職員会議
「私は反対です。先日の事故のことをご存じないのですか?」
「そうです、彼の成績から考えて、慌てて教室に戻す必要はないと思います」
白衣を着た養護教諭と、その隣にもう一人、女性教師がそう発言した。
朝のホームルームを済ませた数人の教師が、一人の教師の呼びかけで集まって、とある生徒の処遇を巡って議論していた。一時限目を持つ教師や講師たちはすでに授業に向かったが、学年主任含め、幾人かが残って話し合っていた。
問題の生徒とは純であり、呼びかけたのは現在の担任教諭である。
「後藤先生、教育熱心なのは結構ですが、現担任の私に任せて欲しいものですな」
趣味の悪いネクタイの教師が糸のような細い眼で、後藤先生と呼ばれた女性教師を睨んだ。純の一年生の時の担任である。
「ですが、島田先生は教室に戻せ、とそればかりで……」
「はて? 私は間違ったことは言ってないつもりだ。高校は義務教育とは違うんだ。もう甘えていい時期は過ぎているのだと、わからせる必要があるんじゃないかね」
その言葉に、養護教諭の三輪が黙っていなかった。
「甘えですって? 言っておきますが、いじめによる精神的恐怖や苦痛を、甘えなどと軽々しく片付けないでください。それより、いまだに加害者である生徒を放置する方が問題じゃありませんか」
「……加害者などと、大げさな。それに、その言い方は差別的ですよ。彼らには厳重注意をし、接近を極力避けるようにと通達した。私たちはやることをやってますよ」
三輪は反論しかけたが、怒りを吐き出すように大きくため息をついた。
「大げさ、ですか? その接近禁止の後に起こった事故が、例の交通事故ですよ。彼らが反省しているとは到底思えません」
数人の教師は、養護教諭の言っていることに頷いているが、表立って賛同するつもりはないようだ。
「それなら、いつまでこの状態を続けるつもりなのかね」
さすがにその質問には、三輪も詰まった。
島田はここぞとばかりに続ける。
「せっかく新入生と同じ学年になったのだから、心機一転、新しくスタートさせればよろしい。このままでは友達を作る機会も、社会復帰する機会も、奪っているのではないのかね」
言っていることは間違ってない。ただ、それは人間関係で心に傷を負った人間には、決して容易くないのだとなぜわからないのか。
なにより、いじめの元凶である生徒がすぐそばに居るのだ。
お互いに養護教諭の資格をもち、友人同士の三輪と後藤も、最終的には教室に通えるようにしてあげたいと考えていた。
けれど、それは今ではない。
いじめの当人たちが必然的に忙しくなる三年生、もしくは二年生後半あたりの復帰を考えていたのだ。
「ですが、二学期というのは賛成できません。せっかく、いい状態で学校に通えているのですから、もう少し落ち着いてから……」
「甘いですな、教育は少しぐらいきびしいぐらいが丁度いい」
ちっちと小さく舌を鳴らし「これだから女は」と、小声で付け足した。
「ともかく、これは教頭や校長にもすでに通した話だ。ここからは、私に任せてもらいたいですな」
島田の性格からして、おそらく面倒を見る気などこれっぽっちもないだろう。むしろ、不登校の純がいることで、自分の評価が落ちることを懸念している。いじめ問題で煩わされるくらいなら、いっそ自主退学してもらった方がいいとさえ思っていそうだった。
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