第2話
赤と黒の世界の中で、煌めく何かがあった。それらはまるで花びらのように舞っている。やがて地面に落ちていき、最後に一つ残ったそれを誰かの手が掴みとる。誰かは迷った末に手を開き、掴んだ花びらは落ちることはなく、空へ、空へと舞い上がっていった。
***
夢を見ていた。懐かしい夢だった。
昔、ある時期に夢を見ていた。何故かは分からないが、夢なのにまるで本当に起きていることなのだという感覚があった。
長らく見ることのなかったそれを今もう一度見ることになったのは、これが原因なのだろうかと体を起こし窓に移った僕の姿を見る。
どこかの病院の一室で僕は目覚めた。外傷は特になかったはずだけど、疲れにより気を失うように眠ったのだろう。と、覚えている最後の記憶から見当をつけた。
窓に映った自分の姿は見知ったものではなく、後ろに纏められた白髪は肩甲骨の下まで伸び、白いノースリーブには銀の糸が縦に編み込まれている。
下半身を覆っていた布団をどかせると濃紺のショートスカートから太腿が覗き、手足の先から肘と膝までを銀色のガントレットとグリーブがそれぞれ覆っていることに気づいた。
到底普通の恰好ではないそれを、しかし身に着けている事に違和感は無かった。まるでこれこそが自分のあるべき姿だとでも言うかのようだ。もう一度窓を見ると、少しほほに肉が増えて女の子らしく見えるようになったその顔に、どこか男の時の自分の面影はあるように感じた。
「あっ起きたー?」
突然ガラリと扉が開かれ、声をかけられる。顔を向けると緑色の少女がいた。
肩に付かないくらいの緑のショートパーマが可愛らしく揺らいでいる。薄緑のショートドレスを纏い、背中からは半透明の一対の羽がパタパタと羽ばたいている。普通の人の装いとはとても言うことが出来ないこの人はおそらく魔法少女なのだろう。
「あれ?大丈夫?聞こえる?」
「あっはい」
忙しなく動く羽に気を取られているといつの間にか目の前まで歩いてきていたその少女の問いに少し驚いて答える。
「えっと…」
何から聞けばいいのか。聞きたいことが多すぎて逡巡してしまう。
あの後どうなったのか。ここはどこなのか。どうしてここにいるのか。
「やー初めましてだね。私はグリーンプリテンス、リーテちゃんって呼んでね~。ところで、あなたの魔法少女名は?」
「…」
グリーンプリテンス…リーテと名乗った彼女の問いに対しての答えを僕は持っていない。押し黙る僕を見る丸い瞳が怪訝そうに目が細まる。
「ないです」
「んーっと、人見知り?」
「え、いや本当にないんです」
どちらかと言えば人見知りかもしれないけれども、魔法少女名というものが無いのは本当だ。自分の魔法少女としての姿すらついさっき窓に映ったのを見たのが初めてなのだ。
「ついさっきこれを渡されて…」
「うそ。ほんとに?初変身即初戦闘ってこと…!?」
右手を前に出してアーフェアに渡された指輪を見せる。右も左も分からないのだと言うと、そこで口に手を当てて本当なのかと驚くリーテがいる。
「ぶふっ!あっははははっ!凄いねあなた!」
変身したなら逃げちゃえば良かったのに!と言うリーテの言葉を聞いてはっとする。全くもってその通りだ。魔法少女の身体能力なら逃げに徹していれば、追い付かれることもなく安全に救助を待つことが出来た。
…あの時はもう逃げることが出来ないという考えに行動が縛られていたんだ。体の疲れも心の疲れもあったから正常な判断ができてなかったのだろう。
ところで、どうしてこの人はここにいるんだろうか。
「えっと、グリーン」
「リーテでいいってば」
グリーンプリテンスなんて長いじゃんと笑う少女がそこにいた。長いから略称しようってノリでいいのか…。
「じゃあ、リーテはどうしてここに?」
「おっと、言って…なかったね」
「あなたをここまで運んだのは私なんだよ。地面血まみれで人が倒れてる所が見えた時は冷や汗出たけど、魔獣は死んでたし、倒れてる人は動かなかったけど、見た目魔法少女だし傷は無いしで、ね」
「なるほど…ありがとうございます…?」
つまりあの時、意識を失う前に見えた影はこの子のものだったのか。
どうせならもうちょっと早く到着してくれれば良かったのにとも思うけど、言っても仕方ない。
「いいよいいよ!そんなことより将来有望な子は歓迎だね!これからよろしく頼むよ?お仲間さん」
唖然とする僕の肩を叩いてリーテがそう言った。
将来…?これから…?お仲間さん…?
