第12話 わくわく冥界ランド3

 やはりというか何というか。

 魔王と俺は食堂で、眺めのいい貴賓室みたいな場所に通された。品の良い調度品、金の縁取りがあるテーブルにズラッと並んだフォークとナイフ、酒用のグラス。椅子も座りやすい。その他、ふかふかの絨毯は踏み心地がとても良かった。

 やがて、俺の制服みたいな恰好をした冥界人が現れる。その手には革張りのメニューがあった。差し出されたそれを魔王は一応受け取ったが、開きもせずに言う。

「本日のおススメをコースで二人前、飲み物も頂戴」

「かしこまりました」

 頭を下げ、魔王からメニューを受け取ろうとする冥界人。俺はその行動に待ったをかけ、メニューを見せて貰った。

「どうしたの? トンちゃん」

「冥界料理に興味があって」

「料理の名前しか書いてないから、あまり面白くないわよ」

 確かに魔王の言う通り、メニューの中には文字だけだ。

(ふむ……ヤマノサチのクルミ和え、シモフリオーロックスのステーキ~コウミ野菜を添えて~……さっぱり解らん)

 納得したところでメニューを冥界人に返す。冥界人は一礼し、去っていった。

「……食べ慣れているものなら覚えてるんだが、冥界は特に何というか……想像もつかん」

「いいこと教えてあげる! 冥界には過去と現在、未来の死者が来ているのよ。ここは未来の人間が経営してるお店!」

「へぇー!」

「人間は生まれ変わるけど、たまあに冥界から『ウチで働きませんか!』なんて誘われる事があるの。まぁそうよね、生まれ変わったら記憶が失われて、ただの小さな赤ちゃんだもの。可愛いけどほぎゃほぎゃ泣いてるだけだし、生前のスキルが勿体ないわ」

「人間は生まれ変わると赤ちゃんになるんだな。でも人間界には大きくて泣かない赤ちゃんもいたが……」

「ウフフ、それはたぶん大人よ。赤ちゃんが育つと子供になり、大人になり、老人になってまた冥界に来るの」

 なるほど、人間の一生みたいなものは解った。では、俺たち魔獣の場合どうなるんだろうか。俺は魔王に問うてみた。

「魔獣は自然発生して弱肉強食してるとは聞いたが……冥界で死んでる魔獣は見たことが無いぞ」

「魔獣は冥界を通さず土に還るのよ。で、しばらくしたら瘴気でまた発生する、と。トンちゃんやアタシは別枠だけどね」

「なるほどなぁ」

 じゃあ神界は、と聞こうとしたら、先ほどとは違う冥界人が入室してくる。俺たちが使っているようなワゴンと一緒だ。

 ワゴンには数種の酒瓶が載せてあった。冥界人は魔王に酒の味見をしろと言う。

「今日のお料理に合えば何でもいいわよ」

「では赤はこちら、白はこちらで」

「よろしくね~。好きに飲むから瓶が空いたらすぐに次の一本を持ってきて欲しいわ」

「かしこまりました」

 冥界人がそう言いながら、器用に酒の栓を抜いていく。そして、魔王のグラスに少しだけ注いだ。次いで俺のグラスにも。こちらも同じような量だ。残りが入った酒瓶はテーブルの上へ。

「では、少々お待ちくださいませ」

 酒を注いだ冥界人が去っていく。その途端、魔王がグラスの中を一気飲みした。

「ここ美味しいんだけど堅苦しいのよね~」

 魔王が自分と俺のグラスに酒をどんどん注いでいく。赤も白もだ。赤はまるで血の色みたいで、白は少し黄色みがかっていた。ちょっと飲んでみたら赤は少し渋くて、白はすっきりという感じ。俺は白が気に入った。

 グラスの半分くらいを飲んだところで、やっと料理がくる。梨の猪ハム巻きというものだが、皿に鎮座するのは三切れのみ。少ないなぁと思いながら食べたら、梨という果物の香りが鮮烈でびっくりした。猪ハムの燻したような塩辛さと合っている。

「うまいな、魔王」

「そうねぇ」

 その三切れをゆっくり食べた頃、温かそうなスープが運ばれてきた。緑豆のポタージュと名付けられたそれは、とても美味しく、スプーンで掬ったらすぐに無くなり、うっかり皿を舐めそうになった。猫の獣人なので許して欲しい。本当にちまちました量なのだ。

