お菓子
「美味しい、ですけれど……」
お腹がすいたと言ったら、純は机の引き出しの中にあったものを出してくれた。
どうしてこんなところに食べ物が置いてあるのか不思議に思ったが、ともかくその袋は、振るとがさがさと軽い音がした。
なんとも光沢のある珍妙な袋に入っていたのは、丸くて薄っぺらい食べ物だった。
それはカリッと小気味よい歯ごたえで、少々塩辛いが、すぐに舌が「美味しい」と感じた。これは、この身体が反射的に覚えている味覚なのかもしれない。けれどその後、舌に膜が張ったように、おかしな感覚を感じた。
「なんでしょう、舌に違和感があるような……薄い紙を乗せたような、というか。そう、つるっとしますわ!」
『なんだよ、つるっと、って』
そう言われてもグレイシーには、他にたとえようがなかった。
「なんだとおっしゃられても、そうとしか。後味が、おかしいのですわ。あと油の匂いが、少しダメですわ」
『いちいちうるさいな、俺は美味しいんだよ! もっと食えよ。俺も腹減ってるんだから』
「……他に何かありませんの?」
どうしても手が進まないグレイシーに、ため息をつくように「仕方がねえな」とぼやきつつ、彼の部屋からは他のお菓子が次々に出てきた。冷蔵庫もあるので、なんだかわからない蛍光色の炭酸のジュースもコップに注いだ。
「……つるっとしますわ」
『だからなんだよ、それは。ったく、どれもダメなのかよ』
グレイシーが食べられたのは、チーズなどを乗せて食べるタイプのプレーンクラッカーや、ビスケット、あとはナッツ類くらいだった。
「どれも美味しいとは感じますのよ。でも、後口がどうしても」
純の味覚で美味しいと感じても、グレイシーの世界にない味や添加物に違和感があるのかもしれない。
そんな時、ナイスタイミングというべきか、部屋の扉がノックされた。
「ごはん出来たって、食べるなら降りてきなさい」
姉の恵美である。
その声はどこか投げやりで、返事を期待していないのか、すぐさま足音が遠ざかっていった。いつの間にか、外はすっかり日が暮れて夜になっていた。家族は父親以外は帰宅しており、母親が夕食を作ってくれていたようだ。
朝も食事に呼ばれたが、純がどうしても行きたくないといったので、グレイシーは諦めた。
――だけど。
『おい、こら。どこ行く気だよ』
「夕食なのでしょう? わたくしお腹が空いていると申し上げたではありませんか。今度こそ、きちんとしたお食事を頂きたく思いますわ」
『だから、ここにたくさんあるだろうが』
「…………申し訳ございませんが、わたくし我慢するのやめましたの」
『は? 何言って、ってこら、行くな』
封を開けたままの菓子と、毒々しい炭酸水を顧みて、グレイシーは首を振った。
それは、この食事の話に限ったことではない。
グレイシーは、常に肩肘を張っていた。周りに馬鹿にされないように、貴族として完璧であるように、王族の妻になるために、どんなに厳しくても、辛くても、そして理不尽な誹りにも耐えてきた。
「この状態がいつまで続くかわからない以上、この身体の管理は、わたくしにとっても他人事はありませんわ。どうぞ体調管理は、ぜひこのグレイシーにお任せくださいませ」
『いや、まてよ。俺の身体だぞ、好き勝手は……おいこら! ちょっ、こらー……』
頭の中で大騒ぎする純をよそに、廊下に出たグレイシーは、階下からの鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに、すっかり意識を囚われていた。
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