第18話 お墓と少女
城へ戻った魔王と俺。普段ならメイドが出迎えてくれるのに、今日は誰もいなかった。
「魔王、これはどういう訳だ?」
「心当たりがあるわ。行きましょ」
俺は魔王に連れられ城の北側へ回る。すると、美しいコーラスが聞こえてきた。魔王と俺は、それに誘われるよう扉を開け、裏庭へ。
そこにはお墓が二基存在していた。その周囲に、整えられた生垣とメイドがほぼ全員。色々な種族がいるから、声の太さも種類も様々。まるで演奏会みたいだ。俺はもう少し聞いていたかったが、その一曲が終わったところで魔王が拍手した。
「ご苦労様! 今回の勇者は失敗したわ!」
「あっ魔王様! トン様!」
「勇者はダメでしたか、残念です」
「本当に残念だわ~。通常の業務に戻って頂戴」
魔王の指示で、みんなが城への扉をくぐって行く。残されたのは魔王と俺のみ。
「みんなは何で歌ってたんだ?」
「アタシとトンちゃんの冥福を祈って、歌ってくれるのよ」
「……じゃあこの墓は、魔王と俺のものだったか」
「そうよ、名前も書いてあるでしょ」
「へ~」
俺は芝生の上に敷いてある石を見る。そこには『魔王ここに眠る』『従者とどろきミルリン眠る』と書いてあった。
「……俺は魔王に言いたいことがある」
「なにかしら?」
「とどろきミルリンは止めてくれ!!」
「でも、本当の名前を書かないと、身体が戻ってこないわよ?」
魔王曰く。魔王が死ぬと、その身体だけが霧散し、この墓に戻って遺体として安置されるらしい。もちろん俺も。そうして、魂だけが冥界へ行くとか。
「まぁ一応は死ぬわけだから、みんなが歌って慰めてくれていたのよ」
「へ~、まぁ城のみんなは勇者の事を知っていたしな」
「本当に残念だったわぁ」
「責任は俺にある」
「いいのよ! また幾らでも機会はあるもの!」
魔王が墓石をこつこつと叩く。
「そういえば、なんで身体がここにあるのに、ここで復活しないんだ?」
俺は山小屋スタートを思い出していた。それに対しては明快な答えが返ってくる。
「あの世の管理者は、現世の事を知らないの。教えてみたけどピンと来ないみたい。だから、魂だけを現世に放り出すのよ。魂はどこかに着地して、身体はその魂に向かって飛んでいく感じね」
「そうだったか、どこで復活するのか判らないのは不便だな」
「まぁトンちゃんはアタシが迎えに行けるからいいけれど」
クスッと魔王が微笑んだ。本当に魔王は頼りになる。そう伝えると少し照れたようだ。唐突に話題が変わる。
「暇だし人間界に行きましょうか! ガッカリした分、勇者の卵を見たい気分よ」
「人間界か……解った、付いていく」
「食事も向こうで済ませましょ! せっかくだしね」
「じゃあメイドに言ってこよう」
「着替えもしなくちゃダメよ、トンちゃんは猫獣人なんだから、フードが深いものを選んでね」
「そういえば、そうだったな」
魔王と俺は城内に戻り、見かけたメイドに報告。それから魔王の執務室横の事務室で着替え。ここには魔王のローブと俺の服――制服からフードつきローブまで、外出着一式がたくさん存在する。魔王用のコーディネイトは思い出せないが、今日は黒いローブとゴールドの長いネックレスをおススメしてみた。靴も凝ってみたらどうだろう。ぴかぴかの黒い革靴だ。全身が黒いから、ネックレスが映えている。残念ながら魔王の顔は映えないけれど。
それから俺は、自分の着替えに取り掛かった。こちらは先方の失礼にならない程度の恰好で良い。魔王が黒なので俺もお揃いにした。
「じゃ、行くわよ~」
「おう!」
俺と魔王は人間界へ。紫から青に変わっていく空が綺麗だ。
人間界に着いたのは、午後の三時くらいだった。魔王は勇者の学校に着地し、中庭での訓練をこっそり眺めている。今日は急に見に来ただけで面接もないし、俺は退屈だった。
「なぁ魔王、ちょっとその辺を歩いてきてもいいか?」
「いいわよ~、フードにだけは気を付けてね」
「解ってる」
こうして俺は、人間界に一人で立つ。『りんごのパイ』が売っている広場には後で魔王と一緒に行くとして、どこを探検しようか。
俺はあっちこっちを見て回る。建物の様式や道路も魔界とは違うし、こちらは賑やかな馬車も走っていた。馬という生き物は、とても優しい目をしているので気に入ってしまう。俺は馬車の通り道の端っこで座り、邪魔にならないよう観察していた。
そこに、人間なら十代前半という感じの少女が現れる。城の香油とも違う、とてもいい香りがしていた。少女は気さくに俺へ挨拶してくる。
「こんにちはー! 何をしているの?」
「ど、どうもこんにちは。馬車を見ているんだよ」
「馬車ね! 私も乗ってみたいな~!」
「うん? 乗ればいいだろう?」
「あんなのお金持ちしか乗れないよ!」
なるほど、馬車は金持ちの移動用であったのだ。どうりで金細工が施されたり美しいと思った。俺に手持ちがあれば、と一瞬思ったが――怪しいフードを被った知らないおじさんと馬車に乗ったらいけません、と母親に言われてしまうだろう。
その少女はヒマらしく、俺の隣に座ってきた。子供だから距離感を知らない。ぎゅっと押される感じだ。でも、それが何故か嬉しかった。相変わらずその少女からはいい匂いがする。胸もドキドキしてきたし、少女に擦り寄りたいと思ってしまうし、なんだこれは。
異常を感じた俺は、その少女から離れた。少女は何となく名残惜しそうだ。そこから俺が、一目散に逃げていく。移動した先は、もちろん魔王の元だった。
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