買い物2

「アンタ、いくら引きこもりっていっても、電車の乗り方一つも忘れちゃったの?」


 改札口で右往左往していた純ことグレイシーに、恵美が呆れたように頭を押さえた。

 話にだけは聞いていたが、純自身も通学には自転車を使っていたことに加え、もちろんグレイシーに至っては見たこともない代物だ。

 電車という乗り物の轟音に目を回し、予測不能の揺れに身体を持っていかれ、危うく姉の恵美をつぶしそうになった。


「つ、疲れた……」

「それはこっちのセリフよ! まあ、いいわ。最初に母さんから言われた用事をさっさと済ませないさいよ。その後の買い物に付き合ってあげるから」


 恵美の目的はそこにあった。近場のコンビニにだって、周囲の目はある。もちろんどんな格好をしようが、他人の迷惑にならない限り非難される謂われはない。そうはいっても、好き勝手に口さがない噂をする輩はどこにでも存在する。少なくとも、そんなくだらない的にされて、いい肴になる必要などないのだ。

 純は仮にも弟である。お互い疎遠になったからといって、家族の情がなくなったわけではない。弟が噂の種にされれば腹が立つし、いじめを受けていると知れば悲しくなる。

 むろんいじめの方は、姉の恵美がしゃしゃり出てたからといって、状況が良くなるとは到底思えない。むしろこじれるのが目に見えている。

 時々かすり傷くらいは付けてくるが、親の金に手を付けたりしてないところを見ると、カツアゲなどはされていない様子だ。

 純が引きこもりになったせいで、その機会が無くなっただけかもしれないが。

 ともあれ、制服を注文した二人の姉弟は、無難な普段着を買いそろえ帰宅したのである。


「貴方のお姉様、いい人ですわね。あんなにお買い物を熱心に付き合ってくださるんですもの」


 グレイシーはよほどショッピングが楽しかったのか、買った服をハンガーにかけて満足そうに眺めた。


『……俺は猛烈に疲れた。なんで女の買い物はあんなに時間がかかるんだ? どうだっていいだろ、シャツの色や柄なんて。だいたい俺のサイズに合えば、それだけで御の字なんだぜ』

「そうですわね。この身体のせいで、気に入ったデザインのものを買えませんでしたわ」


 マネキンが着用していた服を恨めしそうに見ていたグレイシーに、姉の恵美は「アンタは半分にならないと着れないわよ」と冷たく言い放ったものだ。


「新しい制服は明後日には届くようですし、月曜日からは学校に行くのでしょう? わたくし、うまくできますかしら。こちらの勉強はぜんぜんわかりませんのよ」

『別に行かなくてもいいぜ。なんたって、前回も学校行こうとしてあんな目にあったんだしな』


 そもそもこんな有様になった原因の、事故。

 グレイシーはその事故について詳しく聞かされてはいなかった。その話になると純は口を閉ざすし、姉の恵美も、母親も事故の内容は知っていても、その原因について詮索するのをためらっている様子だった。


 学校通学に使う純の自転車のブレーキとベルが、何者かによって故意に壊されていたことを。

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