筋肉痛

 身体に宿る記憶がいくらかは共有されるのか、一度聞いたことはだいたい理解できるし、それほど違和感なく受け入れることができた。

 もっとも理解できても、その通り完璧に行動できるというわけでもないし、元の癖がそうそう抜ける物でもないのだけれど。

 

「くちおしいですわ。気を抜くと、すぐに姿勢が崩れてるんですもの。なんてぐにゃぐにゃな体幹なんですの」


 しかも、姿勢を維持しようと努力した結果なのか、次の日にはひどい筋肉痛になった。


『言っとくが、俺も痛みはしっかり感じてるからな』

「あら? それは僥倖……ざまあみろ、ですわね」

『……ロクな言葉覚えやしねえな、このアマ』

「それもこれも、誰かさんの頭の中の語彙辞典のおかげ、ですのよ」


 ふと、グレイシーは首を傾げた。


「辞典といえば、純さまは学校とやらには、行かなくてよろしいんですの?」


 その問いには、少しの沈黙があった。


『……退院したばかりだからな、しばらくは療養だ』


 身体はすっかり元気だと思ったが、グレイシーはあえて指摘はしなかった。もっとも今は、絶賛ばきばきの筋肉痛だが。


「でも、少し動いた方がいいですわね。若干、楽になりましてよ」


 じっとしているより、適度に身体を動かすことで疲労物質が流れ、かえってだるさや痛みが和らぐことを、グレイシーは経験から学んでいた。


『待て待て、こんな時間に未成年がうろうろするのは……あまり』

「え、そうですの?」


 この世界では、子供が昼間に学校へ行ってないと、いろいろ面倒くさいことになるようだ。それに、退院したばかりというのも事実ではあるので、ここはグレイシーが引いた。

 

「でも、明後日は土曜日なのだし、外に出てもかまいませんわよね」

『まあ……好きにしろよ』


 しぶしぶだがようやく許可が出て、グレイシーは満足そうだ。せっかく見知らぬ場所に来たのだし、いろいろ見たいというのは自然のことだろう。

 もともとグレイシーは、お忍びでの買い物が好きだった。表面上は完璧なお嬢様だったが、それは立場を自覚し、役割として自らを律し、そう振る舞っていただけである。

 商人公爵と馬鹿にされながらも、爵位に相応しくあることだけは、常に要求されてきた。

 考えてみれば、なぜそうも卑屈にならなければならないのか。

 過去はともかく、今となっては、財力、他国とのパイプ、街道や運搬業の権利、優良鉱山の採掘権、そのほとんどにヴォルフガング家が絡んでおり、王家とて安易にないがしろに出来ないはずなのだ。


「……もう、わたくしには関係ないのかもしれませんけれど」

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