きっかけ

 もともと純に対するいじめは、小学校の時にさかのぼる。

 リーダー格の少年は、矢田 雄二。かつては一番仲の良い友人だった。四年生の時に同じクラスとなり、二人はすぐに意気投合した。勉強も、スポーツもそこそこ優秀、背も同じくらい、お互い活発な性格で気が合った。

 部活も同じバスケットボールを選び、五年生の時には二人ともレギュラーを勝ち取っていた。変化が起こったのは六年に上がった頃、純の身長がぐんぐん伸び、雄二は逆に停滞した。

 顧問は純を優遇するようになり、その辺りから二人への待遇に差が生じていった。

 成績でも雄二は純に及ばず、それまで明るかった性格は、どこか拗ねたような態度で、短気で乱暴な言動が多くなり、それに伴って周りや教師たちからの評判は悪くなった。

 もちろん成績などで態度を変える教師も悪いが、雄二に至っては、すべての理不尽を周りのせいにする悪癖が目立つようになった。

 それは当然、純にも向けられた。

 ここで純が誤ったのは、そんな雄二に振り回されたことだ。

 無情に思えるが、純がすべきだったのは関係の修復などではなかった。一旦、距離を置くことだったのだ。

 雄二は手下を侍らせ、次第に周りに当たり散らし、時には暴れて、そのスケープゴートを純へと誘導した。特定人物にヘイトを集めていれば、面倒なことにならないのだと、クラス全体が理解するのに大した時間はかからなかった。


「社交界においても、それは常套手段ですわね」


 グレイシーは自身もそうであったため、そこは納得して頷いた。むろん、グレイシーの場合は大人しくやられてばっかりではなかったが、陰口という点ではかなり陰湿なうわさを流されたりもしていた。

 けれど、公爵令嬢という身分に助けられた部分もあり、された以上の仕返しもきっちりしていたので、最近の相手は、よほどの世間知らずや、脳みその足りないお嬢様くらいだったけれど。

 

「それで、学校へは?」

『……面倒くせーけど、出席足りなくなるからな。行くよ』


 いかにも渋々という返事を聞きながら、グレイシーは学校へ足を向けた。

 留年した際に、いっそ退学したいと家族に話した純だったが、姉と父親に反対され、母親には無理強いはしないと言われた。

 全員に反対されたら、本当に退学していたかもしれない。だが、姉弟が私立の高校に入学すると同時に、家計を助けるために働きに出た母親が、純の意思を尊重すると言った瞬間、なぜか力が抜けてしまった。

 威勢よく退学などと言ったが、結局それは、留年が格好悪く、バツが悪いからという、子供じみた負け惜しみに過ぎなかったからだ。

 学校に着くと、もうすぐ一時間目が終わろうとしていた。

 他の生徒と鉢合わせしないように、慌てて保健室に駆け込んだ。


「こら、ノックをしなさい」


 座ったまま椅子を回転させ、こちらを向いた白衣の女性保険医が、振り向きざまにそう言った。当然ながら、姿を見る前に誰が入って来たかわかっていた。


「遅いわよ。遅刻扱いになるから気を付けて。あ、今日のプリントはこれね」


 遅くなった理由はあのアホたれ四人組のせいではあるが、そんな言い訳をしてもしかたがないので、大人しく頭を下げてプリントを受け取った。

 時間の空いた担当の教師が、数時間に一回くらい様子を見に来るが、基本的には授業の範囲のプリントの提出と、期ごとに行われるテストの成績がすべてである。

 あとは保健室への出席で日数を稼ぐ、これが学校側が示した純の進級への条件である。学校側としては、通常の授業に戻ることを前提にした措置ではあるが、現実問題としては難しいことだろう。

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