第4話

「どうぞ」


 そう言って坂井さんに渡されたのは手帳型のケースに入ったスマートフォンだ。


「仕事用のやつねそれ。魔法少女専用のアプリも入ってるから」


「はい」


「取り合えず簡単に説明するから電源いれて」


作り自体は僕の持っているものと特に変わったとこは見当たらない。


ホーム画面が映ると見慣れないアイコンがいくつか目につく。


「魔法少女用なんて言っても変なものじゃない。それはただのトークアプリだね」


 トークアプリだというWifiマークを向かい合わせたようなアイコンをタップすると『telepathy』という文字が出てくる。このアプリの名前だろうか。


 軽く見ただけでも特に変わった部分もなく、言葉通りただのトークアプリのようだ。


「はいはーい!一番乗りぃ!私と交換しよーよ!」


「えっと、お願いします」


 何が可笑しかったのかくっくっと笑うリーテと連絡先を交換しようとする…がやり方が分からない。


「んーと、ここここ」


 僕の前に身を乗り出してふわりと揺れるリーテの髪から花のような匂いが香る。スマホ上に指差しで示された場所をタップすると、QRコードを読み取るよう指示が出され赤枠が表示される。


「はいどぞー」


 リーテの持つ同じ型のスマホの画面にQRコードが映し出され、促されるままにそれを読み取る。


「あ」


「どした?」


 登録が完了され、友達欄が表示される。リーテと書かれた下に坂井楓という名前が表示されている。


「ちょっと楓ちゃん!フライング!!」


 憤懣やるかたないといった様子でリーテが不服を申しだてるが、はいはいと聞き流されている…。


「んじゃ、一回ホーム画面戻って、そう。んでこっちの女の子が描かれてるやつ」


 言われるがままに、今度はデフォルメされた少女、ドレスアップされているこれは、魔法少女を模しているのだろうか。示されたアプリを開く。今度は『status』という文字が浮かび上がり、メイン画面へと移行する。


 筆記体でstatusという文字が画面の中央上部に大きく陣取っている。その下から左右を半分に分けた右側には少女のシルエットのみが存在し、左側には項目が並んでいる。


ーーーーーーーーーー


魔法少女:白(仮)

序列:unregistered

魔法:unregistered

魔力:No data

身体能力:No data

戦闘経験:No data

登録日:2024/03/7


ーーーーーーーーーー


「これは…?」


「あなた達魔法少女の能力値かな。魔法省のホームページに載せる時にもこのデータを使うよ」


一つ一つ説明してもらうとこういうことだった。

魔法少女:シンプルに魔法少女の名前。

序列:魔法少女の戦闘能力や貢献度、人気投票などによって変動する順位。

魔法:保有する固有魔法の名前。

魔力:魔力量の多さ。

身体能力:魔法少女となった時の体の強さ。

戦闘経験:対魔獣戦闘の経験値。


 魔力、身体能力、戦闘経験についてはA~Eのランクがあり、Aが一番高いランクとなるらしい。


 魔法少女の絶対数が少ないということもあるが、基本的に魔法少女は決まったチームを組んで戦うことが多い。しかし、魔獣の数が多い時や、動ける人員が少ない場合には編成を組み替えて魔獣に対処することになる。また、決まったチームを組まない魔法少女も何人かいる。初対面やよく知らない魔法少女と共闘する際の役割、戦闘ポジションを決める時の指標に使っているそうだ。


 簡単に言えば魔法少女の名刺といったところだろうか…?それにしても白(仮)って…。


「魔法少女名について正式なものをつけてもらうことになるけど、これといったものはある?」


とは言われるものの、咄嗟に名前が思いつくということはない。うーん。


「考えないといけないものなんですか?」


「そうだね。魔法少女っていうのは、今の世の中の希望であり、象徴になってる。その象徴の名前というのは、良くも悪くも大きな影響力を持ってるんだ」


 考えないといけないモノ、というより必要なモノだね。どうしても思いつかないんだったら、こっちで候補を出すけど。と言われる。実際、グリーンプリテンスという名前も魔法省から出した候補の一つだそうだ。