 でもその後、白魚のポワレだの、レモネソルベだの、オーロックスフィレステーキだの、オレンジチーズケーキだのが出て来て腹いっぱいになる。ついでに言えば、次の一皿まで時間が空いた時に飲み過ぎたし、青豆のポタージュは二皿お代わりもした。でもまぁ、この場所でしか食べられない味なのだ。後悔は無い。


 と、思っていたのだが。

「ハァハァ、苦しい……」

「トンちゃん大丈夫!?」

「……も、もう動けない」

 俺は食堂の外にあるベンチに腰掛け、弱音ばかりを言っていた。食べ過ぎ、飲み過ぎで腹が苦しくなったのだ。

「しょうがないわねぇ……アタシの背中に乗せるから、お手洗いに行きましょ。そこでオエッとしなさいな」

「飛んだら目立つだろ!」

「じゃあどうしたらいいのよ~!!」

「ちょっと待てば治まる……! 退屈だし魔王はどこかで遊んでろ」

「そんなわけないでしょ!」

 かくして魔王と俺はベンチに座り、食後の時間を過ごしていた。

 そこに、荷物を背負った冥界人の男性から声が掛かる。

「そこのお二人、お時間がありましたら肖像画はいかがですか? 背景にお気に入りの遊具もお入れしますよ!」

「肖像画ね……どうせ動けないしお願いしようかしら?」

「ぜ、絶対に……ハァ……嫌だ!」

 何が悲しくて、遊園地で自分の不細工を描かれなければならぬのか。でも満腹で全然動けないため、話が進んでいった。

「背景はローラーコースターがいいかしら。トンちゃん楽しそうだったし」

「……トンちゃん……トン様!? お、王族パス!」

 気づいていなかったらしい画家が、失礼しましたと頭を下げる。

「いいのよ~、それより描いて頂戴、トンちゃんが動けないうちに」

「かしこまりました……この余りある光栄、ぜひ筆に乗せたいと存じます」

「ウフフ、出来上がりが楽しみね」

 魔王はそんな事を言っているが、俺はそれどころじゃなかった。苦しくて動けない上に、自分の不細工を描かれるという地獄。

 そこで俺はハッとする。接待される可能性に気づいたのだ。もしかしたらイケメンとイケ猫に変身させられるかもしれない。その場合、魔王は「似ていない」と不機嫌になるのではなかろうか。特に俺の顔は魔王の力作なので、その危険性が高かった。

 俺はチョイチョイと画家を呼び、耳打ちする。

「見えたまま、そのままを描け」

「……そう申しますと……絵が……」

「いいから!」

「ちょっと! なに内緒話してるのよ!!」

 魔王が話に入ろうとしてきたので、俺は眼力で画家に訴える。画家は不満そうだったが、すぐに紙を専用と思われる台に固定し、筆を走らせ始めた。こちらからどんな絵を描いているのか見えないが、絶対に俺の願いを聞き入れて欲しかった。

「画家の冥王人、わかってるな?」

「はい! それはもう!」

 念押ししたので、俺は安心して出来上がりを待つ。


 しばらく経つと、腹の痛みがマシになってきた。肖像画が描かれたのも同じ頃で、画家は台に乗せたままの絵を見せてくる。

「出来上がりでございます」

 念押しして描かれた肖像画は、俺が望んだとおりの内容だった。ローラーコースターを背景に、見たままの俺と魔王である。

「アラッ! よく描けてるわね! うちの画家より上手いわ!」

 手心が無い分、魔王はリアリティを感じたらしかった。なので王国金貨を出したが固辞され、仕方なさそうに定価である銅貨を渡す。画家はそれを受け取ると、絵をくるくる纏めて硬い筒に入れた。その筒は俺の手に。確かに魔王に渡すのは恐れ多いだろう。

 そこで気づいたのだが、周囲は俺たちを知る人々で埋め尽くされていた。みんなが膝をつき敬意を表している。

「いやあねアナタたち! 今日はお忍びよ!」

「すまない、ちょっと通してくれ」

 移動には画家も困っていた。でも、俺たちがベンチから立ち上がると、主に魔族がベンチの争奪戦を始め――去るどころでは無くなってしまう。

「俺もここに座って絵を描いて貰う!」

「いや、俺が先だ!」

「皆さん、順番にお願いしますー!」

 すごい客の量だ。たぶん画家は潤うだろう。俺たちは微笑みながら。こっそりその場から移動した。

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