第10話 わくわく冥界ランド1
やがて、目の前が光の洪水という風になってきた。眩しかったがしばらくすれば慣れる。これが待ちに待った『わくわく冥界ランド』だ。とても広く、幾つもの大型遊具があり、うっすらと歓声が聞こえる。
魔王は『わくわく冥界ランド』の外側に着地した。
「入場する前に着替えなさい」
「あっそうか、メイドにローブを持たされていたっけ……うーん、タキシードを脱ぐと結構かさばるな」
「手荷物預かり所が中にあるから、行きましょうね」
そんな事を話しながら、俺たちは入場口へ。そこは大変混みあっていて、最後尾は遥か彼方に存在していた。見回したところ、客は明らかな魔族と羽の生えた神族。あと、驚く事に人間がいた。ただし薄らと透けている。彼らは獣人すら見たことが無いのに、よくもまぁ遊びに来たものだ。
「どうやって人間が遊びに来るんだろう」
「人間は来られないわよ? 彼らが冥界で遊んでいる暇も無いし」
「遊べないなんて可哀想だな」
「その代わり、新しい人間に生まれ変わる手続きをしないと。そこも長蛇の列よ」
人間界は人間界で、独自の法則があるらしい。俺はなるほどと頷いてから、まだ残っている疑問をぶつけた。
「あの透けてる人間みたいな恰好の人たちは?」
「ウフ、冥族の人たちね。いつも暗闇に居るから、光に負けちゃうのよ」
「へぇー」
「今のトンちゃんには新鮮よね……でも遊園地の中はもっと楽しいわ! 行きましょ!」
魔王が混雑を尻目に入場ゲートへ向かう。なんだろうと思っていたら、少し隠れた場所にもう一つの入り口があった。そこには冥族の女性がいる。
「こんにちは、遊びに来たわよ」
「あっ! 魔王様、トン様、いらっしゃいませ!」
冥族の女性が、細く金色の紙に何かを書いている。その細い紙は、俺たちの手首を飾るのであった。
「……魔王、これは何だ?」
「王族パスよ。これで入場も遊具も、並ばなくてよくなるの……あ、そこのお嬢さん、手荷物の預かりも頼むわ」
「はい!」
冥族の女性が俺のタキシードが入った袋を持って行く。その一方で俺はモヤモヤしていた。
「……俺たちだけ特別扱いは良くない気がする。あんなに混んでたんだし普通に並ぼう」
「で、顔見知りにひざまづかれて大騒ぎになるのよ」
「なるほど……魔王は早く過ぎ去ってくれた方がいいんだな」
「寂しい言い方しないで頂戴!」
魔王が泣きそうな顔で王国金貨を5枚出した。それを冥族の女性に渡すと、深々と礼をされる。
「ありがとうございます!」
「いえいえ……外貨獲得、頑張ってね」
「はい!」
魔王の口振りからすると、この『わくわく冥界ランド』が冥界の主要産業なのかもしれない。魔王にそれを尋ねると、その他にも冥界通行税、地獄谷温泉などがあるらしかった。
「でも一番はココね! 別世界にはそうそう来られないから、みんなお金をバンバン使ってくれるわ!」
「楽しい対価に金を支払うんだから良いな」
「そういうこと! 私たちも行きましょう!」
魔王がフードを目深に被る。目立たない為だろう。俺の知名度は判らないが、一応真似をしてみた。そうして、思っていたより簡単に中へ入る。
「す、すごい……!」
俺は『わくわく冥界ランド』へ足を踏み入れるなり、思わず声を出していた。空からでも賑やかなのは伝わっていたが、やはり近くで見ると迫力が段違いだ。
「トンちゃ~ん、まずは回転木馬に乗りましょ」
「お、おう! 何でも乗る!」
「トンちゃんったら子供みたい! 可愛い!」
俺は魔王にナデナデされながら、回転木馬とやらへ向かう。着けば王族パスで待ち時間ゼロだ。俺は眺める間も無く、回転木馬に入った。中には手すりの付いた木馬や、馬車の座席などが用意されている。
「ま、魔王、俺はどうしたら」
「好きなものに座りなさいな。私は馬車にしようかしら」
「じゃ、じゃあ俺は木馬に」
俺はひょいっと木馬に乗る。そこでがらんがらんと大きな鐘が鳴った。
「回転木馬、開始でございますー!」
係の冥族人が鐘を鳴らした途端、静かな風を感じる。文字通り舞台が回転し、俺の木馬は上下動もしていたので、本物の馬に乗っている雰囲気が出ていた。回転木馬の隣には、優雅な音楽を演奏する冥族人たちもいる。ちょっとした夢心地だ。俺はずっと乗っていたかったが、何事にも終わりは訪れる。再び係の冥族人が鐘を鳴らすと、回転木馬は止まってしまった。俺は渋々という感じで舞台から降りる。
