第15話 聖女の魔力の報告書(ミュゼア視点)
「母さん、異界から呼んだ聖女様が魔法ステッキって言うのを作ったんだよ」
聖龍との初対面を成功に終わらせた美麗を家に送り届け俺は歴代の聖女も眠る墓場に来ていた。
死してなお、肉体には聖力が残ることもあり、聖龍の住む森の奥底にその墓はある。
禁忌の場所として秘匿されており、聖女の親族ですら墓参りをすることは基本的に許されていない。
“死骸にも聖魔法の残滓が残っている”研究者が墓を荒らし、能力のない人間も聖魔法が使えるようにと研究した者が過去に居た。
母さんが好きだった真っ赤な薔薇の花束を墓前に添える。
そよぐ風が心地よく、ここ数日の報告をする。
「異界の聖女は見た目が若いのに、俺と同い年くらいなんだ。来た時はとても元気だったのに、自分が聖女の力を使いこなせないことに、心を痛めていて。彼女の居た世界は魔法が存在しなかった場所みたいなんだ」
来てまだ数日だと言うのに、世界を救ってくれと言われ、オズワルドの婚約者と突然のお茶会をして魔法の訓練をさせられて。
美麗と母さんの姿が何故か重なる。
『私が居なくなった後に、多分ミュゼァ貴方が一番接することになると思うの。あの子、聖龍はまだ子供なの。聖龍を助けてあげてね』
聖龍は母さんに怯えていたけど、母さんは子供の聖龍を必死に守っていた。代替わりをして、自分の力を使いこなせていない聖獣。この世界を四つに分けたうちの柱の一匹。
聖獣同士での関わりは少なく、仲が悪いとも特に聞いたことが無い。
仲が悪いとしたら聖獣同士というより王族同士と言った方がいいかもしれない。
「俺が聖女になれれば良かったのに」
男が聖女に慣れない訳じゃない。歴史を辿れば数名男の聖女が居たこともある。美しい物を愛する王がいる南の国では男が聖女だと言う噂を聞いた。フェニックスが聖女(男)の事を気に入っているため、国王が聖女は女が良いと駄々をこねているのを黙らせたと聞いている。
「母さんは聖龍が子供で力が弱かったから、あの時体を張って邪気と対峙することになったんだよね」
母さんが自分の生命エネルギー・寿命を削って力を放出するタイプだったから俺は陰ながら魔法の補助をしていた。
***
俺が9歳の頃にリュー国の結界が揺らぐ事が多くなって母さんが家を空け、一晩中教会でお祈りをしている日々が続いた。
歴代最強と謳われた母さんの相棒の聖龍は五十年前に卵から孵った若き龍。
一度だけ母さんの後について顔を合わせた。子供の僕にも怯えるくらいの気の小さい龍に母さんは無理やり僕を背中に乗せて森を巡るように指示を出していた。僕に怯える聖龍は母さんの言うことに反論ができないのか、ヒョイッと背中に乗せ、母さんは僕の後ろに乗り、空の上から聖龍の住む森を巡った。
そして王都の方までも。教会や城全てが守るもの。
「あれは、何?」
背に乗る僕に聖龍が質問をしてくる。
聖龍が住む森の奥、そこには魔の国との境目があった。それはどの国も同じで聖獣が住む場所は国の要。人間の力では守り切れないから、神様が聖獣を四国に配置し、魔から国を護っている。
聖女は人間の中でも聖魔法が使える人が選ばれると言われているが、聖獣との相性も実際はあるらしい。母さん曰、「人が住む場所なのに、聖獣達だけに守らせて不公平だ。だから人間の中で選ばれた人が一人、聖獣と一緒に世界を守ることになっている」と。
「私達が何から守っているかって言うと、あれから守っているっていう事なの。聖龍ちゃん一回あの壁超えてみる??」
「いいです。ボクまだ魔法上手く使えなくて聖女様に負担ばっかりかけさせちゃってるし」
飛ぶ力が弱くなり、ひょろひょろと、地上に降り立つ。いつの間にか、聖龍がいつも寝床にしている木の根元に着ていた。
母さんは聖龍の背から僕を下ろすと、聖龍の顔を撫でながら話した。
「聖龍ちゃん、不器用なのよねぇ。力の使い方は生まれ持って分かっているはずじゃないの?誰かを傷つけるのが嫌いって言うのが本心かな?」
「なんで分かったの!!」
「なんでって私は貴方の聖女じゃない。それに一応人間の中では随一の魔女とも呼ばれているわ。怖がらなくていいの。私が貴方を立派な聖獣にしてあげるから」
