第22話 神界へ
翌日。
朝食を摂った魔王と俺は、神界へ行く支度を始めた。魔王は黒いレースの帽子をいたく気に入っておりご機嫌だ。
「早く神王ちゃんに見せたいわ~」
相変わらず映えない魔王だが、神王はきっと褒めてくれるだろう。そんな予感がする。
一方の俺は、制服である黒のタキシードを着て行こうと思っていたら、魔王に簡単な服装にするようアドバイスされた。
「神界は眩しいから、トンちゃんも帽子を被った方がいいわ。確か猫獣人用のサンバイザーを持っていたはずよ」
「そんな話は昨夜のうちに頼む……探さなくては」
「で、サンバイザーにタキシードは面白すぎるから、簡単な服装でいいわよ~ってこと!」
「心得た」
俺は魔王に返事をしてから事務室へ向かった。俺のサンバイザーはここにあるはずだ。
(サンバイザー……サンバイザー……と)
俺は自分用のチェストを片っ端から開けていく。すると確かに帽子のコーナーがあった。黒い山高帽が主だが、中に一つだけ素朴な色合いの物が存在する。麦わら素材のサンバイザーだ。被ってみると、陽射しを避けるだけで頭のてっぺんは露出されたままだった。これにどんなファッションが似合うというのだ。黒の山高帽とタキシードが良いように思える。
そう魔王へ言いに行くと「ヤダわー」という返答があった。
「トンちゃんは神王ちゃんのお膝で頭をナデナデされるでしょ? その時に山高帽なんか被っていたら、すぐに脱がされちゃうわよ! で、結局は眩しい」
「そういう事か! ……はぁ、納得したが、ナデナデは憂鬱だな……」
俺は肩を落としつつ、もう一回事務室へ戻った。ファッションに関しては、いつものローブとサンバイザーが大げんかするので参ってしまう。でも、サンバイザー置き場に俺へのメモ書きを見つけ、全て解決した。記憶のあるトンから俺へのメッセージだ。内容は『半袖フード無しの短いローブと、ハーフパンツ、運動靴でよろしい』。それには衣類や靴がどこに仕舞ってあるかも記入してあり、俺は大変楽ちんな思いをした。なので、メモ書きにお礼を記す。自分から自分へのお礼は妙な気もするが、まぁ別人みたいなものだし良いだろう。
俺が支度を終え魔王を探しに行くと、ちょうど紅茶を飲んでいる所だった。この強い香りはアシャーリーだ。
「魔王、待たせた」
「アラ! トンちゃんお疲れ様! じゃあ神界に向かいましょうか」
そう言いつつも魔王は優雅に紅茶を飲んでいる。確かに紅茶を飲み残して出掛けるほど急いではいない。ただ俺はヒマなので、執事のトンの真似をした。魔王の後ろに控えたのだ。すると魔王は笑い出した。
「タキシードのトンちゃんなら慣れてるけど、今の恰好のトンちゃんだと面白いわね~」
「俺も露出が多くて落ち着かない……でも、執事のトンがコレで良しと……」
「アタシもベストだと思うわぁ」
その辺で魔王が紅茶を飲み終わった。そのまま立ち上がったので、俺はメイドからお土産用の茶葉を受け取る。
魔王と俺は手隙のメイドたちに見送られ、紫色の空に上がった。神界までは三時間ほど掛かるらしい。しばらくは眼下に建物があったけれど、すぐ山と川だけになる。
退屈に感じる時もあるが、俺は大自然を体感するという機会が好きだ。特に空の色の移り変わりが素晴らしい。人間界は青空で、紫から抜けるような青へのグラデーションが美しかった。神界の空は何色なのだろうか。魔王に聞けばすぐに答えを得られるだろうが、俺はワクワクと待つことにした。
やがて。
紫の空が、だんだん薄らと白くなる。雲か霧だろうか。でも雲の中なら小雨が降っているし、霧にしては眼下の深い森がクッキリしすぎている。そう思っているうち、空は真っ白になってしまった。
「……魔王、もしや天界の空は白いのか?」
「そうよ~。白くて、でも煌々と光ってるの! 不思議な感じよね」
「眩しいな……」
「だから帽子とかサンバイザーを装備してきたんじゃないの」
「いや、これ程とは……」
空はとにかく明るくて、なんとなく太陽が近い気もする。正直に言えば暑かった。俺は快適な服装をしているが、魔王は黒づくめなので大変だろう。
「……魔王も涼しくて簡単な服装をすれば良かったのに」
「嫌よ! 女子会に一番重要なのはお洒落! 暑さなんか知るもんですか!」
そういえば「天界人は白ばかり着てるから、黒がいい」とか言っていたっけ。
「……大変なんだな女子会は。今回、女子が一人も居なさそうだが……」
「んまっ! 失礼しちゃうわ! アタシも神王ちゃんも女子よ!」
「そ、そうだったな」
魔王はしばらくプリプリ怒っていたが、神界の建物が見えてくると機嫌を直す。
「そろそろ着くわね~、どうするトンちゃん? まだ時間には少し早いから、神界を観光しましょうか?」
「どんな場所があるんだ?」
「神王ちゃんが生まれた場所とか、立派な神殿とか、食事が出来る場所もあるわよ。まぁ昼食は神王ちゃんにご馳走になるから無理だけど……コーヒーが美味しい店なら知ってるわ」
「コーヒー?」
「アラ? 目覚めてからは、お初かしら? 美味しいから楽しみにしてて頂戴」
「へ~……ああそうだ、土産屋なんかはあるのか?」
「神界名物と言えば、ふわふわ雲のキャンディね。この間みたいにお墓に送れば、幾らでも用意できるわよ」
「じゃあそうしよう」
俺が頷くと、魔王はぎゅんと進路を変える。最初はどこへ行くのだろうか。とても楽しみだ。
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