第3話


西暦2020年7月3日の午後2時、東京の空が割れ化け物が溢れ出た。


 巨大な体躯が踏み抜いた道路はひび割れ、鋭利な爪は建造物を引き裂き、獰猛な牙は人々を食いちぎった。


 直ちに非常事態宣言が出され、緊急出動された自衛隊の用いた近代兵器は化け物たちの持つ堅殻を貫くことは出来ず、出動された人員は、そのまま被害者の数に加算されることとなった。


 たったの1時間で5万もの死者を出した化け物達は、どこからか放たれた煌めく水の弾丸に貫かれ、また突如発生した炎の竜巻に焼かれ、実にあっけなく息絶えた。


 赤と青の少女たちは自身を「魔法少女」だと名乗り、甚大な被害を齎した化け物たちを魔獣と呼称した。


 73災害と呼ばれるこの災厄の日以来、魔獣は世界中に出現するようになる。魔獣による被害は凄まじく、全世界での魔獣による死者数は10億を越えた。しかし、彼女たちがいなければすでに人類は滅亡していたであろう。


 魔獣という未知の脅威に対する抗体として作り出されたかのように、多くの魔法少女が生まれ魔獣に立ち向かう、彼女たちは人類の生存に欠かせない存在となった。


 日々増えていく魔獣に対抗するため、魔法少女たちは連携し、徒党を組むようになる。結束を強めることを意識した魔法少女たちを補助するために、各国家は魔法少女を支援するためだけの機関を設立した。それが魔法省だ。


 対魔獣戦闘に限らず生活、心身のケアまで、魔法少女専用の人員輸送、医療施設、情報通信支援、生活補助を一身に背負う組織だ。最も、人類の存亡を託されていることから莫大な予算が掛けられていることと、そもそも魔法少女の絶対数は少なくとも万全な支援体制を整えるためにはいくらあっても足りることはない。


 現在、魔法少女以外に魔獣へ対抗できる者は存在せず、そして魔獣が人類に害をなす存在であることから、魔法少女となった少女の対魔獣戦闘はほとんど義務とされている。


 戦闘が極度に不得意な者や、一人一つしか持たない魔法の能力の貴重さに寄っては免除されている場合も存在するが、基本的に魔法少女は魔獣と戦うことになる。そのことに異議を唱える者は少なくなかった。しかし、災厄の日以来出現するようになった魔獣による死者数は加速度的に増えていき、魔法少女の少なさによって人類から魔獣の生活圏へとなり下がった地域すら少なくはない。


少女たちに世界の命運を託すしか、人類に手は残されていなかった。



***



 坂井さんが窓を開けてカード状の何かを掲げると、閉じられていたバーゲートが開けられ、駐車場内へと進むことが許される。


「着いたよ」


 そう言われ、停められた車から降りる。後部座席に座っていたため、魔法省の全体像はちゃんと見えていなかった。テレビのニュースなどで見る機会はあったが実際に目にするのは今回が初めてだった。


 見上げた魔法省の建物は、まるで軍事要塞の風貌をしていた。いや、まるでではなく、実際にその用途として建てられたのだろう。頑強さだけを追及したようなそれは乳白色の分厚い壁が積み上げられ、さながら中世の城塞を思わせる。



 2人に付いて建物の中へ入っていくと、武骨で物々しい外観とは似つかない役所のような内装に出迎えられる。


「それじゃ、そこらへんで少し待っててくれるかな」


「おっけー、おいで」


とだけ言って、坂井さんは真っすぐに受付に向かい、そこにいるスタッフの人と話し合っている。坂井さんの言葉を了承したリーテが手近なソファに座り、空いているスペースにぽんぽんと手を置くので隣に座る。