その途中、魔王が鐘係の冥族人に話しかけた。
「ちょっと回転木馬の営業をお休みしてくれるかしら? すぐ戻るわ」
「はい!」
冥人の返事を聞き、魔王は移動。回転木馬の脇にある、地下への扉を開けていた。もちろん俺も付いていく。
「魔王、どこへ行くんだ?」
「回転木馬でアルバイトしている魔族への慰問ね」
「アルバイト? 冥王城のドアを開けたオーガみたいに?」
「だって木馬を回すのには力が要るもの。冥人にはちょっとねぇ――ああ、見えてきた」
そこには魔獣の中でも巨人族のギガースたちがいた。各々が中心から横に生えた棒を持って押しており、これが回転木馬を支えているらしい。まさに縁の下の力持ちだ。
「アナタたち、今日も頑張ってるわね~! 偉いわ~!」
「あっ魔王様!」
「魔王様! トン様もいらっしゃる!」
ギガースたちが次々と膝をつく。魔王は一人一人の頭を撫でて回った。魔獣は気持ち良さそうだ。
「じゃあ続きを頑張ってね! 応援しているわ!」
「はい!」
「はい!」
魔王はたくさんの「はい!」に包まれてから地上へ戻った。そして鐘係に告げる。
「もう平気よ~」
「ありがとうございます!」
鐘係はそう言うと、本来の仕事に戻る。がらんがらんと音がして、回転木馬が動き出した。心なしか、俺が乗っていた時より速さが上がっている。
「ウフフ、みんなの元気が出たみたいね」
「……魔王はすごいんだな、尊敬されてて」
「トンちゃんも負けてないわ! アタシを癒してくれているのよ!」
「……そんな物だろうか?」
魔王は大きく頷いてから、この遊園地でも高さのせいで目立っている遊具を指さした。
「次はローラーコースターね!」
「ローラー……何だって?」
「コースターよ! すごく速いの」
「乗ってみよう」
「ええ!」
話がついたところで、魔王と俺はローラーコースターへ向かう。遠くからでも大きいなと思っていたが、近づくと迫力があった。こんなに大きい木造建築は初めてだ。その他、乗客はきゃあきゃあ悲鳴を上げていて、待つ客も入場時に負けないくらい混んでいる。
魔王と俺は王族パスですぐ乗り込んだ。ローラーコースターは六人乗りで、接待されたのか一番前の席に案内される。
「いいのか?」
「王族パスだから断るだけ無駄よ!」
「まぁ確かに……」
魔王と俺は、先頭に腰掛けた。後から待ちかねていた人々が乗り込んで、さぁ出発。すぐ速くなるのかと思ったら、非常にのろのろしている。
「魔王、これって何の時間だ?」
「天辺までウチの子たちが引き上げて、あとは落ちる力でコースの通りに走るの」
「落ちる……その時に速くなるんだな?」
「ええ! 楽しみにしてらっしゃい!」
やがてローラーコースターが、魔王曰くの天辺に着く。乗り物が傾いたと思ったら、俺は悲鳴を上げていた。落差が思ったよりも存在し、お腹がフワッとなったのだ。こんな経験は記憶に無い。
ローラーコースターはカタカタ言いながら、かなりの速さで上下する。下るたびに俺のお腹がフワッとした。一方、魔王はウフフという感じで微笑んでいる。
「まっ! 魔王は怖くないのか!?」
「怖くはないけど、楽しいわよ!」
「そ、そうか……うわあああ!!」
やがて、ローラーコースターが元の場所へ着く。その頃にはフワフワした感じも治っていて、俺はサッと乗り物から降りた。そうして、ローラーコースターの全景を見る。その様子に、魔王は心配したようだ。
「トンちゃんどうしたの?」
「……あの場所でフワッとしたのかなぁと眺めていた」
「フワッて何の話?」
「下り坂でお腹が……魔王には判らないか」
魔王は強いから、そんな感覚が無いかもしれない。そう思っていただけなのだが、魔王に背中を叩かれた。
「もう! トンちゃんったら! 私を仲間外れにして!」
「仕方ないだろう! 魔王は俺と違うんだから!」
「アタシ悲しい!」
その時、ローラーコースター乗り場がざわざわしてくる。待ち客の中には、膝をついて頭を下げている魔族もおり、魔王の存在が完全にバレてしまっていた。
「いけない、早く行くわよ!」
「おう!」
ちなみに魔王は、ローラーコースターで頑張っているヘカトンケイルも慰問した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます