ひとみ

 矢田ひとみ。

 名字からも明らかだが、彼女は矢田雄二の妹である。ついでに、今年入学した新入生だ。


「ここへは来るな、と言ったでし……だろう。帰れ」


 なにがなんだか、と混乱するグレイシーは、すかさず純に簡単な説明を受けて、言われた通りに彼女を追い出すことにした。

 そんな態度の純に、彼女はちょっとだけ頬を膨らませた。


「ちゃんと三輪先生に許可は取ったわ。だいたい私達、同じクラスなのよ。ほら、クラスで配られたプリント、おばさんにちゃんと渡すのよ」


 もともと、ひとみと純は幼馴染だった。

 年の近い兄弟や、友人たち、とにかく大勢で遊ぶことも多かった小学生の頃、雄二と一つ違いのひとみ、それに純の姉も混ざって、よく遊んでいたからだ。

 中学に上がる頃には、異性と一緒になって遊ぶことはなかったので、なんとなく疎遠になったが、高校に上がって同じ学校ということもあって、こうして度々ちょっかいをかけてくるようになった。

 彼女が本当の意味で、純と雄二の確執を知ったのは、高校に入ってからだ。


「……私、心配なんだ」


 グレイシーが何とかして外へ促そうと、保健室の扉を開けた時、ひとみはポツリと呟いた。


「去年、高校に上がってから、お兄ちゃんすごく変わった。中学の時も、あんまり私と喋らなくはなったけど、高校に上がってから、よくわからない悪い仲間とつるんでるみたいで……」


 引きこもりになって長いので、雄二の友人関係の変化など、もちろん純には知る由もなかった。中学の頃も、取り巻きとグルになって嫌がらせをしてきたが、それはクラスメートで顔見知りだった。もっとも、クラス全体を巻き込む陰湿さに嫌気がさして、純は完全に学校から距離を置いた。

 よって、それからのことはあまり知らない。言われてみれば、取り巻きの顔ぶれは変わっていたし、やることもエスカレートしている気がしている。


「悪いけど、もうあいつのことは」

「わかってるよ! お兄ちゃんのこと、許してって言ってるわけじゃない。あんなことして、……停学だって、甘いって思うよ。でもね、不思議なんだ。純の事故のこと知ったとき、お兄ちゃん……」


 その時、開いている扉から三輪先生が姿を現した。


「あら、矢田さん。チャイムが鳴るわよ、そろそろ教室に戻りなさい」

「……はい」


 言いかけた言葉を飲み込んで、ひとみは保健室を後にした。


「あれでよかったのかしら?」

『ああ、俺に関わらない方がアイツのためだからな。雄二も、ひとみが俺に構うのを嫌がるだろうし』


 ひとみに貰ったプリントを手に、養護教諭の三輪に促されるまま、後ろ髪を引かれながらも保健室へと戻って行った。

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