第11話 わくわく冥界ランド2
そのあと俺たちは、ラミレスの滝という乗り物へ向かう。冥界で一番大きい滝の名を冠しているだけあって、近くに寄ると俺の猫背では見上げきれない。
「さ! 着いたわよ! 下りしかない乗り物に! これでアタシもフワッとするはず……!」
「……ん? さっきの件を根に持ってるのか?」
「違うわ! トンちゃんと楽しさを共有したいだけよ!」
魔王が俺の手を引いて、ずんずんと乗り物へ進む。そこには定員五名くらいの木製のゴンドラがあり、魔王は鼻息荒く乗り込んだ。
「さぁアタシもフワッとするわよ~!」
この下りしか無いという乗り物で、魔王が喜んでくれればいいのだが。そんな風に思っていたら、ゴンドラがギリギリと上がり始める。足が浮き、頼れるのは隣の魔王と背中にある高い建物だけだ。ゴンドラは建物に沿うよう、どんどん上がっていく。
「……魔王」
「何かしら?」
「既にローラーコースターの天辺より高いんだが……」
「ラミレスの滝だものね」
「……嫌な予感がする」
その予感は的中していた。有り得ないほどゴンドラは上がり、急に落とされたのだ。俺の腹がフワッどころかヒュッとする。しかもこのゴンドラ、まさか地面に叩きつけられるのでは――そう思うと何より怖かった。でもまぁ、遊園地だからそんな事も無く。地面スレスレでゴンドラが止まった。
「あー! 凄かったな、魔王!」
「……全然フワッとしなかったわ」
「そ、そうか、気にするなよ」
「魔王で損したわね」
「それほどの事じゃないだろ!」
「トンちゃんには解らないわよ……」
魔王は少し拗ねながらも、ラミレスの滝で勤める魔獣を褒めていた。その際、俺はふとした疑問をぶつけてみる。
「この遊園地は、ぜんぶ魔獣の力で動いているのか?」
「全部ではないけど、まぁ力仕事はそうね」
「なんで魔獣はアルバイトしてるんだ?」
「冥王ちゃんにお願いされちゃってね~。でもお給料は弾んでもらえるし、魔獣はムキムキに強くなるし、お互い良いんじゃないかしら」
冥王が『わくわく冥界ランド』を経営し、その一部が魔界にも流れる。だったら魔界で魔獣はどう暮らしているのだろうか。
「魔獣は他の魔獣と弱肉強食してるわね。だから彼らはアルバイトのお金で武器や防具を買うの」
「弱肉強食? 魔獣が減るだろ」
「魔獣は魔界の瘴気で自然発生するのよ。上手く出来てるでしょ? 魔獣には勇者のなり損ないをやっつけて貰ってるから感謝ね」
勇者は学校で育てているくせに、魔獣だけ野生の世界だ。まぁ魔の獣だから、そんな物かとも思う。うーん、と考えていた俺に、魔王が明るい声を掛けてきた。
「そんなに考えちゃうなら、魔獣がアルバイトしていない場所に行きましょうか? 冥王特製、本物の幽霊しか居ない、お化けの家!」
「本物の幽霊か……会ったことが無いから緊張するな」
「幽霊は知ってるけど、お化けの家に行くのはアタシも初めて! 行ってみてのお楽しみね~!」
俺は魔王に背を押され、遊園地の北側へ向かう事にした。かなり距離があるので、遊園地仕様の派手な馬車に乗り込む。馬車の窓からは、楽しそうな遊具がこれでもか、と見えるのだった。
「魔王はぜんぶ遊ぶのに三日かかると言ってたな」
「そうね、ギュッと時間を詰めてそれくらいよ」
「ゆっくり遊びに来るのもいいかもな」
「その時は近所の地獄谷温泉に泊まりましょ! 気持ちいい湯浴みができるわよ~」
早くも次回の計画を練っていたら、馬車が止まった。御者に礼を言い外に出ると、いきなり寒い。
「さむっ! ど、どうしたんだ?」
「多分ここにお化けの家があるからよ。待っているお客さんも寒そうね」
「もしかして幽霊は寒い所にしか居ないのか?」
「そうねぇ、暖かい所でも勿論いるけど、ここはそういうコンセプトなのかしら? さ、行きましょ」
「やだ、寒い」
俺は猫の獣人のせいか、寒さには滅法弱いらしい。
「そんなんじゃ人間界の冬を楽しめないわよ?」
「フユ?」
「寒くて、真っ白い雪が降って……私は静かで好き」
「……行きたくない」
「もう! しょうがないわね!」
魔王が俺と手を繋ぐ。その手のひらは、魔法を使っているらしくとても温かい。すぐに全身がぽかぽかしてきた。
