第15話 勇者、魔族の領地へ

 ある朝の事だ。

 食事を摂ったあと、メイドが俺に筒形の書状を渡してくる。そこには勇者一行が魔族の領地内に入ったという内容が書いてあった。

「魔王、これ……いよいよ勇者が来たぞ」

 俺が魔王に書状を見せる。その書状を魔王はウキウキと読んでいたが、最終的には詰まらなそうに返却してきた。

「いちばん重要な情報が入ってないわ! 斥候は何をやってるの?」

 魔王は明らかに不機嫌だ。なぜだか俺には判らない。せっかく待ちに待った勇者が現れたというのに。

 そこへ、もう一本の書状が届く。それは魔王が直接受け取った。そして、書状に巻かれた紐を解く。

「えーと……先ほどの報告は失礼しました……新米の斥候ゆえお許しを……正しくは、勇者はイケメンばかりの三人連れなり、場所はアニモニの森――フッ、この情報よ、私が欲しかったのは」

 魔王は、自分を殺すイケメン勇者の情報に厳しいらしい。俺も気を付けなければ。まぁあの世評議会で、芸術点ゼロ、技術点ゼロと言われたくない気持ちも解るし。

「さて、やりましょうか……フフフ、トンちゃん、魔の水鏡を持って来て」

 ずっとくつくつ笑っていた魔王が、俺に謎のアイテムを持って来るよう命じる。

「魔王、俺にはその記憶がない」

「アラ! そうだったわね、どうしましょ」

「俺が預かってたのなら、事務室にあるんじゃないのか? 俺のプライベートな場所は、あそこと風呂とトイレだけだ」

「けっこう貴重品だから、宝物庫の可能性もあるわね……もしくはメイドにどこかへ仕舞わせたとか」

 魔王と俺は、うーん、と考え込んだ。

「魔の水鏡……一体どういう道具なんだ?」

「器に水を張ると、遠くの景色が見えるのよ」

「なるほど、勇者のイケメン度を見たいと。水鏡の大きさは?」

「円形で縦横三メートルくらい? けっこう大きいわよ」

「いやデカ過ぎるだろソレ! すぐ見つかる!」

 案の定、メイドたちに聞いたらすぐ所在が判明した。場所は魔王が考えた通り宝物庫だ。

「宝物庫の扉はアタシかトンちゃんじゃないと開かないの。せっかくだから一緒に行きましょ。メイドたちも手伝って頂戴」

 そう言いながら魔王が立ち上がったので、俺も付いていくことにした。その後ろにメイドたちを従え、城の東側に向かい、とことこ歩く。

「朝陽が気持ちいいわね」

「朝も夜も、空は紫だけどな」

「いやぁね、微妙に色合いが違うのよ~」

「……そうか? メイドはどうだ?」

「恐れながら申し上げます。朝は華やか、夜はしっとり……のような感じかと」

 俺の目にはいつも同じ紫しか見えない。獣人のせいかもなぁなどと諦めた。

 やがて。

「着いたわよ!」

「へぇ、ここが……」

 魔王と俺の前には大きな大きな宝物庫の扉があった。城の玄関の二倍くらいか。魔の水鏡も相当なサイズだし、他にも大きな魔道具含む宝物があるのだろう。

 その扉に向かい、魔王が話しかける。

「アタシとトンちゃんが来たわよ! 開きなさい!」

 ズズズ、と重たい音を立て、扉が開いていく。どんな魔獣が扉を守っているのかと思ったら、向こう側には誰もいない。

「ん? どうやって扉が動いたんだ?」

「アタシかトンちゃんが望んだら開くように、魔力を籠めて作っただけよ」

「へぇー……魔王はやっぱりすごいな」

「溜まっている魔力が切れて、この扉が動かなくなる頃には城の建て替えどきね。面倒だけど、城にしないと芸術点がイマイチなのよ~」

 確かに庶民が住むような家と城なら、圧倒的に城の方がポイントも高かろう。

「さ、そんな事より魔の水鏡を探さなきゃ。メイドたちは探しながら掃除もお願いね。久々に開けたから埃がすごいわ」

「はい!」

 魔王が言う通り、確かに埃っぽかった。でもまぁ、魔王か俺しか扉を開けられないので仕方ない。なにせ魔王はこのあいだ復活したばかり。という事は、数十年ほど魔界に居なかったと思われる。当然、魔王の付属物である俺も居なかったので、そのあいだ誰も開けられなかったのだ。だからメイドたちの掃除も大変そうで、貴重品ばかりのため緊張感を持っているのが窺われた。

