俺はオネェ魔王のブサ執事だったようです
けろけろ
第1話 衝撃の事実
ふと気づけば、俺は簡素な部屋にいた。室内を見回すと、長年使われていなさそうな農工具の類が散乱している。俺は部屋のすみっこにある藁の上で寝ていたらしい。寒かったのか、ころんと丸くなって。
(ここ……どこだ?)
その他、視界には俺の腕や脚などが入っている。ただ、おかしいのは両方ともに灰色の毛がモフモフ生えていて、黒い肉球と出そうと思えば出てくる鋭い爪や、手脚と同じような尻尾まで存在するのはどういう事か。しかも、ただの動物かと思えば服も着込んでいる。俺の脳内はクエスチョンマークで一杯になった。ついでに言えば、この状況に陥る前の記憶も全然ない。思い出そうとすると、うんざりというか、ぐったりというか、とてつもなく不愉快な気分が襲ってくる。
なので、それは置いておいて。
とりあえず腹が減ったし咽喉も乾いていた。この部屋を出れば何か入手できるかもしれないので、俺は移動を開始。二、三歩してから気づいたのだが、四足ではなく二足歩行をしていたりする。
(俺は一体どんな生き物なんだ? ……おっと危ない危ない)
先ほどの不愉快さが襲ってきそうだったので、その辺はフワフワさせておこう。俺は部屋のドアを開く。その途端、「キャーッ!!」という悲鳴のような歓声のような音に包まれた。
「トンちゃん! よく目覚めてくれたわね! 良かったわぁぁ!」
俺の目の前には、ひとことで言うと『映えない』男が立っている。年齢不詳、中肉中背、顔も髪も普通。妙に魔法使いめいた黒いローブを纏っているのは、センスがあるのか無いのか微妙な線だ。
そんな存在にいきなり「トンちゃん、トンちゃあああんん!!」と涙ながらに抱きつかれて、俺は一体どうしたらいいのか。
「……あの、俺はトンちゃんという名前なのか? あなたは俺の知り合いか?」
「アラいけない、アタシったら。そうね、目覚めたてはアタシだって少し混乱するもの」
そう言いつつも、男は「フンッ!」と俺を担ぎ、次の瞬間には空高く飛んでいた。
「いきなり! びっくりするだろう!?」
「トンちゃんがあんな山小屋にいたからじゃないの!」
「山小屋……? ああ、なるほど」
遠くに俺が寝ていたであろう建物が見える。周囲は『山小屋』の名に恥じぬ尾根が連なっていて――あそこでは、水や食料の調達が難しかったかもしれない。
「ありがとう、恩に着る」
「なに言ってんの! トンちゃんとアタシの仲じゃない!」
「……うーん」
どうやら俺とこの人は重大な間柄らしいが、ピンとこない。『目覚めたて』という状態に関係あるらしいが、だったら時間が解決してくれそうだ。俺と同じく思っているのか、男が黙って飛んでいるから暇である。なので、どこまでも蒼い空や浮かぶ雲を楽しんだ。爽やかな気分。いや、そこそこ飛んだら空模様が変わってきた。空が段々と毒々しい紫に染まったのだ。
「トンちゃん、もうすぐアタシたちのお家に着くわよ~」
「俺とあなたは一緒に住んでいるのか!?」
「当り前よ!」
正直、かなり不安になってきた。
(時間よ、早く俺の状態を回復してくれー!)
そこから、すぐ。
男が随分と豪華な城、その広い庭園に着地した。担がれていた俺は地面に立って、思ったより良い物件だなと見惚れてしまう。空は紫なのに緑が生い茂り、踏みしめているのはふかふかに敷き詰められた芝生、迷路や動物の形に剪定された生垣も面白い。ただ、大きな噴水の中央に不細工な猫の像が建っているのには笑ってしまった。口元がニチャァとしており、目も離れているし、くだらない悪事を考えていそうな顔だ。それを飾るとは――なにか宗教的な意味でもあるのだろうか。
「トンちゃんがいない間に、いい庭師が来てくれたのよ」
「へぇ……」
俺がきょろきょろしているうちに、だいぶ歩いたようだ。気づけば城のすぐそばに立っていた。見た感じの感想はデカくて綺麗、しかし良い意味で歴史を感じる造り。入ってすぐ大広間になっていて、奥に二階へと続くのであろう大きな階段が見える。どこかに俺と男の部屋があるはずだが、部屋数はたっぷりありそうだから、別々で暮らしたいものだ。
頷きながら考えていたところ、いきなり人間の少女が現れた。少女は十代くらいだろうか、黒いワンピースにひらひらした白のエプロン、きっちり結い上げた金髪をなびかせ、男と俺の前で膝をつく。
「魔王様! トン様! お帰りなさいませ!」
「アタシが留守の間、何か無かったかしら? イケメンの勇者が来るとか」
「城は至って平和でございました」
「アラ残念」
この短い会話から得たのは、この男が魔王でイケメン勇者を待っている事と、俺が様付けで呼ばれるような立場だという事だ。
(でも思い出せないんだよなぁ)
ぼんやりする俺。何となく会話にも入りづらいし、この広間をうろうろする許可を貰った。足が沈みそうな絨毯を歩く。壁に辿り着くとドでかい絵画や彫像が幾つも並ぶ。凄そうなのは判るが、どれもこれもモチーフが噴水にあった不細工な猫だ。もしかしたら本格的に、魔王教の教祖だったりするのかもしれない。
そう思っていた俺の目が、とあるブサ猫彫像のタイトルを読んだ。シンプルに『トン様像』と。
(はぁ!?)
俺は自分の顔をぺたぺた触った。いや触ったからっで何もならない。なので男――魔王のそばへ行き、鏡を所望する。
「いきなりどうしたのかしら?」
「俺には確かめなくてはならない事がある!」
「まぁいいけど」
魔王はローブの中から手鏡を寄こす。俺は肉球を器用に使って手鏡の中を覗き込み、叫んだのだった。
「やっぱり俺じゃーん!!」
俺の声が、無駄にデッカい大広間に木霊した。
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