「そんな気になる?」


 初めて訪れたことと、手持無沙汰ことも合わさって周りをきょろきょろと見渡しているとリーテから話しかけられる。


「いや、なんか、想像より特別な場所でもないなって」


「まあ、魔法省なんて言ってもファンタジーな世界が広がってる訳でもないからね~」


「あぁ、そうだね」


 魔法が存在する世界になったといっても、それが使えるのはごく一部の少女だけなのだ。魔獣と、魔法少女以外の部分については以前と何ら変わらない。その二つの変化が大きすぎると言えばそうなんだけど。


「あの…」


「ん?」


「これから、戦わないといけないのかな?」


「んー…そうだねぇ、どうしてもって子は戦わなくてもいい、けど。白ちゃんやれそうだしなぁ」


「リーテは、嫌じゃないの?」


 年端もいかない少女が命を懸けて戦う。恐ろしくないのだろうか。

 どうしてリーテは魔法少女になったのだろうか。僕の問いに口を尖らせて唸るリーテがいる。


「魔法少女はほとんどが望んで魔法少女になったんだよ」


「えっ…?」


「73災害から魔獣が出てくるようになって、魔法少女しか対抗できない」


「…」


「だから魔法少女になれば魔獣と戦うことは義務になる。それを知ってて私はアーフェアの手を取った」


アーフェア。アーフェア・ケール。

魔法少女の素質を持つ者の元に現れるという妖精。


「戦わなきゃいけないことを分かって。それでも私は私の望みのために魔法少女になったんだ」


 だから、嫌でもなんでも戦えてる。それだけかな。とリーテは言った。


「まぁ嫌っちゃ嫌だけど。みんなと、仲間と一緒なら魔獣とだって戦えるしね!もう慣れたよ!」


パタパタと羽が瞬く。


「白ちゃんはどうして魔法少女になったの?」


 それしか道が無かっただけです。魔法少女になるまでの事を正直に答えると爆笑された。笑い事じゃないんだけど。


「そっかそっか!そりゃ確かに嫌だわ!なら、戦わなくていいんじゃない?」


軽く。しなくていいんじゃないと軽く告げるリーテの言葉に驚く。


「えっ、いいの?」


「さっきも言ったじゃん。どうしてもって子は戦ってないよ」


「白ちゃんの魔法次第だけど、それで何か仕事してもらうってことはあるかもしんないけどね~」


「そうなんだ…」


 いいのか。自分で聞いておいてなんだけど、誇張じゃなく世界の危機だっていうのに嫌だから無理です。が通せるものなのか…。


「でもさ、世界が魔獣で溢れた時、白ちゃんはどうするの?」


「どうするって…」


「結局戦えるのは私たちしかいないんだよ」


「…」


 これはリーテの言う通りだった。魔法少女が誰も戦わなかったら魔獣はこの世界に増え続けるだけ。いくら逃げてもいずれは追いつかれる。


「けど、だからって魔法少女は戦わなきゃいけないの?戦える力があったってだけで」


「んー…。私は魔法少女になれてよかったって思ってるよ」


「どういうこと?」


「逆なんだよ。誰も魔獣に対抗できない中で、私たち魔法少女だけが戦える力を持っている。…戦って死ぬための力じゃない。もし、地球上の人類が最後の一人になったとして、その子はきっと魔法少女だ」


「魔法少女は生きるための力なんだよ。だから、魔獣と戦うのは人を守るためだけじゃない。強くなればなるほど、自分を守れるんだ」


「…なるほど」


 リーテの言葉は正しい、と思う。こんな訳の分からなくなった世界で最後に頼れるのは自分の力になるんだ。魔法少女になった自分の。


「それにね?けっこう気持ちいいもんだよ」


「…?」


「人類の守護者って肩書はね!」


「…凄いね、リーテは」


ニヒルに笑うかっこいい女の子に手を差し出され、その手を握る。


 こんなかっこいい子と同じ魔法少女なんだ。自分にはこんなかっこいいことを言える程戦う理由なんてない。だけど、しょうがないからちょっとだけ、頑張ってみるかな。そう思った。


「おっ!向こう話終わったみたいだよ」


 リーテの声に受付の方へ顔を向けると、こっちに歩いてきている坂井さんの姿が見えた。

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