 一方の魔王は宝物庫の中を眺めている。俺だって初めて見るんだから同じだ。室内は高さと幅と奥行があり、どう使うのだか判らない魔道具や宝石などの類が陳列してある。美しく飾ってはあるのだが、何しろ広い。城の東側は、全てが宝物庫なのではなかろうか。

「メイドたち~、魔の水鏡があったら呼んで頂戴」

「はい!」

 一斉に良い返事が響いてくる。それに頷いてから、魔王は廊下へ出た。

「埃で咽喉が痛いわ~。トンちゃん、お茶淹れてくれない?」

「構わないが……記憶が無いので、美味い物が出てくるとは限らないぞ」

「トンちゃんのお茶なら何でもいいわよ!」

「そこまで言われるなら頑張ろう」

「よろしくね」

 魔王が今度は、いつも二度寝しているソファへ進む。俺は少し考えていた。

(確か事務室にお茶のセットがあったような? 茶葉も揃っていた気がする……ええと……魔王が朝に飲むお茶……)

「あっ……アールグレイ!! アールグレイだ!!」

 俺がいきなり大声を出したので、魔王はビクッとしている。

「驚いたわ~! アールグレイがどうしたの?」

「魔王が朝に飲むお茶を思い出した!」

「……そ、そうよトンちゃん!! アタシ嬉しいわ!!」

 魔王は俺をヨシヨシして、目的地である居間の品が良いソファに座った。俺は事務室から、野いちご柄のティーセットを持って来て、お湯だけメイドに貰う。

(さて、どう淹れるんだったかな?)

 何だか手が覚えている気がして、そのまま任せてみた。

 まずはポットとカップにお湯を注いで温める。紅茶は冷ましたらいけない気がしたので。次はポットにアールグレイの茶葉をティースプーン一杯。そこにお湯を注いで、しばらく待った気がする。はて、何分だったか。まぁ、こう考えている内に時間は経っているだろう。あとは茶こしを使って、温かいカップに注げば終了。

(なんだろうなー、これ。七十点くらいな気がする)

 俺はそう思いつつ、ちょっとドキドキしながら魔王のもとへ。何となくで淹れた紅茶を持って行った。魔王はカップとソーサーを受け取り、まずは紅茶の香りを楽しんだ。

「アラッ! これ、きちんとトンちゃんのお茶だわ! 少しだけ足りない気もするけど……ううん、とても美味しい!」

 そう言いながら、魔王がカップを傾けていた。とても満足そうだ。

「な、なぁ魔王」

「なにかしら?」

「記憶のある俺の淹れたお茶が百点としたら、今のお茶は何点だ?」

「もう! 記憶がないのに頑張ったんだから、百二十点に決まってるでしょ!!」

「そ、そうか、ありがとう」

 魔王の口振りから言って、本当はやっぱり七十点じゃないかなぁと感じるのだが。今度はもっと喜んで欲しいので、時間を見て紅茶の淹れ方を勉強しておこう。


 お茶を飲み終わって、しばらくした頃。六人のメイドが俺たちの傍までやって来た。

「魔の水鏡、見つかりましてございます」

「ありがと! 貴重品だから庭園まではアタシとトンちゃんが運ぶわ。アナタたちは水の準備を手伝って」

 六人のメイドは会釈で返事をし、城の門へ移動していった。同時に魔王と俺も宝物庫へ向かう。三メートルもあるらしい、魔の水鏡が楽しみだ。

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