第19話


悲鳴があがる。


魔獣の悲鳴が。


「グゥッガアアア!!!」


 魔獣が身を捩り、腕を払って後ずさる。深々と突き刺さった銀槍と一緒に振り回されそうになって慌てて手を離す。


「なにが…」


 なにが起きたんだ。確かに私は絶体絶命の状況で、意識すらまともに保ててはいなかった。

 魔獣が痛みに暴れまわり、鮮血が舞う。手傷を負わせたのは私、のようだ。ほんの少し前まで傷を付けることなど叶わなかったというのに今やつを苦しめているのは確かに私の創った銀槍だ。


 胸が熱い。魔獣の攻撃で負った痛みとは違う。体の奥底に眠っていたモノが目を覚ましたような。


 自分の劇的な変化に戸惑いながらも、今はまだ戦闘中だ。不可思議も躊躇いも捨て置け。


 分かっていること。それは、私の攻撃が通じるようになったということだ。


 そして。


「けほっ」


 咳に血が混じっている。魔獣の攻撃で内臓が傷ついたのか、痛みがずっと続いている。体の節々にも裂傷が見られ血は流れ続けている。


 今までの様に戦い続けて時間を稼ぐことは出来ない。近い未来に動けなくなる。そんな予感があり、そしてこれは間違っていないだろう。痛みだけでも体の動きは鈍り、血は流れて意識を保つことすら難しい。

 つまりは、だ。


「助けを待つってわけにはいかないか…」


 あと何分待てば他の魔法少女が来るか分からない。次の瞬間には到着するかもしれないし、もう10分過ぎても来ないかもしれない。


 私の動ける時間は徐々に減っていって、それを時間を稼ぐのに使うことも出来る。だけど、その結果動けなくなった上に救援も来ないっていう最悪の事態だって考えられる。


ならば攻撃が通じるようになった今、動ける内にやつを倒す。


どのみち失敗すれば死ぬなら、やるだけやってやる。


「っ!」


 魔力を引き出して新しい銀槍を生み出そうとして、ごっそりと魔力を使った感覚に襲われる。大きさも見た目も変わらない、だけどまったくの別物だ。魔力の消費量も今までとは比べ物にならない。そして、残り魔力の少なくなる感覚に襲われる。

 銀槍は造れてあと2本が限界か。


「十分っ…!」


どのみち動ける時間だって少ないんだ。その分あればいい。


 魔獣の眼光に射抜かれる。目は血走って息が荒く、怒り心頭といった具合だ。…怒っているのはお前だけだと思うなよ。今まで一方的に攻撃され続けてきたんだ。その借りを返してやる。


「ふっ!」


 振り払われた脚を避け様に銀槍で撫で斬る。強い抵抗は感じるが、弾かれない。魔獣の堅い鱗を切り裂き、血しぶきがあがる。


「これは…」


 銀槍と魔獣が衝突した瞬間に魔力が消費された。切り裂く瞬間に穂先が淡く発光し、何かを打ち消した感覚が残る。


 魔獣の肉体は魔力で漲っている。魔獣の強靭さ、頑強さは潤沢な魔力がひたすら肉体の強化に宛がわれているからだ。今のは、私の魔力が魔獣の魔力を打ち消して、その結果刃が通るようになっている…?だとしたら、思ったよりも魔力に猶予はないな。


 これでむやみやたらに攻撃を加えるという戦い方が出来なくなった。傷を増やせば増やすほど動きも鈍くなるか、とも考えていたのに。


ただでさえ不利な状況だっていうのに一歩進んだかと思えば半歩下がらされる。


 溜息でもつきたくなるがそんな暇はない。床を削りながら横なぎに爪が迫ってくる。後ろに跳んで躱す。逆の脚を使った踏みつけを横に転がることで避けて、攻め手を探す。2撃だ。攻撃の起点を作るのに1つ、止めを刺すので1つ。攻撃を当てるだけで魔力が消費される現状、極限まで攻撃回数は抑えたい。とは言え最初から急所を狙いにいったとしても通用しないだろう。だから2撃だ。それで決める。


 私の銀槍を警戒しているのか頭突きや噛み付きといった攻撃はしてこなくなった。攻撃の種類が少なくなって助かると言えばいいのか、急所が狙いにくくなったと愚痴を言えばいいのか。ともかく攻撃を避けることは出来る。


 だけど、避けてばかりもいられない。相変わらず体は鈍い痛みを訴え続け、血は流れていく。覚悟を決めるしかない。


 魔獣が脚を振り下ろす。ギリギリまで動かない。脳が逃げろと叫んでいるのを無視。あわや押しつぶされるかといった瞬間に身を捻り躱した。突き出た鱗の一部が頬を切り裂いて血が噴き出るが、極限まで集中したスノウドロップの意識には入らない。皮一枚切らせて超近距離で攻撃を避けた。攻めに転じるのは、今。


