第17話 直接対決

 キン、カンカンという音が、まだ近所から聞こえてくる。でも、しばらくすると静かになって、その代わり魔王の部屋へ勇者三人が入ってきた。

「ワッハッハ、よく来たな勇者、褒めて遣わそう」

 魔王は練習通り、頑張ったと思う。だが、勇者の中の一人がちょっぴり残念そうに言った。

「死地を乗り越え対面したのが、こんな普通過ぎる魔王だったなんて……!」

「っていうか本当に魔王? 使用人かも」

 俺がこんな事を言われたら傷つくが、魔王は言われ慣れているらしい。ぜんぜん演技が変わらない。

「フッフッフ、では其方の願いを叶えてやろう!」

 魔王が勇者たちに手をかざす。その瞬間、勇者たちは臨戦態勢を取った。

「……っ! 変身した! その禍々しい姿、やはり魔王だったか!!」

「すごく大きくて野蛮だ!」

「夜の闇より黒い……」

「見ろ! あの険しい表情を!」

「ん? 魔王はただのオネェだぞ?」

 思わず口をついた俺の言葉に、勇者たちが混乱している。一方の魔王は、かなり怒っていた。

「ちょっとトンちゃん! せっかく『相手が望むものを見せる術』をかけたのに!」

「そうだったのか、すまん……魔王が変わってないのに、勇者たちがアレコレ言うからおかしいと思って」

 魔王と俺が話している間に、勇者たちの混乱が解ける。そして再び、魔王か否かの談義が始まってしまった。

「ああ~っ術が解けちゃったじゃないの! 同じ術を使っても無駄だろうし困ったわぁ~!」

「そう諦めるな。もう一回やってみろ」

「え~~~? 気が進まないけど~~!」

「勇者たちがこっちを無視して喋っているうちに早く!」

「そうね、じゃあ、えいっ!」

 魔王がもう一回『相手が望むものを見せる術』を使う。しかし勇者たちの魔王に対するイメージは、既に崩れ去っていたようだ。

「ふ、普通にオネェ」

「むしろいい人っぽい」

「なんで魔王やってるんですか?」

 勇者たちにこう言われた魔王は、大げさに溜め息をついた。そして、相変わらず暖炉の前にいた俺に文句を言ってくる。

「ホラ~! ダメだったじゃないの!! あーあ、これじゃ殺されても芸術点が低すぎて、あの世でイケメンに会う事すら無理よ!」

 魔王は何度も足を組み替えており、とにかくイライラしているのが伝わってきた。そんな魔王が勇者たちを指さす。

「ちょっとアンタたち! どこ出身なの!?」

「ナニシュキガルです」 

「じゃあ、はい!」

 魔王が指先をくいっと動かした途端、勇者たちがぽーっと剣や杖を取り落とす。動きもしないし、まるで植物のようだ。

「勇者たちのここ数年の記憶を消したわ。まぁ縁があればまた魔王討伐を目指すでしょ」

「動けなくなったのにか?」

「今は記憶の混濁中。その間にナニシュキガルへ送るわ」

 魔王が勇者たちに手をかざす。勇者たちは、あっという間に消え失せた。

「も~、嫌になっちゃう! せっかくのイケメン勇者だったのに!」

「すごいな、魔王は記憶を操作したり、人を転移させたりもできるのか」

「記憶は消すだけで戻せないし、自分自身は転移できないけどね」

「そうか、でも例えば俺を人間界に送ったりは出来るんだな」

「帰りはどうするのよ。手をかざさないと効かないから、アタシが迎えに行くしかないじゃないの! だったら二人でお空を遊覧した方がいいわ!」

 魔王の力はすごいけれど、出来ない事も多々あるらしい。というか――。

「魔王、済まなかった。せっかく勇者とのやり取りが上手く行っていたのに、俺のせいで」

「トンちゃんから見れば、アタシは普段の魔王だったものね。事前に使う術の打ち合わせをしたわけじゃないし、仕方ないわ~」

「魔王は優しいな」

「いえいえ、相手がトンちゃんとイケメンだからよ」

 そこに、粗野っぽい男性の声が聞こえた。

「すげー! ここが魔王の部屋か! 勇者たちの後をつけたら、簡単にここまで来ちまった!」

「アラ、魔の水鏡でイケメン三人ばかり見てたから、他の存在に気づかなかったわ……どれどれ」

 そこには見事なブサイクがいた。髪は切っただけ、汚い肌、鼻毛がぼうぼう生えている。背も低く太っていて、ここには勇者たちの後をつけて来た、と――マシな部分を探すのが大変なくらいだ。

 俺は良い所を探していたのだが、魔王は簡単に「滅」と呟いた。すると男が綺麗さっぱり消えてしまう。

「ま、魔王……まさか殺したのか?」

「私が作った、記憶を失くして王都に送り返す呪文よ」

「ブサイク相手だと、出身なんかも聞かないんだな」

「だから! アタシが優しいのはトンちゃんとイケメンだけよ!」

「いや、メイドや庭師にも優しいぞ」

「まぁねぇ、身の回りのことを任せているから」

 そう言いながら魔王は椅子から立ち、部屋の隅へ歩いていく。

「何してるんだ?」

「別荘の子たち勇者に殺されただろうから、生き返らせるの」

「へぇ! どうやってやるんだ!?」

「壁に手を当てて、魔力を入れるだけよ――はい、終わり」

 ちょっと疑わしかった俺は、暖炉から離れて部屋の外を見に行く。そこにはデカいフロストドラゴンが立っていて、俺を見つけると挨拶してきた。

「私がさっき死んだばかりで、今トン様がいらっしゃるという事は、今回の勇者が失敗したんですね」

「そうなんだ、俺が余計な口を挟んだばっかりに……」

「いえいえ、また次によろしくお願いします!」

 フロストドラゴンは結構いいやつだった。その先ではメイドたちが立ち話をしていたりもする。洞窟にも刀傷ひとつ無いし、平和な平和な光景だ。

 俺はそれを見届けてから、魔王の部屋、主に暖炉の前へ戻る。

「どうだった? トンちゃん」

「みんなの命が戻っていたな、洞窟も綺麗だった」

「アラよかったわ~! ふふ、何でだと思う?」

「……もしかしたらこの別荘、ぜんぶ魔王の魔力で出来てるのか? だから壁に魔力を通すと元に戻る?」

 俺がそう答えてみると、魔王は嬉しそうだ。

「ご名答! その暖炉の火と燃料以外は全部アタシ製よ」

「勇者が来るたびに、新しい洞窟や魔獣を用意するのは大変だもんな……」

「そういう事! もうスタッフ一同が揃ったから、あんなブサ雑魚が来ることも無いわ! アタシたちも帰りましょ!」

 魔王は律義にも暖炉の火を消し、勝手口へ向かう。もちろん俺もついていった。

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