 少し考えてみますと言うと、すぐに了承された。表に姿を出すようになるまでしばらく時間があるため、それまでに考えてもらえばいいということらしい。


「注意事項になるけど、原則として魔法少女になっている時は本名を口にしないでね。元の姿の時も魔法少女名の自称は絶対にやめて」


「進んで言うつもりもないですけど、どうしてですか?」


「まともな私生活を送れなくなるからだよ」


 73災害から未だ3年しか経っていない。しかし、そのたった3年で世界を守る存在として周知された魔法少女のファンは非常に多い。見目麗しく多種多様な魔法を扱う彼女たちを賛美し、崇拝する者は後を絶たず、危険地帯にまで赴いて撮影を行って得た、魔獣と戦闘を繰り広げる魔法少女の映像は数多く出回っている。


 そんな魔法少女の正体が暴かれればどうなるか。元の姿に戻ったとしても人々は彼女をただの女の子とは思わない。人目に触れるすべての瞬間において魔法少女として扱われることとなり、プライベートなどというものは吹かれ、飛び、消えていく。実際にそうなった魔法少女も存在するという。


 魔法少女としての重責を脱ぎ、ただの少女としての生活を送れるように、心休まる日々を護るために。魔法少女の正体が明るみに出ることは現在の世の中で最大限のタブーとされている。


 なるほど、病室で名乗りを遮ったのにはそういった理由があったのか。


「だから、本名と関連付けた名前もやめてね。パスワードを誕生日の日付にするようなことをされたら特定される危険があるから」


「はい、分かりました」


「頼んだよ。それじゃあ、そろそろ暗くなってきたし、家まで送ろうか」


「そうですね。お願いします」


「白さん送ってくけどリーテはどうする?」


「私も連れてってー」


 そうして3人で魔法省の外へ出る。すっかり日は落ちて三日月が暗い街々を照らしていた。


「ディスコネクション」


 車の座席に座ると、リーテがそう呟き、緑色の粒子を放ってパーカー姿の女の子に姿を変えた。パーマのなくなったショートボブの少女にはよくよく見ると魔法少女グリーン・プリテンスの面影が残っている。


「白さん変身を解いてもらっていい?」


「…へ?」


「見てもらった通り変身を解くと目立つから、住宅街の中で姿を戻す機会がないんだよね」


「なるほど…ディスコネクション…?」

 戻り方は分からなかったけれど、直前にリーテが言っていたのを真似をしてみる。戻れ~と念じながら呟くと白い粒子が放たれていく。物々しいグリーブやガントレットが消え、今日出かける前に着替えた服が視界に映る。


「おお~やっぱかわいいねえ」


と元リーテの少女にしみじみと頷かれる。可愛い…?妙ちくりんな感想に頭を捻る。


 というか特に何も考えずに変身を解いてしまったけどなにか言及されたりということはない。

 変身を解いたため、今の僕は元の姿になっているのだろう。だけど、特に驚かれることもなかった。もしかして男が魔法少女になるのはよくあることなのだろうか…?そんな話は聞いたことがないけれど。いや、正体が隠されてるっていうならそれもおかしくないのか…?


「綾辻奈緒だよ!奈緒ちゃんってよんでね!」


「…柊悠貴です」


 考え込んでいると聞こえた少女の自己紹介に釣られ、自分の名前を答える。


「じゃあ悠ちゃんだね!よろしくぅ!」


「えっと、うんよろしく」


「柊さん、近所の公園とか教えてもらえますか?そこで降ろしますんで」


「あぁはい、ゆうぎり公園が一番近いです」


「了解」


 エンジンが始動し、体が微かに揺られる。くぁっと欠伸が出て、途端に強い眠気に襲われる。


「お疲れかな?着いたら起こすから寝てていいよ~」


「…お願いします」


 どのくらいかかるのか分からないし、耐えられそうになかったのでその言葉に甘えて瞼を閉じる。眠りに落ちるのに時間はかからず、意識はすぐに闇に沈んでいった。

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