第4話 死にたい理由

 若いメイドは頑張ったけれど、多分完璧ではないだろう。化粧までしていたので本格的だったが――何せ素材がアレなので悲しい。正直、地味な顔ほど文字通り化けるかとも思ったが、そんな事もなく。相変わらず映えないのて、俺はニチャァと笑ってしまった。

 さて、そのあいだ俺はと言うと、魔王のローブを着せられて困惑していた。

「なんで俺までローブ?」

「人間界に獣人はいないのよ。騒がせない為ね」

「そんなの、俺を魔法でちゃちゃっと人間っぽく変身させたらどうなんだ?」

「イヤよ、以前にソレやったら怒られたもの。外見が酷すぎますとか言って」

 そういえば魔王には絵心が皆無である。そんな魔王に外見を任せたら、大惨事になる事が目に見えた。

 そこで、ふと思いつく。俺がイケメンの顔を描いて、この通りにしてくれと頼めばいいのではないか、と。少なくとも俺は達筆だし、絵の方も上手い可能性が存在する。幸いここは俺の事務室だ。机から白紙を探し、羽ペンにインクを吸わせ、いざ挑戦――結果、惨敗。これでは魔王の画力以下だ。

「なにやってるのトンちゃん? お絵描き?」

 魔王が口を出してきた。紙を隠したがもう遅い。

「アラ! トンちゃん上手ね~、偉いわ~、よしよし」

 俺の頭がぐりぐり撫でられる。まるで子ども扱い。不愉快だったから抗議する。

「俺を子ども扱いするな!」

「やだわ、赤ちゃんの頃から見てるせいで、つい……ごめんなさい、気を悪くしないでね~」

 にこっと魔王が笑う。俺は毒気を抜かれた。これでは怒り続けられないし、不機嫌にもなれない。

 複雑な思いを浮かべていた俺に、魔王は背中を向けた。

「じゃあ人間界に行くわよ、背中に乗って頂戴」

「……おう」

「しゅっぱ~つ!」

 魔王はふわっと浮いたと思ったら、すぐ豪速になる。だから程なくして青空が見えてきた。紫の空とはしばらくお別れ。少し寂しく思うのは、俺の本拠地が魔王の城だからだろう。まだ少ししか居ないのに、すっかり馴染んでいた。


 やがて。

 地面にぽつりぽつりと俺が目覚めた山小屋のような物が見え始め、それが集落を作り町になる。いや、今は街という雰囲気か。魔王が速度を緩めたのでよく観察できた。馬車が盛んに行き来して、市場には人間が溢れ、その辺の路地が遊び場になっていたりする。

 魔王は街のとある建物の二階に着地した。戸が開けっ放しなので、直接部屋の中へ。部屋には向かい合わせの三人掛けソファと低いテーブルがある、応接室みたいな雰囲気だ。いささか風に当たり過ぎた俺は、床に立つ事でほっとする。

「なぁ魔王、ここはどこだ?」

「アタシが作った学校よ。勇者の養成所みたいな物かしら」

「へっ!? 魔王が勇者を育ててるのか?」

「まぁね」

 何てこった、全く理由が判らない。俺が魔王に問おうとすると、魔王はとことこ移動して、何かを眺めていた。

「おい、魔王、何を見てるんだ」

「いま中庭で戦闘訓練をしてるみたい、はぁ、眼福だわ~」

 セイ、とかヤァ、などと聞こえてくるから、俺も興味を持って見学した。そこで判明したのだが、この学校にはイケメンしかいない。様々なタイプがあれど、先生も生徒もイケメンだらけだった。

 魔王はしばらく中庭を見つめていたが、戦闘訓練が終わってイケメンが消えたらソファに座り――テーブルにあるベルを、ちりりんと鳴らす。そうすると西側にある戸が開き、これまた上品そうな白い長髪のイケオジが現れた。年の頃は六十代くらいだろうか。イケオジは紙の束を抱えている。

