グレイシー

 白い聖女と白薔薇の庭園。

 数年前に大人気となった乙女ゲームの題名である。

 攻略対象は、王子、騎士、小公爵、執事、謎の隠しキャラなど、多岐に渡る。しかもその後、スマホゲームでの続編へと続き、少女たちの推しへの課金過熱が社会問題にもなった。

 グレイシーという名は、そのゲームの一作目中盤で断罪される悪役令嬢の名前だ。

 それこそ主人公である聖女の公正さ、純粋さを示すための、いわゆる引き立て役になるべく登場し、みじめに退場していくのが運命だった。

 そして華やかな社交界を舞台に、もともと嘲笑の対象であった商人公爵ことヴォルフガング家没落と、その没収財産により王国が見事に立ち直り、めでたしめでたしという、なんとも主人公たちにだけ都合のいいお話として大団円を迎えることになる。

 断罪されるグレイシーの行く末は、ルートによって異なるが、よくて追放、最悪なのは処刑されてしまう。

 ちなみに、スマホゲームは隣国姫君の追放から始まるストーリーだが、ちらっとグレイシーが再登場する。ただ、これは清き姫君の慈悲深さを印象付けるためのエピソードに過ぎない。

 余談ではあるが、どちらの主人公も、無垢さをアピールするためか、いささか馬鹿っぽさや、過度の人のよさが、一定のプレイヤーには不評であり、どん底から復活するグレイシーの救済ストーリーを求める人がいるとかいないとか。


「これがそうですの?」


 その当の本人であるグレイシーは、四方を壁に囲まれた驚くほど狭い空間で、椅子もない場所に座っていた。

 彼女の感覚では、このように地べたに座るなど信じられないが、他に座る場所が無いのだから仕方がない。床と変わらない感触のうすっぺらい「座布団」とやらに足を投げ出して座っていた。

 先ほども、外から帰ってきてすぐに靴を脱がされて驚いたばかりだ。

 そして今、グレイシーの手に乗っているのは、長方形の軽い板だった。

 見たこともない材質で、つるつるしているが、そこには見たことのあるお城と、見覚えのある顔がいくつか並んでおり、たぶん自分だと思われる小さな後ろ姿が、彼らの後ろにひっそりと描かれていた。

 純の言うには、これが「ゲーム」とやらで、その登場人物の一人がグレイシーだと言っているのだ。


 ――正直に申し上げて、何をおっしゃっているのかわかりませんわ。


『これはあれだ。噂にきく憑依ってやつか。いや、まて。俺がいるんだから、正確には違うか。やっぱりただの居候だな。迷惑な話だぜ』


 ――この方、どうしてそんな落ち着いていらっしゃるの? わたくしがおかしいんですの? これはよくあることなんですの?!


「一つ聞きますわ。それで、貴方、わたくしを元に戻すことはできるんですの?」

『……は? できるわけないだろ』


 てっきり状況がわかっているなら、解決策もわかっているだろうとの安易な考えは、もろくも崩れ去った。 

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