夕飯

 四人掛けのテーブルに、レース柄のビニール製テーブルクロス。よくあるタイプのシステムキッチンに、観音開きの少し大きめの冷蔵庫。

 電子レンジにオーブン、食洗器と、そこそこモノは揃っているが、それほど上等のラインナップではない。

 少しだけ裕福な庶民の、小さな一軒家に相応しい、素朴なダイニングキッチンである。

 テーブルに備え付けられた四つの椅子。背もたれがあり、座面にビニールのクッションが付いている。遅れて食卓にやってきた純が座ると、体重に耐えかねてギシッと不吉な音を響かせた。

 内心ヒヤッとしたグレイシーだったが、ポーカーフェイスでなんとか乗り切った。

 

「椅子が壊れるでしょ、静かに座りなさいよ」


 隣に座る姉の恵美が、茶碗を手にしたまま振り向きもしないでそう言った。相変わらず、なにか文句を言わないと気が済まないらしい。


「……珍しいわね、アンタが素直に下りてくるなんて」


 けれど、すぐにちらっと振り向いてそう付け足した。


「お姉ちゃんはね、まともなご飯を食べない純を、いつも心配してるのよ」

「ちょっ、母さん! やめてよ、そんなんじゃないわよ」


 小さく笑った母親が、純にほかほかの白いご飯をよそう横で、恵美が顔を真っ赤にしている。姉のツンデレはともかく、当のグレイシーは母親が差し出した真っ白なご飯にくぎ付けだった。

 両手で捧げ持つようにして茶碗を受け取り、一粒一粒が半透明でツヤツヤと輝いて、なんとも言えない香りを放つそれに、不思議と食欲をそそられた。

 グレイシーの世界でも、お米料理は確かにあった。それはサラダや、肉の詰め物、汁物の具としてだ。そもそも米の形も少し違うし、彼女の感覚では単品で食べるものではなかった。


「美しいですわ……」


 ぽつりとグレイシーは小さく呟いた。

 小さな声だったため、誰にもはっきりと聞こえなかったようだが、女性陣二人が不思議そうにこちらを見た。


『お前、こらっ! 言葉遣い! つか、黙って食え!』


 思わず「あら」と口にしそうになり、慌てて受け取った茶碗を箸の奥に一度置き、少し考えてからゆっくりと手を合わせた。


「いただきます」


 丁寧にそう言って、箸を手に取った。

 ここからは、訓練の成果の見せ所である。まだ病室にいたとき、生活に関する初歩的なことは教えてもらっている。もちろん、食事の一般的な作法も。

 グレイシーは物覚えもよく、もともとの素養もばっちりなので、箸の持ち方にこそ初めは戸惑ったが、一度コツを掴めば難しいことはなかった。


 ――どうしたのかしら? ひどく注目を浴びている気がしますわ。わたくし、失敗はしていないはずですけれど。


 もちろん、きちんと箸も使えていたし、普段ならお皿を持たないグレイシーの常識を曲げて、ご飯茶碗を持って食事もしている。

 変ではなく、スマート過ぎたのだ。

 伸びた背筋、上品な箸使いに、決して早食いはせず、少しづつ口元へ運び、静かにゆっくりと咀嚼する。あまりに優雅すぎて、恵美たちはすでに食べ終わり、ただ唖然としてその光景にくぎ付けになっていた。


「アイツどうしちゃったの?」


 戸惑いながらも恵美は、どこか呆れ顔でそう呟いた。

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