第20話


「ここは…」


 目を覚ますと真っ白な天井に出迎えられた。3週間ぶりになるか、魔法少女になった日に連れられた病室と似通っているため、同じ病院なのだろう。病院なんてどこも似たようなものかもしれないが。


横に目を向けるとあの時と変わらない、白い少女が反射された窓に映る。


「起きた?」


「え?」


 声のした方へ向き直ると一人の少女がいた。セーラー服に羽織りがくっ付いたような和洋服といった風情の装いをした、全身に桜を散らせている魔法少女。テレビで見た物より断然可愛いらしく、けれどその纏う雰囲気が周囲の温度を下げているようだ。それによって可愛いというよりは綺麗だという感想が出てくる。



「助けてもらって、ありがとうございました」


「体はどう?」


「…なんともない、です」


「そう」


 あれ?なんともない?


「傷が…?」


「リ・ヴェールの魔法」


 最低限最小限といった感じの返答が送られる。そういえば治療魔法を持っている人がいるって言ってたっけ。だから派手に戦闘訓練しても大丈夫だと聞いた気がする。つまりはその人に治して貰ったということか。後でお礼を言っておかねば。


「どういうつもり?」


「えっと」


「どうして逃げなかったの?あなたの勝てる相手じゃなかったでしょ」


 …確かに勝てる相手じゃなかった。あと少しで倒せそうになったのだって奇跡みたいなもので、それがあっても勝てなかった。


 桜姫さんに助けて貰わなければ間違いなく死んでいただろう。ならばなぜ逃げなかったのか、私は…。


「守りたいと、思ったからです」


「そう」


 それは、人のためではない。自分が嫌な思いをしたくないという利己的な感情からの行動だったけれど。


 桜姫さんが立ち上がって私の近くに立つ。序列1位、雲の上の人に見下ろされて少したじろぐ。


「あの、どうしまうぐっ!?」


 チカチカと視界に火花が散る。お腹が熱い。内臓が一つに集められてぎゅっと締め付けられているような気がする。なに…が。


「そういうの、やめてくれる?」


 ぐいっと髪を掴まれて俯いた顔を強制的に上げさせられる。視界に映る桜姫唯花の右拳が握られている。まさか、彼女が?答え合わせはすぐに行われた。


「…あなたみたいな自殺志願者がいたら他の人の士気に関わるの」


分かる?と問われて腹部にまた拳が入る。


「~~~っげほ!けほっけほっ」


「あなたが死ぬのは勝手だけど、他の魔法少女を委縮させるような真似をされると迷惑なの。死ぬなら誰にも知られない場所で死んで」


「…っ!」


「馬鹿が身の程を弁えずに死にました。皆さんは気を付けましょう。…それで終わるとでも?理由はなんであれ魔法少女が死ねば影響が出る。主に悪い方向に」


 痛みで埋め尽くされた頭の中に彼女の言葉が妙にするりと入ってくる。少しの違和感と共に。


「そうだ、魔法少女辞めてくれない?死にたがりがやる仕事じゃないの。それとも、辞めさせてあげようか」


 桜姫唯花が、最強の魔法少女が言うのだ。新人一人くらいきっと驚くくらいあっさりと魔法少女を辞めさせることが出来るのだろう。


 魔法少女を辞める。ちょっと前の私なら二つ返事で了承していたことだろう。けど今は戦おうと思ってる。少し前まで真逆の考えを持っていたんだと思うと、少し可笑しくなってくる。


「ふ、ふふっ」


「何を笑って「死にたいわけじゃないよ」」


「…」


「私は死にたがりじゃない。それと魔法少女は続ける」


 魔獣が出てくるようになったこんな世界で、私に出来ることがある。私のやりたいことがある。だから一回や二回死にかけたくらいで辞めたりしない。ガラス細工みたいに壊れやすくて、綺麗な希望を守りたいと思ったから。


「1つ、聞きたいんだけど」


「…何を」


「他の魔法少女がどうこうなんて言って誤魔化さないでよ。…何をそんなに怖がってるの?」


「っ!」


 なぜそう思ったのかは自分でも分からない。だけど少しの違和感の回答はこうだと私の心が言っている。理由も根拠も、ただの感でしかない。


 桜姫唯花の顔が歪んだ。どうやら図星だったみたいだけど、あんなに強い彼女が何を怖がっているんだろう。私に分かるはずもない。それでも、それが何であっても、彼女に私の行動を決める権利なんてない。


