第2話 ご飯と昼寝
傷心の俺を救ってくれたのは、魔王と女性――この城でメイドをやっているという――だった。
「トンちゃんの好物で食事が用意されてるわよ、行きましょ」
「そういえば俺、空腹で咽喉も乾いていて」
「あんな場所で目覚めたんだものね」
ふぅ、と息をつき、魔王が歩き出す。次いで俺。メイドは従うように後から付いてきた。
それにしても、なかなか城は広い。ダイニングまで十二分は掛かった気がする。空腹を思い出したので尚更遠く感じられた。
そうして着いたダイニングには、びろーんと長いテーブルがひとつ置いてあった。皺ひとつない白のテーブルクロスが掛かっている。そして、並んでいる椅子の数は、一瞥しただけでは把握できない。
「今日はアタシの席で食べましょ」
魔王はすたすたと奥の席へ向かう。いわゆる上座という事に違いない。その考えは間違っていなかったようで、魔王がテーブル全体を見晴らすような席に着く。
「今日はトンちゃんが隣ね。ウフ、珍しいから嬉しい」
「……何でだ?」
「だってトンちゃん、私の使い魔で執事も兼任してるんだもの! 食事の際にはアタシの後ろでピクリともせず立ってるわ」
「へっ!?」
全くの初耳である。
俺がぽかんとしているので、魔王はハッとした表情を浮かべた。
「アタシったら嫌だわ、トンちゃんが自然に記憶を戻すまで、何も言わないようにしないと……とりあえず忘れてちょうだい」
「いやそんな重大な事を忘れられるわけが」
「実際にトンちゃんは忘れてる。でもいいの、これが普通だから」
俺はもうちょっと魔王から情報を聞きたかったのだが、次々とワゴンで運ばれてくる料理の香りに屈服した。運んでくるメイドの数は八人ほど。まぁこんな城じゃ掃除だけでも大変だろうから、実際は何人いるんだか計り知れない。いや待て、メイドの人数はどうでもいい。今は料理。
「わぁ……美味そうだ」
「だからトンちゃんの好物ばかりって言ったじゃないの」
ワゴン八台分の料理は、あっという間にテーブルを賑々しく飾る。ついでに俺の前には何本ものフォークとナイフが並んだ。
「どう? 一人で食べられるかしら? 肉球には慣れた?」
「さっき手鏡を持てたので、ナイフやフォークも問題ないと思う」
「問題があるならアタシが『はい、あ~ん』で食べさせてあげるわよ」
「いやっ! それは絵面が悪すぎだ!」
「何よ絵面って」
映えない魔王と執事ブサ猫の『はい、あ~ん』に需要があるとは思えない。
「俺、大丈夫なんで。やあ美味しそうなローストスリフだなあ。うん、シュガーフルーツのジュースにも合う!」
俺は肉汁たっぷりのローストスリフのあと、香ばしいベイクフィッシュのゼリー寄せを食い、爽やかなジュースをお代わりして食事を終えた。魔王は黒酒をちびちびやりながら摘まむ程度。たくさん残してしまって申し訳ないが、それこそ心尽くしのおもてなしを表現しているのであろう。俺が本当に執事だったら同じように動く。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「トン様にそう言っていただけるとは……! 料理人にも伝えてよろしいですか!?」
「ああ、もちろん」
俺が答えるとメイドから歓声が上がった。
「イヤぁね、妬けるわ~。トンちゃんあまり自分も他人も褒めないから!」
「そうなのか……」
「記憶を戻したトンちゃんにも伝えておくわね、どんな顔するかしら」
いやまぁ、ニチャァとした顔だけれども。即答しそうになったが、ちょっとしたプライドで何とか堪えた。俺の様子がおかしいとバレたのか、魔王は不思議そうな表情を浮かべている。
「トンちゃん? どうしたの?」
「……あっ、あのー! ええっと」
ブサ面へのプライドと戦っていたとは言えない俺。なんとか話を誤魔化す事にした。
「魔王、俺の記憶はいつ戻るんだ?」
「それについては何も言わない方が――」