「魔王様、トン様、お待ちしておりました」

「待たせてごめんなさいね校長先生。目の保養をし過ぎたわ。じゃあさっそく始めましょうか!」

「始めるって何をだ?」

「今日はココの入学試験なのよ。で、最終面接官がアタシというわけ」 

「……だからさ、なんで勇者を育てるんだよ」

「それは後で! もう勇者候補の子がそこまで来てる」

 魔王が自分の隣を指さしながら言うので、俺もソファに座った。記憶を戻した俺なら、魔王の後ろで立っているに違いないが、時間的に切羽詰まっているようなので指示に従う。すると、俺の隣に校長も座った。ソファテーブルには紙の束。目立つので覗き込むと、名前や年齢、テストの点数らしきもの、性格、来歴などについてのデータが記載してあった。

 やがて、コンコンとノックの音が響く。

「どうぞ」

 返事をしたのは校長だ。それが聞こえたのか、すぐに輝かしいイケメンが入室してきた。金髪碧眼に白い肌。背は俺よりうんと高くて、とても引き締まった身体をしているのが服の上からでも判る。

「ライン=ローエングです! よろしくお願いします!」

「どうぞ腰掛けて頂戴」

「はい!」

 ラインがスッとソファに座る。その仕草も座った姿も美しい。

「ライン君、成績は申し分ないのよね。幼い頃から剣術学校へ通っていたのもポイント高いわ。大会では優勝、と――」

 魔王は校長が用意した紙を見ながら、うんうんと頷く。だが、途中で難しそうな表情を浮かべた。

「志望の動機が、魔王軍に村を水没させられた為、ってあるけど――これ、ただの洪水だったらどうなるの?」

「それはっ……あんな規模の洪水、魔王軍の仕業としか」

「もういいわよ、お疲れ様」

「……はい、ありがとうございました」

 ラインは項垂れ去っていく。ドアが閉じたところで魔王が口を開いた。

「アタシには軍なんか無いし、村を水没させる趣味も無いわ!」

「俺もそう思う。でも、誤解させたままでもいいじゃないか。イケメンだったし」

「そうもいかないのよ……さっきの子は不合格ね」

 こんな事を話している間に、次の生徒候補が入ってくる。今度は黒髪に茶色い瞳。イケメン。体格も成績もラインと同じくらい。ただ、志望の動機が違った。

「今のところ魔王は静かだが、いつ牙を剥くか知れません。僕は負の可能性を潰したい。この学校で学び、必ず魔王の胸を貫きます」

「そう……退室していいわよ」

「はい!」

 黒髪イケメンは颯爽と去って行った。ぱたんと戸が閉じると、魔王が思わずという風に叫ぶ。

「ご、ご、合格~~!!」

「へっ!? 魔王が何もしてないのに……それを解ってて殺すと言って――」

「それよ。アタシが何もしていないと知ったら、例えば金髪のライン君はアタシを討つ理由を失くしてしまうわ。でも今の子は違う! 全て知った上でアタシを殺しに来るのよ!」

 魔王は大興奮で仕舞いには立ち上がった。拳まで振っている。

「ま、魔王、落ち着いてくれ」 

「アアーッ! 早く学校を卒業して立派な勇者になり、アタシの胸を千年物のエクスカリバーで突き刺してくれないかしら!? そしてアタシには美しい死が舞い降り、あの世へ向かうんだわ……」

 そういえば魔王は不老不死であり、自分を殺した勇者が死んだら蘇ると言っていた。でも死にたいと思っているとは初耳だ。

「魔王は死にたいのか?」

「ただ単に死ぬだけじゃダメよ! あの世では、アタシの死に様が美しいほど優遇されるの! ありとあらゆる者がイケメンで、しかもアタシを慕ってくれるとかね! そして隣にはトンちゃん! 最高!」

「死に様が美しいって……そんなの誰が決めるんだ? 魔王か?」

「あの世に死に様評議会ってのがあって、技能点と芸術点で評価されるのよ」 

 俺はそれを聞き、大爆笑してしまった。

「ヒーッ! 技能点と芸術点!」

「ちょっとトンちゃん! そんなに笑わなくてもいいじゃない! アタシだってイケメンにモテる瞬間を楽しみたいのよ!」

「あ、あの、魔王様、トン様……」

 ぎゃーぎゃー騒いでいた俺たちの傍で、校長が困っている。そういえばここは面接会場。しかも二人しか終わっていない。

 でもまぁ、魔王の真意を知った俺は、その後の面接を楽しむ事ができた。この子はいいな、これはダメだな等。魔王と意見が合うとけっこう嬉しかった。

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