「私は魔法少女、スノウドロップ」


「…」


「辞めないよ。まだ、何も終わってない」


「好きにすれば」


「わっと」


 乱暴に突き放されてベッドに倒される。桜姫さんは苛立ちを隠そうともせず、音を立てて病室のドアを開けて去っていく。



「えっ」


「桜姫唯花」


彼女が開け放っていったドアから聞き覚えのある声が聞こえた。


「スノウちゃん起きてる…?」


「スノウ、平気?」


「リーテ、チリィ先輩、えっと…まぁ大丈夫です」


「さっき桜姫さん出てったけど何かあったの?」


「いや、桜姫さんが助けてくれたので、様子を見てくれてたみたいです」


言い訳には苦しい、だろうか。普段とは違う彼女の様子を見ただろうし。


「スノウ、よくやったな」


「え?」


「死者0人らしいぞ。Cランク相手によくやった」


「そうそう!でも、ほんと心配したんだからね!」


「あぁ、あはは…」


 チリィが話を変えてくれて助かった。話を変えた自覚があるのか無いのか、ともかくさすがチリィ先輩だ。…死者0、あの家族の父親も他の人も、誰も死ななかったのか。ん?そういえば。


「二人はどうして?今日は非番だったよね。なんで変身してるの?」


「なんでって、ニュース見てすっ飛んできたんだよ!?魔法少女が一人意識不明って言ってて、しかもスノウちゃんなんだもん!」


「チリィは別に心配してないけどな」


「なんでたまーに意味のない嘘つくのあんた…」


「あはは…」


 そりゃ心配だってかけたか。自分だってリーテやチリィが意識不明だなんて事になったら駆けつける。


「むぅ。…ところでスノウ、もう…戦えるの?」


 チリィが伏し目がちに聞いてくる。…ちょっと前にズル休みしてたからね。チリィからはズル休みしてたかどうかは分からないだろうけど、休んだのはあの後だったし推測は出来ただろう。


「はい。戦う理由が見つかったので」


「そっか。うん、ならいい」


「…うん!焼肉行こう!焼肉!」


「えっ?」


「頑張った子にはご褒美ないとね!私とチリィの奢り!」


「ふ、しょうがない」


「あはは、ご馳走になります。リーテ、チリィ先輩」


「…チリィでいい」


「おやおや~?」


にやにやとチリィ先輩の顔を覗き込むリーテがいる…。


「ふん、認めてやらんこともないってだけ」


「はーったく素直じゃないなぁチリィは」


どうする?とリーテの目が問いかけてくる。そんなの決まってる。


「うん、よろしく。チリィ」


「ん。でも、まだ教えることは山ほどある。覚悟しろスノウ」


差し出した手にチリィが応えてくれる。

繋ぎあった手から伝わる力は、小さな手からは想像できないほど強かった。


「あっそうだ。ほら見てスノウちゃん」


「ん?何?」


「魔法少女スノウドロップの、守った人たちだよ」


 そういって見せてきたスマホの画面には小さな男の子と女の子、それに母親が映っていた。


『ええもう、ほんとになんとお礼を言ったらいいか』


泣き崩れる母親に続いて付き添っている子供たちが言った。


『『ありがとう!白いお姉ちゃん!』』


「…これ」


「どう?」


「うん。うん、ありがと。リーテ」


あの子達の笑顔を守れた。それが、そのことが、なんだか無性に嬉しかった。







***



「スノウさん、失礼しますよ…あれ?」


病室に入った女性の額から冷や汗が流れる。

 そこにいるはずの人がいない。これは、間違いなく異常事態か。


 急いである魔法少女に連絡を入れる。彼女もここに向かうと言っていた。ならば何か知っている可能性はある。


「リーテ?」


「あっ楓ちゃん!どしたー?」


 予想に反して明るい、いや、明るすぎる声が返ってきた。とても異常事態が起きているとは思えず、行方不明の少女を気にしていない。いや心配する必要が無いということか。がやがやと騒がしい音と何かがじゅうじゅうと焼ける音が聞こえる。


「リーテ…今私はスノウさんがいるはずの病室にいるわけだけど。スノウさんが見当たらないんだ」


「…げ」


「何か知ってる、かな?」


 ピクピクと額の血管が浮き出てくるのがはっきり分かる。魔法で癒したとは聞いたがついさっきまで重傷だった人間だ。安静にしておかなければならないだろう。


「…いや、よく分かんないかもナー」


「んん?どうかした?」


 電話に出た少女とは違う声色が聞こえる。そう、今まさに行方を探そうとしている相手の。


「あっ悠ちゃ、今ちょっと、しー!しー!」


「なるほど、スノウさんに静かにしてもらいたいと」


「あっ」


人懐っこい見た目の少女がだらだらと冷や汗を流しているのが目に浮かぶ。


「はぁ、取り合えずなんともないんだよね?」


「えっうん!元気元気!っていうか?やっぱご飯食べて元気出さないとーって話でしょ?ね!」


「一理あるといえばあるかもしれないね。まったく、しょうがない…」


「おっ!やっぱ楓ちゃん話がわかるー!」


「しょうがないから、お説教は今度にしとくね」


「…はーい。そいじゃ!」


 逃げるように通話が切られる、ようにじゃなく実際に逃げたか…。静かな病室に一人分のため息が漏れる。


 閉められた窓に近づいて夜空を見上げると満月が夜の街を照らしていた。


「今日は、月が綺麗だよ。羽衣」


想いを馳せるのは一人の魔法少女。自分と同じ苗字をもった魔法少女だった。

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