第13話

警報が鳴る。歪みが発生した。


 魔法少女用端末に通知が来て、それを開くと出動要請が出てくる。歪みの大きさと出現魔獣の推定ランク、そして場所が記される。歪みの大きさ情報は17m、推定Dランクの魔獣が出現すると思われる。そして二人の魔法少女のSDキャラが描かれている。全体的に白い銀色の槍を持っている少女と猫耳猫しっぽを生やした青い少女。今回の魔獣災害に対処する人員だ。


「チリィ先輩」


「おう、スノウ」


猫耳猫しっぽ先輩と合流して歪みの発生地点に向かって走り出す。


「Dランクって見たんですけど、私はどうすれば…?」


「ま、最初は見ておけ。その後決める」


「分かりました」


「ん」


 先を行くチリィの後を付いていく。新人の私に遠慮しているのか余力をもって後をついていける。魔獣が出てくるまでに現場に着かないといけないし、もっと急いだほうがいいんじゃないだろうか。私はもう少し早く走れそうだけど。


「チリィ先輩、もう少し急ぎますか?」


「…チリィはこれが限界」


「あっ、なんでもないです」


「…」


「…」


 現場に着くまで少し気まずい空気が流れた。そっか、お互いのstatusを把握しておくとこういう時でも役立つんだな。覚えておこう。




「やっとか」


 到着してから約10分、空に開かれた時空の歪みから蟹のような魔獣が降ってくる。1体ずつ、計3体の魔獣が地響きを鳴らして地上に生まれる。魔獣はそれで打ち止めなのか歪みが次第に閉じていき、いつもの空が戻ってくる。しかし、地上には異界の化け物達が残っている。いや、残り1体だから達ではないか。


「ふん、口ほどにもない」


 チリィの足元から魔獣の真下まで氷の道筋が出来上がりそして氷の柱が2体の魔獣を貫き、奇妙な蟹のオブジェが出来上がる。チリィならばもう1体も倒せたのだろうけど、それをしては意味がないのだろう。


「私が行きますか?」


「いや、ちょい見とけ」


 そう言って、チリィが歩いて近づいていく。って大丈夫なのだろうか?リーテとの模擬戦で近距離戦も出来るというのは知ってるけどそれでも遠距離攻撃が主体のはずだ。そんな私の心配は杞憂だったというのがすぐに分かった。チリィの動きは決して早くない。だというのに魔獣の攻撃はチリィにかすりともしない。のらりくらりと捉えどころのない動きで翻弄しているかと思えば魔法で作った氷の礫が魔獣の攻撃の軌道を逸らしている。


 そんな事が1分続きチリィの背後に4つ浮かんだ氷の礫の内3つが連続して魔獣の顔面を叩いてたたらを踏ませている。そして最後の一つが魔獣の足の付け根を貫いて千切れかけている。それを見届けてチリィが私の近くに戻ってきた。


「今日は見せるだけのつもり。けどやれるなら経験は積んだほうがいい。どう?いけそう?」


「…」


 ひとまず相手の動きを見せて私に判断させようということだ。

 見ていた分には相手出来そうだ。遠目に見ているのと近くにいるのでは勝手が違うというのを踏まえても動きについていけないという程じゃない。


「たぶん、いけます」


「ん、気をつけろ。それと」


「ん?」


 チリィの指さした方を見る。氷の礫に貫かれて千切れかけていた脚がもうほとんど治っている。


「魔獣は治るのが早い。あれは特に早いけど。頭にいれとけ」


「…はい」


 治りが…早い?そういうレベルだろうか…。まぁ特に早いって言っているし他のやつだとそこまでじゃないんだろう。実際この間倒した魔獣もこんなに早くはなかった。


 あらかじめ作っていた銀槍を低く構えてゆっくり近づく。私を獲物と定めたのか魔獣の巨大な鋏が迫ってくる。鋏の外側を位置取るように動き、通り過ぎた鋏に突きを入れる。ガリガリと細かい破片が飛ぶけど一筋の線が走る程度の傷にしかなっていない。堅い。続く魔獣の動きを見て、距離をとる。


 やたらめったらに鋏が振り回され、あたりの地面が削られて砂ぼこりがたつ。これはちょっと近づけないな。


「は!?」


 しばらく様子を見ていると魔獣が動きを止め、力を溜めるように屈んだかと思えば、3mを越える巨体が宙に浮かび上がり、そして私の真上から落ちてくる。


「あぶなっ」


 地響きを立てて着地した魔獣の落下から辛うじて逃れて、反撃に振り下ろした穂先が容易く弾かる。お返しとばかりに振り上げられた鋏に銀槍が弾き飛ばされる。槍越しに伝わった衝撃に腕が痺れ体勢が崩れるも何とか尻もちをつくことは免れる。


 蟹のような図体を持つ、しかし3mを越える魔獣から距離を取るためバックステップを踏み、新たな銀槍を生み出そうと魔力を練り出す。


「避けて!」


「えっ?」


 チリィの珍しく張り上げた声に驚き、何故かと問うその前に、赤い甲殻に覆われた巨大な鋏が目前に迫っていることに気づく。避けられない。咄嗟に腕で顔を庇い、しかし衝撃はいつまでたっても来なかった。


「下がって」


 今度は疑問を持つ前に行動に移し、後方に立っているチリィの隣に立つ。そうして魔獣のいた場所を確認すると、魔獣の突き出された鋏から右半身を氷が覆い固めていた。


「魔獣を普通の生き物に当てはめて動くな」


「はい、チリィ先輩」


 見れば鋏と胴体を繋ぐ殻の関節部から太い筋肉が見えている。十分に距離を取ったと思っていたけど、覆われた甲殻の中に守られた関節部を伸ばしてリーチを増やしたんだ。


「あと、最初の内は攻撃を捨ててもいい。相手の動きを見極めないと初めて見せる攻撃でやられやすい。初見殺し危険」


「はい」


「…スノウ、まだいける?」


「…?いけます」


「分かった。気をつけろ」


 そういってチリィが魔獣の拘束を解く。半身が自由になった喜びからか、それとも不自由になっていた怒りからかブクブクと泡を吹き出している。


「ふーっ」


 細く息を吐き、一直線に駆け出す。迎撃せんと横なぎにされた鋏の届かない位置で急ブレーキを掛ける。削られたアスファルトのかけらが頬を打つが気にするようなことではない。

 牽制に銀槍を投げつけ魔獣の体を中心に時計回りに動く。一番危険の高い鋏が前面にある以上背面を取れれば格段に安全に戦える。その代わりこちらも有効な攻撃手段はないが。


 背後を取られることを嫌った魔獣が体を回転させ、それに追いつかれないように速度を落とさない。いたちごっこのようで、このままじゃ埒が明かない。もし私が一人だったならば。


 突如飛来した弾丸の様な氷の礫に魔獣の右脚が2本はじけ飛ぶ。

 それくらいで動けなくなるような事はないが、しかし多少なりとも動きは鈍くなり、残り6本の脚では白い少女に追従できずに完全に背後を取られる。


「そこ!」


 攻撃は捨ててもいいと言われたけど、チャンスは活かすべきだ。それに逃げ回ってばかりじゃ勝てはしない。突き出された銀槍は甲殻の隙間を貫いて、残る右足2本の内、1本を半ばから断ち切る。執拗に機動力を削られもはやこれまでといった風貌だが、氷の礫に弾き飛ばされた脚の断面から肉がうぞうぞと蠢き、驚異的な速度で再生している。今すぐに殻を作り出すことまでは出来ないのか筋肉のみが覗かせているが、このまま放っておくとすぐに動けるようになるだろう。


 どうする?私の攻撃力じゃこの魔獣を堅い甲殻に阻まれて絶命させることが出来ない。攻め手を考えている内にも魔獣の脚は再生を続け、遂には動き出そうかというところで、突き出した2本の氷柱によってひっくり返り白い腹を見せる。腹部を覆う白い殻は背中や脚の殻よりも脆いのかひび割れている。あそこならっ!


「はぁっ!」


 魔獣の上に飛び上がり、気合と共に突き下ろした銀槍は予想通り殻が薄かった腹部を貫いた。苦痛に暴れまわる魔獣の腹の上から落とされないよう必死に槍をつかみ、中身を掻き混ぜる。生命力の強い魔獣の悪あがきは30秒ほど続き、そして動きを止めた。


「スノウ、よくやった。…平気か?」


「ありがとうございますチリィ先輩。平気ですけど…?」


 平気だと言ったけれど何やら思案顔のチリィ。どうしたのかと聞く前に私の両腕が手に取られむにむにと揉まれる。


「痛くない?」


「はい?痛くないないですよ?」


「そう。ごめん、危なくした」


 その言葉でようやく思い至る。そっか、危うく攻撃が直撃しそうになった時の事を言っているのか。


「そんなに気にしないでください。チリィ先輩はちゃんと守ってくれたんですから」


それに。


「危なくなったのは私の立ち回りが悪かったからですし」


「むぅ、その立ち回りを教えるのが先輩の役目。それが出来てないから、私が悪い。ごめん、次はもっと気を付ける」


 青い少女の頭の上についている猫耳が伏せて、少女の内心を表していた。もっともそんなものを見なくてもしょげているのが分かるほど俯いていたけど。


「…そうですね。じゃあお詫びにご飯奢ってください。それでチャラです」


「ん、言うなスノウ。いーぞ、なんでも頼め」


「ごちそうになります。チリィ先輩」



***



「ただいまー」


 その夜、チリィと夕飯を食べてから自宅のアパートに戻った。なんだか酷く疲れて何もする気が起きない。湯が溜まるのを待つのも億劫でシャワーだけを浴びて寝巻に着替える。髪を乾かすのもそこそこにベッドに横たわり眠ろうとする。暗い世界の中で段々と意識が落ちていって、赤い鋏に叩きつぶされる夢を見て飛び起きた。


冷や汗が滝のように流れて濡れた服が肌に張り付いている。


「はっ、はっ…」


 そうか。あれほどまでにチリィが気に病んでいたのはこうなるかもしれないと考えていたからか。


 ああ、私はあの時死んでいたのかもしれないのだ。普通の人間と比べて圧倒的に身体能力の高い魔法少女だけど、魔獣と比べると見劣りしてしまう。対抗出来ているのは偏に魔法の存在だ。一人に一つの魔法、それによって魔法少女は魔獣に打ち勝てている。戦闘技術ももちろん必要にはなるけど単純な肉弾戦だと魔獣に部がある。


 しかも今日戦ったのはDランクの魔獣だ。Eランクの魔獣を問題なく倒せたから少し軽く見ていた。あの一撃でどこまでのダメージを負うことになるのかそこまではわからないけど、低く見積もっても骨折くらいでは済まなかっただろう。


 そんなことを考えているとすっかり目が冴えてしまい、ひとまず落ち着こうかと冷蔵庫に入れていた麦茶を取り出して飲んだ。


「…眠れない」


 ベッドに戻って目を瞑ってもまったく眠れる気がしない。ごろごろと寝返りをうつけれど気が晴れることもない。


 ため息をついて薄く目を開くと暗闇の中でかすかに震えているものがある。カーテンの隙間から漏れる月明りでかろうじて見えるそれは、自分の手のひらだった。

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