第16話 水鏡と別荘

 魔の水鏡は、魔王に言われた通り大きく、意匠も立派なうえ、羽のように軽かった。水を入れないでその辺に置いておいたら、風に飛ばされそうだ。なので、魔王と俺で端っこを持って庭園に移動する。

「俺はともかく、魔王は魔法でも使って持ち上げればいいだろ」

「魔の水鏡は、水を入れない状態で魔法を通すと壊れちゃうのよ。アタシの心みたいに繊細なの」

「……ちょっと考えさせてくれ」

「なによ! 文句でもあるのかしら?」

 キーキー言っている魔王が面倒くさい。今度からレディとして扱わねば――いや、無理だな。


 そのうち庭園が見えてきた。桶をたくさん用意したメイドたちもいる。でも、嫌な事に着いた場所は噴水前。俺の像があるので本当に困る。だが、平らな場所、ふんだんな水という条件が合っているので、いつもここで魔の水鏡を使っているらしい。

 魔王が水鏡を置くと、すぐにメイドが作業を始めた。三メートルの大きさ、しかもそこそこの深さを、水で満たすのは大変そうだ。なので俺も少しだけ手伝った。その間、魔王は集中しているような風に目を瞑っている。

(好みのイケメンだといいな、魔王)

 俺は魔王のために願った。


 そうして、魔の水鏡は使用可能な状態になる。満水なのに零れる事も無いし、少し風が吹いてもさざ波ひとつ立たない。とても安定した場所なのだ。

「魔王、準備が出来たみたいだぞ」

「……ありがとうみんな、じゃあ魔力を通すわよ――ええと、アニモニの森の三人組だったわね」

 魔王が水鏡の一部に触れる。しばらく経つと、俺にも画像が見えてきた。三人とも確かにイケメンだが、魔王のお気に召すかどうかは不明。なのでちらりと魔王を見れば、満面の笑みを浮かべている。

「誰かと思ったら、みんなウチの卒業生だわ! ……という事は、だいぶ期待できるわよ~」

 そういえば魔王は人間界で、勇者育成学校を経営しているのだった。一度、入学試験の面接に同席した事があるけれど、なかなか狭き門だったはず。その勇者が三人で協力し、魔王を討ちに来るとは。確かに期待できそうだ。


 その後も三人の勇者は順調に進軍した。魔王は水鏡を見てはうんうんと頷いている。

 そんなある日の夜。

「トンちゃーん! 明日から別荘に行くわよー!」

「急だな」

「だってそろそろ勇者が来るじゃないの……あ、しまったトンちゃんには記憶がないのよね、えーと……普通の城だと魔王城っていう雰囲気に欠けるので、勇者用に、いかにも! な別荘を造ってあるの」

「いかにも、か。楽しみだな」

 俺はそう言っていたのだが。


 大きく厳つい、あちらこちらが尖った魔王の別荘は、魔界の中でもかなり高い山の頂上にあった。つまり寒い。猫獣人の俺には辛い状況で、暖炉の傍から離れられなかった。メイドも寒さに適応した、もさもさの魔獣で、その他にもフロストドラゴンを始め、攻撃用の魔獣がアホほど存在している。ちなみに魔王の席までは、岩で出来た迷宮を通り過ぎないと辿り着けない。罠もたくさんあるそうだ。俺は断崖絶壁にある勝手口から入ったので、魔王に聞くまで解らなかった。

 その魔王は、髑髏とベルベットで出来た椅子に座っていた。服装も椅子とお揃いで、頭には眩い王冠を付けている。部屋も人骨と思われるもので建てられており――と思ったら全て偽物だそうだ。

「そんなに人骨集めて造るの大変じゃないの!」

「じゃあこのデザインにも意味があるんだな?」

「そりゃそうよ! 勇者が来たら、『この骨は今まで屠った勇者の物……クックック』ってやりたいの!」

「そうか……まぁ頑張ってくれ、暖炉を作ってくれたのには感謝する」

「だって寒いじゃない!? ねぇ~!! 凍えて震え、ましてや噛んだりしたら台無しだわ!!」

 そこに、もこもこしたメイドがやってくる。手には書状を持っており、これは城で見た斥候の物に似ていた。

「魔王様! 勇者たちの動きでございます!」

「ご苦労様」

 魔王は書状をうきうきと見る。それによれば三人の勇者は順調に岩の迷宮を突破しているらしい。

「……こんな書状より、魔の水鏡を使ったらいいと思うんだが」

「山頂だから水が貴重品なの……飲み水も氷をわざわざ溶かして使う感じよ」

「そうだったか」

「でも、この書状で報告パターンは割と点数が貰えるのよね! 古風なのがウケるのかしら!」

 キャーッと魔王が嬉しそうに笑う。これが今から殺されようという『魔王』の態度だろうか。まぁ魔王は死んであの世へ行き、イケメンにウハウハされたいので仕方ない。

 しかし、そんな魔王も何枚かの書状が届く頃には落ち着き払い、じいっと出入り口を見つめたりする。俺が話し掛けても、頷いたり首を横に振ったりするだけだ。ものすごい集中力を見せている。もしかしたら役に入り込んでいるんだろうか。しかし、どんなに頑張っても映えない魔王なので、ここから三万点までどう持って行くのかは見ものだ。


 やがて、ドシンとかバタンなどという大きな音がしてくる。たぶん勇者一行が近所まで迫っているのだ。

 すると魔王は「ワーハッハッハ」と高笑いの練習を始めた。

「やっぱり役に入り込んでいたか。魔王は勇者相手だとオネェを止めるんだな」

「素だと芸術点が減るのだ! ワッハッハ! さぁ来い勇者風情が!」

「……勇者が来ても、俺は黙って暖炉の前に居ていいのか?」

「それで良かろう!」

「ハイハイ」

「ハイは一回にすべし!」

「だめだ、だんだん面白くなってきた……俺は黙る」

 この間も派手な物音は続いている。でも魔王は準備万端。あとは勇者を迎えるだけだ。

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