「でも、聖女様の力は……」
伺う様に聖龍は母さんの顔を見てから、僕にも視線を向ける。
「本当に優しい子ね。聖獣はそれでは駄目よ。人間に情をかけ過ぎたらいつか自分が壊されることもあるかもしれないから」
「でもでも、聖女様、この子はそれを知らないよ」
「僕に何か隠してるの」
二人の会話から母さんに関することだって直ぐに母さんは隣に立っていた僕の視線に合うにしゃがみ込む。
「家に帰ったらちゃんと教えてあげるから」
どこか悲しそうな視線に思えてチラッと聖龍に目くばせすると、聖龍は逆にドギマギしていた。
「ミュゼァは先に帰っていて。聖龍とちょっと話さないといけないことが出来ちゃったから」
「うん、わかった。夕ご飯作って待ってるね」
「ありがとう」
僕が先に帰って来て、二時間くらいしてから母さんが帰って来た。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ。ご飯作っておいた」
そう言って僕は野菜たっぷりのコンソメスープと、トマトソースのパスタを食卓に並べる。
二人だけの食卓にはもう慣れた。父親の顔は知らない。母さんに聞こうと思っても、その話題に触れようとしたら無言の圧をかけられる。
「聖龍が言っていたことって何?母さんに関係ある事なの?」
「気になる?」
「気になるよ。だから黙って先に家に帰って来たんじゃん」
僕が作るトマトソースのパスタは初めて覚えた料理。魔法を使えば料理も簡単にこなせるはずだけど、母さんは手作りにこだわっていた。愛情を込めたいって言っていたけど、僕にはよくわからなかった。
だから僕も家で作る料理に関しては魔法を使わないで作り上げる。
「魔力についてまだ解明されていない事が多いのは知っているわよね」
母さんは口に運ぼうとしていたフォークを置き、真剣な眼差しで僕の事を見つめる。
「うん。魂に宿るのか何も分かってない」
「ちゃんと勉強しているのね。普通の魔力だったら、それに耐えられる肉体・魂を問われるから血統で魔力を受け継ぐ傾向はあるけど、聖女については完全にランダム」
「それが何の関係があるの?」
母さんが手を止めるから、僕もスープを飲むのをやめる。折角上手にできたのに、美味しいうちに食べてもらいたかった。見た目じゃ分からないけど、母さんの魔力は使う時が居弱くなっている。誰も信じてくれない。貴族はちょっとでも体が不調だったら仕事を休むのに、母さんはそれを許されない。直接聞いたときもはぐらかされてしまった。
「私の力が歴代最強って言われているけど、本当は最弱なのをミュゼァなら気が付いているでしょ」
「……信じない」
「信じる信じないじゃないの。最近私の体調のことも気にしてくれているでしょう?私の力が命を対価にして聖魔法を使っているって気が付いているんでしょ」
「嘘だよね、僕の勘違いだって言って」
立ち上がった母さんは僕の事をぎゅっと抱きしめる。
「ごめん」
抱きしめる腕に力が入る。
「ミュゼァ私はいい親じゃないかもしれないわ。でも国から聖女としての私を求められた時にそれを優先させてきたわ。それはこれからも変わらないの」
「自慢の母さんだもん」
腕の力が弱まり見上げると、母さんは泣いていた。多分何かを見たのかもしれない。聖女である母さんは未来を見る力があった。
「ごめんね。今日は久しぶりに一緒に寝ましょう」
「子供扱いしないでよ、魔法を覚えるようになってから一人で寝てるんだから」
「そう言わないでよ」
あの時の母さんの泣き笑いの顔を俺は一生忘れない。
翌日、国を脅かす邪気に飲まれた魔物の群れを倒すために、自分の命を捨てて国を守った。子供だった聖龍が闇に呑まれかかったから。
聖龍は何も悪くない。
世界が産まれた時に、魔族との境界線が消しきれなかったのが悪いんだ。
僕たち、人間が弱いのが悪いんだ。
力が欲しい。大切なものを奪われない力を。
もう、誰も失いたくない。
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