「お化けの家には、このまま行くわよ!」
「ありがとう」
「いいのよ~、トンちゃんの為だもの」
魔王はウィンクのような事をしたかったのだろうが、残念ながら両目が閉じている。地味顔が強調されて悲しくなった。
そうして、やっと入れたお化けの家。ここは木ではなく石造り。所々がじっとりと濡れている。それだけでも冷えた雰囲気が伝わってきた。
中は松明で照らした通路になっているので、魔王と俺はとことこ進む。すると通路の一角に麻袋が積んであった。袋からは血液のようなものが滲んでいて、恐怖をそそる。他の客もそう思ったのか、麻袋の前に立っていた。
「トンちゃん、あれ全部、冥界人の幽霊よ! ホンモノ!」
「へっ!?」
「……どうする? 触ってみる?」
「嫌だ!」
「アタシは平気よ。ホラホラ」
魔王が幽霊に向かって手を差し出す。すると魔王の手が幽霊をすり抜け、麻袋まで到着してしまった。
「ね、ホンモノでしょ?」
「幽霊か……思ったより普通の恰好をしているんだな……客と区別がつかない」
「あ、トンちゃんあっちの奥にもいるわよ! 今度は立ってるだけじゃなさそうだけど……」
「な、何なんだ?」
「行けば判るわ!」
魔王がずんずん進むので、魔王の温かい手のひらの恩恵を受けている俺も、自動的に移動する。一体どんな幽霊が出てくるのだろうか――。
「ギャアアアアアア!!」
「ヒエエエエエ!!」
いきなり幽霊が大声を上げ、天井から降って来たので、情けない叫び声を出してしまった。魔王はククッと笑っている。
「天井で待機してるのが見えていたのに、びっくりし過ぎよ!」
「確かに驚いたが、これは幽霊と関係無いぞ! 例えば城の天井から誰かが落ちてきてもびっくりする!」
「……アラ、それもそうね」
俺たちがこんな話をしているので、気まずくなったお化けが謝りながら所定の位置に戻った。俺たちも、そそくさと場を後にする。
「……悪い事をした」
「そうねぇ、自信喪失しないといいけど……」
心配している魔王に手を引かれ、俺は通路を歩いていく。
しばらくすると、通路の隅で可愛らしい少女が顔を隠すように泣いていた。金の巻髪に、肩と膝が隠れたふんわりしたドレス。えーん、えーんという泣き声が幼く、何だか可哀想だ。
「……本当の迷子か、幽霊の演技なのか判らんな」
「幽霊よ!」
「演技派だ……」
俺がそう言ったところで、少女が指の隙間からチラチラこちらを見てくる。先ほどの落ちてくる幽霊には悪い事をしたし、このノリに付き合わなくては。俺は義務感で少女へ声を掛ける。
「お嬢さん、どうしたんだい?」
「パパとママが居なくなっちゃったの!」
「じゃあ俺――おじさんが探してあげよう」
「見つからないわ、だってパパとママはもう死んでるんですもの!」
少女が隠していた顔をバーン! と見せてきた。器用に顔だけ腐り、一部に白骨が見えている。腕と脚は綺麗だから、たぶん特殊メイクなんだろうなと思いつつ、俺は驚いたフリをした。その反応がお気に召したらしい、少女はケタケタ笑い消えていく。
「……魔王、言っていいか」
「アラ、何かしら?」
「お化けの家はダメだ。幽霊という存在を活かしきれていない」
「そうねぇ、もう出口だしボリュームも足りないわ」
「いや……助かった。もう接待しなくて済む」
魔王と俺は明るい出口へ進む。その途中にも冥界人もしくは幽霊がいたけれど、無視して歩いた。その途中、俺の肩が魔王によってバシッと叩かれる。
「何だいきなり」
「トンちゃん憑かれてたわよ。潰したけど」
「そんな虫か何かみたいな……」
「お客さんに憑いちゃうなんて、酷いわぁ。これも冥王ちゃんに言っておくわね」
「そうしてくれ……」
散々な目に遭ったお化けの家を出て、離れるごとに寒さが和らいできた。その代わり人混みが酷くなる。
「この辺りは食堂街ね。何か食べましょうよ」
「そういえば腹が減ったな」
「とっくにお昼を過ぎてるもの……あ、あそこの食堂がいいわ。以前に来たとき美味しかった!」
魔王と俺は、うきうきと食堂へ急いだ。
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