歪みが発生してから魔獣が出てくるまで、平均で30分かかる。早ければ20分、遅ければ40分以上。だからその間に魔法少女が現場に着くまでの猶予と住民が避難する猶予がある。そのはずだった。
岩の様な鱗に覆われた魔獣が姿を見せている。まだ1分もたっていないのにすでに魔獣の上半身がこちら側に現れている。
「早く逃げて!」
声を張り上げる。立ち尽くしていた人々が我先にと逃げ出していた人の後を追って走っていく。人の心配ばかりしている場合じゃない。私も早くこの場から立ち去らなければ。
勝てない。
見た瞬間それが実感として理解させられてしまった。
今の私じゃ『あれ』には勝てない。Dランクの魔獣にすら勝てていないのだから分かりきったことだけど。
怖い。怖い恐いコワい。震えで体が動かなくなる前に少しでも距離を取ろうと足を踏み出す。
踏み出したその瞬間、建物が揺れた。
ガラスが割れて散乱し、大重量が落ちたことによる地響きが鳴る。ほんとに、なんでこんなに早いんだ。
人々があげる悲鳴を簡単に搔き消した、凶悪な産声に思わず振り向いた。
「ウ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
絶望がそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます