第21話 ワンデ

 その夜。

 夕食の時に、魔王がこんな事を言いだした。

「明日か明後日、神王ちゃんの所に遊びに行こうかしら。向こうの都合が良かったらだけど」

「ずいぶん急だな」

「だって素敵な勇者が来るんですもの! それに、神王ちゃんには遊びに行くって約束しちゃったし……」

 そういえば、このあいだ神王との別れ際で、そんな事を言っていたような。でも俺は気が進まない。神王は俺を膝に乗せ、ナデナデナデナデしてくる。自由に動けないし、結構な負担だ。でもまぁ、魔王が行くと言うのなら、ご一緒するしかない。

「……神王が空いてるかどうか、調べなくちゃだな」

「宝物庫からワンデを出しましょう」

「ワンデ?」

「アタシと神王ちゃんと冥王ちゃんが、その場所まで行かなくても喋れる魔道具よ」

「……神王との交流、喋って終わりに出来ないか?」

「冥王ちゃんと同じく、神王ちゃんもアシャーリーの茶葉が好きなの。せっかくだし届けたいわ」

 そういう事なら仕方ない。俺は神王が留守な事だけを願う。


 夕食が終わると、魔王は城の東にある宝物庫へ移動した。もちろん俺も付いていく。このあいだ魔の水鏡を出したから、中はメイドにより清掃と整頓がされているはずだ。なので大丈夫だろうと、二人だけで向かった。

 到着してすぐ、魔王は今回も扉に向かって叫んでいた。ズズズと重たい音がして、綺麗に扉が開く。

「さて、ワンデはどこかしらねぇ」

「どんな物かは魔王しか知らないんだから、探して貰うしかないぞ」

「大丈夫、『ワ』が付く魔道具はあの辺よ」

「そ、そんな仕分け方だったとは」

「簡単でいいじゃない、ネェ?」

 あの辺、と言っても、宝物庫は広いのでだいぶ歩いた。そして『ワ』が付く魔道具もかなりあったので捜索は難航した。

「おかしいわねぇ、えーと……あ、あったわ!!」

 魔王が手にしたのは、見た限りただの石板だ。でも、表面に『神王ちゃん』『冥王ちゃん』『全員』と書いてあった。魔王はその場で石板に魔力を通す。石板は蒼く光り、周囲を美しく照らした。

「じゃあ神王ちゃんに連絡を取るわね」

 俺は頷く。すると魔王は『神王ちゃん』と書かれた部分に触れた。その部分が更に輝く。俺はかなり期待してしまった。しかし聞こえてきたのは大きなくしゃみ。それと。

『あ~~~~ヤダわ!! 体重が三百グラムも増えてたじゃないの! 最悪~~~!!』

 これは確かに神王の声だ。でも、こちらと話している感じではない。そこに魔王が声を掛けた。

「神王ちゃーん、アタシよ~! 元気かしら~!?」

『アラッ魔王ちゃんじゃないの! ヤダわ、今の聞いてた?』

「ひ・み・つ!」

「もう、意地悪ね!! その魔道具イヤだわ~、魔王ちゃんの声が頭に直接響いてくるし、こっちの気持ちは丸聞こえなんですもの!」

 なるほど、先ほどの体重の件などは、神王が声に出さず、心で思っていた事なのだ。

「確かにイヤだな、ワンデは……」

「悪用はしないから大丈夫よ! ところで神王ちゃん、明日か明後日ヒマ? アシャーリーの茶葉を持って遊びに行こうと思ってるんだけれど」

『アシャーリーの茶葉! とても嬉しい! 明日も明後日も午後なら空いているわよ!』

「アラ良かった! じゃあ明日行くわね!」

『昼食とお菓子を用意して待ってるわ!』

「じゃあ明日ね」

 魔王がワンデを元々あった場所に置く。すると魔力の供給が途絶えたのか、ワンデはただの石板に戻った。

「さ、行きましょトンちゃん、明日の準備をしなくちゃ」

「アシャーリーの葉だな」

「それもそうだけど、私のコーディネイト! 神界は眩しいし、みんな白い服だから――いつもの黒がいいけど、もう一工夫欲しいわね」

 眩しいなら丁度いいと思い、俺はレースが美しい黒の帽子を提案した。麦わら帽子みたいな形をしているが、断然上品だ。魔王は鏡の前で左右を向きながら、帽子のチェックをしている。

「アラッいいわねコレ! 初めて被るわ!」

「事務室には色々ある」

「やるじゃない、トンちゃん」

「俺が用意した訳じゃないぞ、執事のトンがやった事だ」

「同一人物なんだから、素直に褒められときなさい!」

 それは確かに。俺の口元がニチャァと上がる。

 まったく執事の俺は有能だ。魔王に知られずして仕入れるとは、どういう手腕をしているのだろうか。魔王とは、いつも一緒な状態なので気になる。

(先日みたいに、魔王が何かに夢中なあいだ、席を外すんだろうか?)

 ならば、記憶が戻った俺に向けて、なにか用意してやりたいものだ。


 それから俺は、メイドにアシャーリーの茶葉を用意するように言い、明日は神界に行く事も告げる。午前中に出るだろうから、用意するのは朝食だけで大丈夫、とも。

 さて、俺は神界に行くのは初めて。神王に拘束される事さえなければ、純粋にワクワクできるのだが。

 そんな事を思いながら、風呂のあと入念に毛づくろいし、魔王の抱き枕になった。

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