第26話 聖女襲われる①

 ダンスパーティーの会場からどうやって帰ったのか覚えていない。気がついたら入浴が済んでいて、ベッドの中にいた。


 家に住むようになってからお風呂を一人で入らせてもらっている。パーティーなどがある時は念入りにオイルを塗り込まれたりするので、ララが手伝ってくれる時はそういったときだけだ。


 男達の会話が頭から離れない。私が怖くて口に出せなかったことをあの男達は話していた。


 役立たずで、不要な存在と言われて否定ができない。このまま訓練したところで自分が上達するとは思えない。


 広い寝室も、この与えられている建物も未分不相応としか思えなくて。

 頭まで布団の中に入り込み、ギュウっと自分自身のことを抱きしめる。召喚された時に気がついた国を取り巻く大きなモヤはどんどん増えていく。時折弱まることはあるけれど消え去ることはない。私が何もできていないのであればきっと聖龍が1人で退治してくれているはず。


「ミュゼァにもきっと飽きられられているよね……」


 何せ前聖女は自分の母親だ。身近で見ていれば私の不甲斐ないところは目につくだろう。


___っ。


 窓が開く気配がする。内側から鍵をしっかりと閉めてからベッドに入ったはずなのに。布団の中にいる私は覗き見るのが恐ろしくて更に体を縮こませる。窓から入ってきた気配は魔物の気配に似ている気がする。黒くてどんよりとしたモノが静かに近づいてくる。


 足音も立てない気配に、ララが気がついてやってくる気配がしない。静まり返ったこの場所で私だけが邪悪な気配に気がついている。


 誰かに助けを求めたい。怖い。誰か助けて欲しい。

 あぁ、そうか。聖女としての力のない私に対する罰だ。そこに胡座をかいて居座っている私は、罰せられなければならない。


「さよなら、聖女様」


 その声が庭で盗み聞きしていた時に聞こえた高い方の声に似ている気がした。


 何かが動く音がした。このまま私は死ぬの?


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。


 布団から跳ね上がり、その勢いでベッドから飛び降りる。役立たずかもしれない。今の状況が自分に対する罰かもしれなくても、生きることにしがみつこうとしている自分がいる。


「起きてたのか⁉︎」


 驚いた声の主の手には、20センチくらいの短剣が握られていた。その刃には黒いモヤがかかっている。細身の男は顔を布で隠しており、目元だけ見えるようになっていた。その目元の雰囲気が虚ろに思えた。服装は街で店をやっている人のような普段着で、覆面ふくめんをとって街の中に入れば紛れてしまいそうだった。


「貴方は、誰」



 声だけしか知らない男の人。短剣を構えたまま何かを呟き始める。


「聖女が死ななければならない。生きていては世界が滅んでしまう。新しい聖女が生まれるためには現代の聖女が死ななければ、ナラナイ」


 男が私の方に跳躍してくる。先ほど逃げるためにベッドから落ちている私は、部屋の出入り口の方が近かった。しかし私の悲鳴が聞こえているはずなのに、ララが姿を現さない。本当は私はララにも嫌われていたのかな。


「簡単に殺されてたまるものですか」


 飛びかかってきた男から這って逃げるように避けた私は、部屋の入り口の方に動く。右手に集中をし、魔法ステッキを出す。今の私には魔法の手加減ができない。例えば魔法が使えたとしても襲ってきた人を殺してしまうかもしれない。的を粉々にした炎の魔法か、的を修復させたときに使った聖魔法。ここで使うとしたら性魔法の方が相手にダメージを与えないけど、そうなると自分の身の危険がある。


「新しい聖女が生まれるためには死んでもらわなければナラナイ」


 男の握っている短剣のモヤが大きく膨れ上がり、意識を持っているのか、モヤだけが私の方に襲いかかってくる。


「いやぁぁぁ」


 ごめんなさい、私が本当は聖女として居座らないことが幸せなのかもしれない。


 生きることにしがみついてごめんなさい。


 魔法のステッキに魔力を集中する。一直線に向かってくるモヤは鋭さを増しているように見えた。魔法ステッキをモヤに向けると、キラキラと輝く光がステッキから出て、モヤを相殺したかと思うとそのまま男に向かって突き刺さった。


「グハァ」


 男は光に当たった勢いでそのまま壁にぶつかると、床に突っ伏した。


「え……?」


 床に落ちた男は動かずに、うつ伏せのような姿勢で動かない。私は怯えながら男に近づいていく。ステッキを持っている手に汗がにじむ。


「大丈夫ですか」


 恐る恐る肩に触れるけど、冷たい。先ほどモヤがかかっていた短剣は光に負けて窓の方に飛んでいた。モヤはもうまとっておらず、あるのは倒れた男と短剣だけ。


「大丈夫ですか、大丈、ぶ」


「美麗様‼︎大丈夫ですか」


 ララがノックもせずに部屋の扉を開ける。眠っていたのか、いつものメイド服ではなく白いネグリジェにカーデガンを羽織っている。手にしているランプの光で照らされているララの顔が強張こわばっている。


 私はステッキで男を突き続けた。動かない男が呼吸しているのかわからない。でも、光に吹っ飛ばされたあと変な音がしていた。


「違うの、この人が入ってきたから、殺そうとしたわけじゃなくて」


 ララが一歩部屋に踏み入れるのが、怖くて。この男が部屋に入ってきた時は助けを求めていたけど今は違う。男の状況を知られるのが怖くて。


「美麗様、早くその男から離れてください」


 ララの声がいつもの明るい感じがしない。護衛の役割もしているはずのララが気が付かなかったのがおかしいのだけど、私にはもう何もわからなかった。


 男が言っていたことが正しいから。役立たずよりも新しい聖女を求めているのは、間違いじゃない。国を守るために一番必要なことかもしれない。



「違うの、違うのぉ」

 頬に涙が伝わる。この国に来て初めて泣いたかもしれない。誰にも胸の打ちを打ち明けられなくて、求められる姿になろうと必死に頑張ってきたはずなのに、全部空回りして。


 自分の周りに風が起きるのを感じる。何故か聖女の検査をするときに魔力が全方位していたことを思い出す。


 ――このまま誰もいないどこかに行ってしまえればどれほど楽かしら。 


「美麗様いけません」


 ランプを持っていない右手を出しながら駆け出すララの、悲鳴のような声。私がいなくなれば幸せでしょう?なのにどうしてララはあんなに悲しそうな顔をしているの?


「ごめんなさい」


 ミュゼァに連れられてする、転移魔法のように足元が光ったかと思うと、私は見知らぬ森の中にいた。


 周囲の草木は黒く、空気はよどんでおり動物の鳴き声などは聞こえない。


「はは、私にお似合いの場所」


 このまま聖女としての力も全部なくなってしまえばいい。そうしたら私は魔物として討伐してもらえるでしょう?

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