通学路2

「お前のせい、とは? わたくし、言語の理解がおかしいのかしら」


 グレイシーは、小声で純に聞き返した。けれど、純が答えるより先に、四人のうちの一人が前に出て、いきなり怒鳴り散らかした。


「あんなのただのイタズラだろうが! それを大事にしやがって……聞いてんのか、てめぇが無様にも事故ったせいだ、つってんだよ!」

「だいたい、普通はブレーキくらい確認するだろうが! お前が不注意なんだよ、これだからノロマ野郎は」


 怒るより呆れる言動である。下手をすれば命を落としかねない細工を、平気で悪戯の一言で片付ける彼ら。


「というわけで、憂さを晴らし……おっと」

「ばーか、そうじゃないだろ。俺らとちょっと遊ぼうぜ。お前も入院して身体がなまってるだろ」

 

 ――あら、そういうことですの? こちらも、そういった感じでよろしいのかしら。


 ここ数日の間に、こちらの世界の常識を叩き込まれたグレイシー。

 それまでの当たり前では、毒殺や暗殺が身近に存在し、命は身分の高さに比例して重くもなり、軽くもなった。だが、こちらでは身分はなく平等で、誰の命も等しく重いのだと、説明も受け、そのように本にも書かれていた。

 なのに、彼らは明らかに自分たちは痛ぶる側だと認識している。


「この方たちは、わたくし……純様より身分が上ですの?」

『そんなわけねえだろ。留年したから学年は上だけど、本当は同級生だ。それに身分はないって言っただろ』

「そうですのね。対等とおっしゃるなら……」

「何をブツブツ言ってやがる、さっさと沈めや、おらぁ! いつもみたいに、地面……に、っ!?」


 純の制服の襟を掴んで引き倒しつつ、上から殴りかかろうとした相手の拳を身体をひねって避け、勢い余って倒れ込んできた相手の脛を思いっきり蹴り上げた。


「理解しました。これまでと同様、丁寧にお返しいたします」

『お、おい? 今何を……』


 グレイシーが、悪役令嬢とされた最大の理由。

 こちらの被害は最小限に、仕掛けた相手には三倍返しをモットーにしていたため、はた目には一方的にグレイシーが仕掛けたように見えたこと。またやり返されたはずの令嬢が、被害者の仮面を被って、泣き崩れたのがセットになっていたことが原因だった。

 それでも相手が手を出すのを待って、すかさず反撃するのは厳守した。いついかなる時でも、言い訳できるだけの要素は残しておく。あれだけ貴族相手に問題を起こしたグレイシーが、それでも社交界で大きな顔を出来た理由でもある。

 どこで誰が見ているかもしれない、と仕掛けた側は負い目があり、しかも相手が公爵令嬢であれば、いらぬイザコザに発展する可能性があるからだ。


 ――それにしてもなんて固い身体ですの。足が思ったより上がらなくて、空振りするかと思いましたわ。


 何事もないように立ち上がったグレイシーだったが、実のところ、つりそうになった足をさすりたい一心であった。


「貴様、クズ豚の分際で反撃しやがって」


 虐げるはずの相手に、思わぬ反撃を食らった彼らは、顔を真っ赤にして怒り出した。

 今度はリーダー格の男が、握りこぶしを振り上げて殴り掛かって来たので、持っていたカバンで拳を受け止めつつ身体を引いて、それを払うように下にいなした。

 勢い余って無様によろけた男は、さらに激高して、今度は掴みかかってこようとしたが、バランスを崩した状態では通じるわけもなく、グレイシーこと純は、ゴミを払うような仕草で簡単にはたき落とした。


「……なっ!?」


 まるでコントのようなやり取りだが、なにも四人が力を抜いているわけではない。彼らはいつも通り、純によってたかって殴る蹴るの暴行を加えるつもり、まんまんである。


「だいたい、なんで四人対一人なん、だよ?」


 予想外の展開に呆然としていた四人は、そう言って襟元を整えながら姿勢を正した純を見上げた。


「なん、なんだと! てめえ」

「さっきから、訳の分からないことを。俺らに逆らって、タダで済むと、思っ……」


 子分の一人がいきり立ったが、純を見上げる状態にだんだん違和感を覚えて、セリフが尻つぼみになっていく。そう、四人は今、完全に純を見上げていた。

 背筋を伸ばしてしっかり立つと、純の身長は百八十を超える。

 丸いフォルムに、常に猫背で、さらに顔を伏せて歩いていたため、それほど大きくは見えなかったのだ。

 

「……偉そうに、立ってんじゃねえ」


 尻込みする子分たちに舌打ちして、リーダー格の少年は一人で向かってきたが、所詮はただのいじめっ子。無抵抗の相手にしか暴力をふるってこなかった相手など、グレイシーの敵ではなかった。

 とはいえ、子分たちも遅ればせながら加わってきたので、仕方がなく口を開いた。


「その気でしたら、こちらからも仕掛けるけど、構わない、よな」


 攻撃の一つもまともに受けることなく、そう宣言してスッと構えを変えたグレイシーに、子分三人は明らかに顔色を変えて戦意を喪失した。

 リーダーだけは、怒りが収まらない様子だったが、すったもんだの末に、子分たちに連れられて渋々その場を去って行った。「これで済むと思うなよ!」という捨て台詞は忘れなかった。


「ふう、まったくもう、なんですの? 野蛮な方々ですこと」

『……お、おま、何者だよ。武術か何かやってたのかよ』

「わたくしは公爵令嬢ですわ、そう言ったではありませんか。武術などという大層なものではございませんわ。ただの護身術です。あの殿方たちが、普通に訓練された四人の男性が相手だったなら、まったく通用しない程度のものですわ」

『訓練って……してるわけないだろ、普通の高校生が』

「あら、そうですの? でも、それなら納得ですわ。この身体も、相当にたるんでますもの」

『……まあ、そうだな』


 ぐうの音も出ない純であった。

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