第7話 神界からの来客
翌朝はメイドに起こされた。まだ時間がだいぶ早い。
「うう……もうちょっと寝る……眠い……」
「なに言ってるのトンちゃん、今日は朝から来客よ」
「あ……あーあー、神界からの!」
「そうそう」
目が覚めたところで、朝の支度用ワゴンが用意される。俺はちょいちょいと洗顔し、魔王にブラッシングされてから、制服であるタキシードに身を包んだ。今日は他の世界からの来客だし、魔王の後ろでじろじろ見なければ。
気合を入れた俺に、魔王が話しかけてきた。
「トンちゃん、コーディネイトの記憶戻った?」
「いや、さっぱり……。一番おしゃれなメイドに頼んだらどうだ?」
「みんな同じ格好をしてるから、誰がおしゃれか判らないわよ……」
「それもそうか」
結局、魔王は朝の支度を持ってきたメイドにコーディネイトを頼んでいた。内容はまぁまぁだったけれど、シルバーのブローチを着けたらもうちょっとマシになりそうだ。それを魔王に伝えると、めちゃくちゃ喜ぶ。
「アタシもメイドも、もう少しアクセントが欲しいなと思っていたの! ありがと!」
いやまぁ、魔王は中肉中背の地味顔、何をしても映えない部類なのだけれど。しかも年齢不詳の生粋オネェでは背負っている業が深すぎる。
(だからこそ魔王なのかなぁ。これでイケメンだったら映えて、城が撮影スポットになるし)
俺はそんな事を思ったが、よくよく考えれば、魔獣という魔獣を退け城まで来られるような人間は、勇者くらいのものだ。その勇者が「映え~」とか言って魔王と写真を撮っていたら、俺は爆笑しすぎて腹を痛めてしまうだろう。いや、想像しただけで面白い。
俺がくつくつ笑っていると、窓の外から馬車の音が聞こえてきた。紫の空の下でも、眩しく光る馬車。羽の生えた白馬に引かれて飛んでいる。これが天界からの客人に違いない。
「アラアラもう来ちゃった! トンちゃん行くわよー! 大広間でお迎えしなきゃ!」
「解った」
魔王と俺は、大広間へ急ぐ。
大広間では、メイドたちがずらっと整列していた。客を迎えるわけだから、扉の両端の位置に。一番奥に魔王と俺。なんだか緊張してきた。
やがて、扉が開くか開かないかの状態で、複数のメイドの声が響く。
「神王さま、いらっしゃいませ!」
しんおう、と聞いて俺はびっくりした。名前からして神の国の王様だ。そんな要人がこの城に――と思ったが、魔王も王様だし、人間界へぷらぷら出掛けたりもしているので考え直す。
そんな事を思っているうちに、扉が全て開く。現れたのは筋骨隆々たる男性で、波打つような黄金色の長髪と立派な髭を持っている。広げたら大きいだろう白い翼も。ただ、イケメンかと問われれば微妙か。でもまぁうちの魔王よりはマシだ。
(これが神王か……よくよく見れば顔も身体も光ってる……すごいな)
と、思っていたのだが。光は神王の上をうろちょろ飛んでいる天使とかいう存在が、灯りを照らしているだけだった。
その神王が大広間に入ってくる。後ろに四人の従者が見えた。こちらも羽を持っていて、あろう事か四人ともイケメンであった。俺はどうしても比べてしまう。魔王のお絵描きセンスの無さで、酷い容姿である自分と。
俺がうじうじしている内に、神王は魔王の傍まで来ていた。先に口を開いたのは魔王。
「キャーッ! 神王ちゃん元気してた? 久しぶりねぇ!」
「魔王ちゃんが復活したって聞いたから慌てて来たのよぉ! んもう! 直接連絡入れてよ~!」
「近いうちに出向いて、ビックリさせようかなって!」
「ヤダわ! 意地悪ね~!」
神王と魔王はキャピキャピと喋っている。しかしこのノリ、二人は双子なのかと思うほどだ。もしかしなくても神王はオネェである。
(俺はこの二人の会話を、後ろから聞いていなくてはならないのか……いや、執事たるもの……)
オネェ談義を想像し、げっそりしていた俺の方に、神王の腕が伸びてきた。
「トンちゃん! トンちゃんもお久しぶりねぇ!」
「ハ、ハイッ!」
考え事をしている最中、急に頭を撫でられたので声がひっくり返ってしまった。
「相変わらずブサ可愛いわ~! ねぇ魔王ちゃん、この子ワタシに頂戴よ」
「アタシの使い魔に何言ってんの! 自分で創ればいいじゃない!」
「ブサかわ創るの苦手なのよ……トンちゃんこっちに来なちゃい、お手々繋ごうねぇ~」
ぐいっと神王が俺の右手を握った。思わず魔王を見たら、きいっと悔しそうな表情を浮かべていて――でも相手はお客様だし、そのまま手を繋ぎ続ける。けれど仕舞いには、用意してあった客間でお膝に乗せられる始末。
「トンちゃ~ん、モフモフで最高でちゅよ~」
「……魔王、俺はどうしたら」
「ちょっと! いい加減にトンちゃん返しなさいよ!」
「嫌で~ちゅ! 代わりにウチの従者四人まとめて進呈するわよ、イケメンでしょ?」
「ったく……今日だけよ!?」
魔王がそう言うと、神国の従者が魔王の傍へ移動した。魔王は最初こそ照れていたが、だんだん慣れて来たようだ。イケメンにお茶を淹れさせたり、肩を揉ませたりしている。
