混乱
悲鳴のような裏返った声が病室に響き渡る。たまたま他に人がいなかったのでよかったが、そうでなければ今頃は顰蹙の嵐だっただろう。
「……ですの?」
そんな奇声よりも何よりも、目の前の女性が首を傾げたのはそこだった。
もちろん、本人はもっとそれどころではないので、それに答えることも、ごまかす余裕もない。
ぷるぷる震える手は間違いなく自分のものだ。
けれど、その形状は見たこともないものだった。まるで手袋のようにぱんぱんにふくれた指、寝そべっていてさえ、そびえたつ山のような腹が邪魔で、自分の足元さえ見えない。
他にたとえようのない、真ん丸な身体がそこにあった。
ぺたぺたと触ってみても、それは自分でしかない。
――な、何が起こりましたの? わたくしの身体、どうなってしまったの?!
今度は本当に悲鳴が上がりそうになったが、そのとき頭に稲妻のような衝撃が走った。例えるなら、すごい巨体が体当たりしたかのような衝撃だ。
一瞬、意識が遠のく。
「な、なん、なんでもない……か、母さん、もういいよ」
グレイシーはなぜか、放心状態のままでそう口走った。
頭の中で響いた言葉を、ただ無意識になぞったにすぎなかった。
「あらそう? お姉ちゃんとパパのごはんも作らなくちゃいけないから、私も帰るわね。大人しくしてるのよ、また明日迎えるくるからね」
うつ向いたままの息子に怪訝そうにしながらも、彼女は手を振りながら扉の向こうへ消えた。
「……え? 今のはわたくし?」
眩暈が去ると、今度はちゃんと口が自分の意思で動いた。
『おまえ……誰だ。なんで俺はこんなことになってるんだ』
知らない声がいきなり頭の中で響いて、グレイシーは頭を押さえた。明らかに自分ではない意識が頭の中で騒いでいる。
「こっちのセリフですわ。あなたは誰ですの? わたくしをどうしてこんなところへ……というか、え、嘘。この髪はなんですの!? 短いですわ! それにごわごわで、べたべたして気持ち悪いですわ!」
『知るか! それに、それはこっちが訊きたいぜ。だいたい、なんでこんなことになってんだよ。てっきり、あのまま死んだと思ったのに』
その響きには、驚きや怒りがあるものの、己の生死にかかわることにしては投げやりのような印象があった。
『……それにしても、その喋り方やめろ。俺の声で、俺の姿で、おかしな喋り方するんじゃねえ』
「わたくしのどこがおかしいとおっしゃるの? あなたの方が、よほどおかしな言葉遣いですわ」
反論したグレイシーに、頭の中の声はすぐには答えなかった。すると、大きなため息のような間を置いてから、ようやく話し始めた。
ただひたすら混乱の最中にあるグレイシーとは違って、なぜか相手は変に落ち着き払った受け答えだった。
『いいか、よく聞け。そもそも言葉遣いがどうこうという問題じゃねえぞ。正直、なにがどうなっているのかわからないが、一つ確かなことがある』
「……な、なんですの?」
ベッドから起き上がるように指示されて、グレイシーは身体を起こした。
相変わらず重い身体だ。怪我をしたようなので、そのせいかもしれない。前に屈もうとすると、腹がつっかえて身体を曲げることさえ息苦しい。
足は無事だったようで、立ち上がることはできた。しかし、目の前がぐらぐらする。
目線の高さが違うし、身体の重みで足にかかる重心がおかしい。
――自分の身体じゃないみたいですわ。
そして、その数秒後。その感想が紛れもない、現実のものだと突き付けられることになるとは、よもやグレイシーは想像だにしてなかった。
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