「聞きたい」
魔王はうーんと考え込み、やがて口を開いた。
「トンちゃんの記憶、前回は何年掛かったかしら……嫌だわ~、アタシ寿命と老化が無いから年数の感覚が……」
さすが魔王。不老不死らしい。素直に驚くと魔王はクスッと笑った。
「不死じゃないのよ。死ぬは死ぬけど、ちょっとした決まりで生き返るの。トンちゃんはアタシの身体の一部だから、その決まりに付き合っただけ」
「決まりに付き合うと山小屋スタートなのか?」
「うーん、生き返る場所はランダムね。でもトンちゃんはアタシの使い魔だし、どこにいても感じるから迎えに行ったわけ」
なるほど、と俺は納得した。しかしもっと大きな謎に直面する。
「で、ちょっとした決まりとは?」
「アタシ、勇者に殺されるとあの世へ行くのよ。で、その勇者が何らかの事情で死ぬと、この世に復活する。トンちゃんも私と同じ運命を辿って、死んだり生き返ったり。そんな事も忘れちゃってるの?」
「ああ、全く知らない……という事は、魔王も最近復活したのか?」
「トンちゃんを迎えに行く数時間前ね。早く会いたかったわぁ」
よしよし、と魔王が俺の頭と咽喉を撫でる。気持ちいい。咽喉の奥からごろごろという音もして、自分は猫なんだなぁと実感した。
「眠そうね、寝室に行くわよ」
「ふぁい……」
空腹が満たされ、大体の謎も解け、よしよしされたら眠くなっても当然か。俺は魔王に案内され、寝室へ。
俺はその寝室で驚愕した。数々の美術品や調度品に包まれるように、黒い天蓋が付いた大きなベッドが存在している。五、六人は寝られそうだ。
「すごいな……使い魔の執事の寝室とは思えない」
「そりゃそうよ、アタシのベッドだもの」
「へっ? 俺が寝るって話じゃなくて? まさか俺と魔王が同じベッドを使うのか!?」
「使い魔なんだから当然でしょ? それにトンちゃんモフモフしてるから、抱き枕にちょうどいいのよ」
「抱き……っ!?」
正直なところ嫌すぎる。これがイケメン魔王とイケ猫獣人だったら許されそうだが、俺と魔王は全然違うのだ。
「……アタシも昼寝しようかしら。トンちゃんと一緒に」
魔王が恐ろしい事を言いだした。俺が戸惑っていると、腕を掴んでくる。
「さっさと寝るわよ」
「い、嫌だ!」
思わず出てしまった俺の言葉に、魔王が驚いでいる。
「トンちゃんに嫌われたみたいで傷つくわ~。一体どうしたの?」
「どうもこうも……! 俺はブサイクだし……!」
魔王は映えないし、というのは何とか飲み込んだ。
「トンちゃん! そんな事を思っていたの!?」
「そりゃ思うだろ!」
「おかしいわよ! トンちゃんはオンリーワン! 使い魔を生み出すとき、アタシが三日三晩かけてデザインしたのよ!」
ああー、最悪だ。この魔王、絵心がまるで無い。
「……魔王、お絵描き教室に通って、もう一回俺を作り直して欲しい。もっとイケてる猫に……」
「何よもう! トンちゃんは今が最高なの!! パーフェクトなの!!」
魔王がベッドの上で、俺をぎゅむっと抱く。スンスンと匂いまで嗅がれた。
「離せ!」
「お断わりよ~」
俺はじたばたしていたが、圧倒的なパワーで押さえつけられる。さすが魔王、その力を保ったまま、ぐーぐーいびきをかき始めた。その音量は、俺が耳を強く伏せないと耐えられないくらいだ。
(ああ……最悪だ……うわっ!)
魔王のよだれが俺のおでこを伝う。拭いたいが魔王にホールドされているから、そのままにするしかなかった。
(最悪に次ぐ最悪だな、こりゃあ……)
そう思った俺は、魔王を起こそうと試みる。
「魔王! 起きろ!」
「ぐおおおおーー!! ぐおおおーーー!!」
俺の声はいびきで届かなかった。暴れても無駄だし耐えるしか。そう諦めた時、たぶん俺も眠っていた。
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