「まるであの世に行った時みたいだわぁ~」
魔王はたいへん寛いでいるが、俺は頭を高速ナデナデされ大変なのであった。
「トーンちゃん、今日は静かでちゅね~」
「……何を喋ったらいいのか分からない……です」
「もしかして記憶が戻ってないのかにゃ?」
「はい」
「やっぱり! 普段だったら、膝に乗るなんて考えられないでちゅよね~」
神王はニコニコしながらそんな事を言う。ついでに、どこからか大きな布袋を出した。それがテーブルに置かれた途端、ガシャンという派手な金属音がする。
魔王はそれに気づいたようだ。神王の方へ顔を向ける。
「アラ、いつもありがとね!」
「こちらこそよ~!」
俺には話が見えなくて、ちんぷんかんぷんだ。相変わらず神王の膝にいると、その神王が囃し立てた。
「ほらトンちゃんの出番よ! 袋の中身を数えて、ワタシに領収証を渡さないと!」
そう言われたので袋を開く。中では王国金貨が唸っていた。
「多い……ですね。きちんと数えないといけないみたいなので、失礼します」
「えー! お膝で数えて!」
神王は俺を放さない。仕方ないからテーブルの上で数える事にした。一枚ずつ数えていたら日が暮れそうなので、握るのに丁度いい十枚単位だ。
「十、二十、三十、四十――」
「七十、十、百、三十」
「五十、六十、七十、八十――」
「二十、四十、百二十、五十」
「神王様うるさいです! 変な合いの手入れないで下さいよ!」
「間違ったら可愛いと思って……でもさすがトンちゃんね、きちんと数えられて偉いわ~」
神王は静かになったが、また高速ナデナデが始まったので参った。それでも数えた三千二百枚。『りんごのパイ』屋の反応からしたら、かなりの大金だ。
「領収証を用意してきます!」
俺はぴょこんと神王の膝から下り、ぜーはーしながら事務室へ行く。神王は可愛がってくれるけれど、慣れない敬語が必要だし、何より身体的拘束が辛い。領収証を持って行くのも、またナデナデされそうで気が引ける。
(でもまぁ、執事の仕事らしいしな)
俺は事務室へ着くと椅子に腰掛け、テーブル周りのそれらしい引き出しをチェックする。領収証用の紙が用意してあると思ったのだ。だが、とある引き出しに領収証の書き損じがあったので、全部手書きかと納得した。
(すごい達筆だもんなぁ。なんでも手書きで済ませてる可能性が大だ)
俺は書き損じを参考にして、羽ペンを走らせる。すぐに立派な領収証が完成した。俺はそれを持ち、来客用の部屋へ戻る。そこでは魔王と神王が会話していた。
「今回の王国金貨、かなり多いわね。何に使おうかしら?」
「魔王ちゃんはいつも通り、人間界にそこそこ投資してくれたらいいのよ。で、自然発生する魔族を、教会に寄付金を出した街から遠ざける、と」
「人間は魔族が来ないのを神王ちゃんのお陰だと思ってるのよね~、どうしてかしら?」
「まぁ誤解させておけばいいじゃないの。その分、神のご加護が~とか言って、教会へのお布施が増えるわ」
「まぁそうね、アタシにも分け前あるし、投資でも儲けられるし、人間界は発展するしで言うこと無いかしら。魔族の管理が少し大変だけれどね」
何だか嫌な金の流れを聞いてしまった気がする。俺はコホンと咳払いして、聞かなかったふり。
「神王様、領収書でございます」
「アラマァ! トンちゃんありがとう! 確かに頂きました!」
神王が領収証を確認すると――魔王の相手をしていた従者が、一斉に神王の元へ戻る。魔王はちょっとだけ残念そうだ。
「神王ちゃん、もう帰るの?」
「あの世から呼ばれてるのよ。接待用の可愛い子やイケメンをたくさん創って来なきゃ」
「アラヤダ! それは大変ね……馬車まで送るわ」
「ありがと!」
魔王が神王の前を歩く。俺は神王の従者の後を付いて行った。
やがて、出入り口でもある大広間に着く。扉は全開になっていて、すぐ光る馬車が見えた。神王と従者はそれに乗り込んだが、神王は馬車から乗り出し手を振っている。
「魔王ちゃーん! 今度は遊びに来てねー!」
「解ったわー! 必ず行くー!」
「イケメン用意しておくから、トンちゃん連れて来てね~!!」
やがて馬車が出発する。白馬がばさりと羽を広げた途端、馬車はふわりと浮かんだ。
「またねえええ トンちゃあああん!!」
叫んでいる神王に、俺は手を振る。ついでに言えば、馬車が見えなくなるまで手を振りっぱなしだったから疲れた。
俺と魔王は馬車が消えた、紫の空を見つめる。ホッと一息だ。
「トンちゃん、いつも大変ね……ご苦労様」
「本当に大変だった。何なんだ神王って」
「まぁ不機嫌にならないで頂戴。あの子のお陰で住んでる世界が違っても言葉が通じるし、お金の単位や価値、度量衡なんかも統一されてるのよ」
「すっ、すげえ! 俺、失礼じゃなかったか?」
「大丈夫よ、あんなに喜んでいたじゃないの」
魔王はくすくすと笑う。俺もつられて笑ってしまった。
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