 床を叩いた魔獣の足に追従するように銀槍を振り下ろす。彼我の魔力が対消滅し、白銀の槍が肉も骨も貫いていく。そして銀槍が貫通し魔獣の脚を地面に縫い付ける。


「グガァッ!?」


 呻き声をあげる魔獣の縫い付けられた脚の上を駆ける。白銀が光を反射して煌めき、新たな槍の形を成す。魔力量の限界が近く心臓が締め付けられる。


 一気に魔獣の肩まで駆け上がれば互いの視線が交差する。その距離1mもない。無防備な横っ面を晒したそれに銀槍を突き出す。


「そこ…!」


 捉えた。どうカバーしようとも間に合わない。穂先が皮膚を割き血がしぶいた。その先の肉を割って頭蓋を貫き奥にある脳を潰す。そうなるはずだ。はずだというのに、頭の中ではもはや聞き飽きた警鐘がなる。なぜだ。なんだ。視界の隅で蠢く影がある。咄嗟に銀槍を手放してその場に伏せる。すぐ真上を何かが高速で通り過ぎ、半ばまで突き刺さっていた銀槍は中ほどから折れて弾け飛んだ。


 通り過ぎた影に視線を向ける。それは…尾だ。尾の先端がスノウのいた場所を振りぬいていた。そうだ、攻撃が通用するようになる前の攻撃。私を壁に打ち付けた、正体をつかめていなかったそれは、尻尾による薙ぎ払いだった。そしてそれこそが魔獣の最終手段。最後の足掻きだった。いまだ奴の命は私の射程圏内。


「これで!!」


ここが最後…!

 残る全ての魔力を使う。ここで終わらせられなければ、もう体も動かないだろう。意識も飛びそうだし、魔力だってもうない。だから、この瞬間にすべてを込める。


「っああああァアアアアア!!!!!」


 白銀の流動体が形を紡ぐ。眼前の敵を貫かんと光が迸り、魔獣の頭部を目掛け一筋の閃光を走らせる。










「はぁっ、はぁっ…くそっ」


 魔獣の体から転げ落ち、もはや原型をとどめて居ないモールの床に倒れ伏す。完璧に捉えたと思った魔獣は…健在だった。魔力量が限界を迎え、銀槍は形を成さなかった。不完全な白銀の槍には魔獣の防御を貫く力は無く、呆気なく弾かれた。


 もう指一本動かない。魔力だってない。後は死を待つだけだというのに、残酷にも消えそうになっていた意識だけが爛々と保たれていた。いっそ意識の無い内に終わらせてくれれば楽だったというのに私の体はそれを許してはくれなかった。


 分不相応の相手に立ち向かった罰だというのだろうか。元々無謀だって分かってた。あと一歩という所まで追い詰めただけ大健闘というものだ。


だけど。


「あの人たちは、逃げれた…よね」


 だけど目的だけは達成することが出来た。あの宝物みたいな空間を失わせない。そのために戦って、それが叶ったのなら少しは救われるかな。


 床を映した視界に影が落ちる。魔獣の右脚が振り下ろされる。突然動かなくなった私を警戒していたのか、随分と止めを刺すまでに時間がかかったようだ。この間に誰かが助けてくれないかなーなんて思ってたけど、ここまでか。

 諦めて目を閉じようとした時、何かがゆらりと落ちてくるのが見えた。あれは、花びら…?


「うわっ!?」


 その花びらが光ったと感じた瞬間、視界がブレた。次いで破砕音が鳴り響く。魔獣の攻撃が空振りに終わり床を叩いたからか。


 砂埃が舞う中で私の視界に少女の顔が映る。というか彼女の腕に抱かれているらしくて真正面に彼女の顔しか映りようがない。


「えっと…」


 何故かじっと見つめられていて居心地が悪い。なにか、驚いているような…ってそんな事を気にしている場合じゃない。


「あいつは…」


 魔獣は今どうしているのか。彼女の背中越しに蠢くモノがいる。まだ終わっていない。


「…大丈夫」


「え?」


小さく、だけどよく通る声が聞こえた。


「もう、終わってる」


「ガアアア、アァ?」


 魔獣の咆哮が途切れる。動き出した魔獣の首が滑るようにズレていき、首から上が地面に落ちた。そして、落ちた頭部に追従するように魔獣の体が崩れ落ちる。


 何をしたのかすら理解できない。私を助けた一瞬の間で魔獣の首に斬撃を加えていた…ということだろうか?どんな早業だ。


 近くで見て黒い瞳の中に桜色の輝きを携えていることに気づいた。私を助けてくれた彼女はそう。魔法少女序列1位、桜姫唯花だ。


「あなたは…」


視界に暗幕が降りる。

 何かを言いかけていたようだけど、意識は闇の中に落ちていって、それ以上の言葉を聞くことは出来なかった。

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