「なんで不思議そうな顔してるの?魔法少女として一緒に働くこともあると思うよ?」
「魔法少女として…働く…?」
僕が?という意味で自分のことを指さして首を傾げると「やんかわいい」と言われた。そうではなく。
「魔法少女はいっつも人手不足だからねー。だから、あなたのような好戦的で強くなりそうな魔法少女は大!歓!迎っ!」
「リーテいるー?」
「楓ちゃんおっそーい!」
「無茶言うな。こちとら屋根の上を飛び超えたり出来ないんだ」
ぶんぶんを繋がれた手を振られ満面の笑みで笑いかけられるとなんともいいがたい気分にさせられる。ひとまず好戦的という部分を否定したい。
そんなことを考えていると開け放たれていた扉から新しく人が入ってくる。
スーツを崩して着た大人の女性だ。ぼさついた長い黒髪が目立つその人は頭を掻きながら僕の顔をまじまじと見てきた。
「どうも、坂井楓です。えーと…」
「あー楓ちゃん。その子まだ名無しだよ」
「知ってる。んー白でいっか。君の仮名ね白さん」
「楓ちゃん…いつも通り適当すぎるよ…しかも安直だよ」
「うるせぇ」
なんだかとんとん拍子に僕の仮名…?が白で決まったようだ。
そして、何故か避けられている事がある
「えっと、本名は」
「言わなくていいよ」
食い気味に僕の発言を遮ったのは坂井さんだ。
「体の方は大丈夫かな?」
「まぁ、はい」
「なら、これからちょっと付き合ってもらうよ」
「え?」
特に怪我もしていないし、大丈夫と言えば大丈夫だ。猫は少し苦手になった気がするけども。なんて考えてながら返答すると有無を言わさず何かに付き合わされることになるらしい。
「楓ちゃん説明ー不足しすぎ~」
「車の中で話すさ」
「私も付いてっていい~?」
「好きにしな」
「うーい、じゃ行こっか白ちゃん」
「行くって、どこに?」
「もしかして、コールドスリープでもしてたの?」
もちろんそんなことはしていない。疑問符で埋まる僕の頭に続けて言葉が投げかけられた。
「なりたて魔法少女の行く場所って言ったら一つしかないじゃん」
ああ、そうか。そういえば僕は魔法少女になったんだっけ。
男には無縁の場所だっていう認識が消えていなかったから気付かなかった。
魔法少女の行く場所、魔法少女達の集う場所。
「魔法…省」
「せーかい。なんだ、知ってるじゃん」
にひっ。と笑うリーテに連れられ、病院の駐車場に着く。
「あー忘れてた。白さん、親御さんに連絡入れて貰えます?」
病院の入り口近くに公衆電話あるんで。とテレフォンカードを渡される。
「…いえ、今は出られないと思うので」
大丈夫です。と、渡されたカードをそのまま返す。
そもそも電話を掛けたとして話すことはないだろう。もう何年も碌に言葉を交わしていない。言葉をそのまま受け取ったか、あまり家庭のことに踏み入れられたくないことを悟ったのか、そっかとだけ言って話を終わらせてくれたことが有難い。
名前を知ってるだけの他人に聞かれても話すつもりはないし、話すつもりは無いなどと突っぱねるのにも疲れてしまう。
黒いワゴン車に乗せられた時、日の光が目に入り眩しさを感じさせられる。気付けば空は夕暮れを迎えたオレンジ色になっている。
エンジンを入れ、車を発進させた坂井さんがこれからの予定について話し始める。
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