第5話 いざ神殿に参る!!お風呂出ました

 龍の紋様をみてから、ララの態度が、至極丁寧なものに変わった。


 最初入浴は一人でいいと言っていたのに、半強制的にララにお風呂に入れられ、抵抗するのも空しくなってしまった。誰とも交際をしたことがないから、家族以外と一緒に入るのはすごく恥ずかしい。


 宝物で触るかのように、私のことを丁寧に洗い、広い湯船の端に浸かり、髪を梳きながらララはどうして私に対する態度を変えたのか説明してくれた。


「胸元に浮き出ている紋様が龍を示していました。それはその国の聖女の証でございます」


「聖女と分かったら、神殿に行かなくて済むわよね??」


 召喚されて色々言われてもついていけない。私が聖女だと分かったなら、少し休む時間が欲しい。


 優しいララのケアと、ぬるめのお風呂の温度に瞼が重くなってきた。


「聖女であっても、他の種類の魔法が使えるかどうかの確認も兼ねてかと思います。聖女でも聖龍様に気に入られるとはまた別の話と伺っています」


「意味が分からない」


 紋様が出てくるのならば、確認する必要があるのだろうか。聖女であることが分かったのならば、わざわざ行く必要があるのか。


 場所が場所だから、胸の大きく開いた洋服じゃないと、見えないんだけど。


「ミーク様に使えていても、わたくしの専門分野でないため、詳しくお答えできず、もう仕訳ありません」


「私のほうこそごめんなさい」


 顔を覗き込めないでいたけど、私の言葉に、ララの手が止まる。


「なんとお優しきお言葉。異世界に来て心細いであろう聖女様のお力になるべく尽力させていただきます」


少し労っただけで、これほどまでに懐かれるとは。ミークの下で働くのはブラック企業で働くのと同じような感じなのかな。


 ララの声に力が入る。


「ミーク様を倒し、必ず聖女様の身の回りのお世話をさせていただきますね!!」


 倒すと、不審な単語が聞こえたのは、聞こえないフリをして、私は万が一聖女でなかったら、聖龍に嫌われたらどうしようかと考えを巡らせた。


 召喚され、戻れない可能性もある。詳しいことは神殿で教えると言われたから、質問事項をまとめておかなければ。


 考えに更けていると、ララが手入れが終わったと、満足そうな笑顔で声をかけてきてくれた。


「聖女様、お召替えも致しましょうね」


 とても嬉しそうな彼女の笑顔に、ひとまず、不安がることを辞め、お風呂を満喫することにした。





 たっぷりと一時間半くらい入浴と、身だしなみを整えるのに時間を費やした気がする。ララに手を引かれるようにして、私は3人が待つ部屋へと通される。


 外観の印象よりも広いような気がし、通された部屋には独り掛けのソファーが4つ机を挟む様に置かれていた。内装は応接室の様なイメージで無駄な物は置いていない部屋で、棚があり、綺麗な龍のモニュメントが置いてあった。

ふと壁に視線を移すと、日本に合った時計と同じものが掛けてある。


 私が入室すると、ララは下がり、オズワルドは自分の隣の席を誘導する。


「聖女美麗、検査をする前に少しだけ話をしてもいいかな」


「私も質問があったので、お願いします」


 ミークとミュゼァの視線は胸元が大きく空いたドレスの、紋様に視線が集中している。


「二人とも淑女の胸元を凝視するのは失礼だ」


 席に着く私の隣で、オズワルドが咳払いをしながら二人を嗜める。


 ミュゼァが私の瞳を真っすぐに見つめてくる。初めて顔を見た時から、好みのイケメン顔過ぎて私は直視するのを控えていたのに。


「不快にさせて申し訳ない。先代の聖女と同じ物だったので、思わず……」


 歯切れの悪いミュゼァ。もしかして胸のあたりを凝視していたのを恥じらっているのかな。そんなに大きくないけど、形だけは自身があった。


 ミークは嬉しそうにしている。


「聖女様の証が現れていると言う事に感動しました。」


「二人とも、まだ彼女に何も伝えて居ないんだ。特にミーク」


「何ですかな、王子」


「胸を凝視して笑顔でいるのは、スケベじじぃにしか見えなかったぞ」


 日本に王子様何て居なかったから、私は横に居る王子に視線を向ける。


 ミュゼァとは違うイケメン。整った顔に、引き込まれる瞳。私の好みの顔はミュゼァだけど、この顔なら王子、結構モテるのではないか。


 異世界転生のセオリーの「王子と聖女の結婚」とか話が進んだとしても、私はミュゼァの顔のが好きなんだけど、と言ってしまいそう。


 私の視線に気が付いた王子が何かを察したのか、頬を掻いた。


「初めに言っておくけど、オレには婚約者が居るから、その、えっと」


 自信満々な雰囲気とは一変、不慣れな場所に来て心細いであろう私に言葉を選んで返事をしようとしていた。


「私の好みの顔はミュゼァ様です。顔が良かったので見つめてしまってすみません」


「おま、いきなり何言いだすんだ!!!異界に来て心細いとかじゃなくて」


 ミュゼァが身を乗り出すように言ってくる。ミークはこのやり取りを楽しそうに見つめていた。


「来てしまったのに、悩んでも仕方ないじゃないですか」


 初めは驚いた。同じ服を着た人達が私の事を見て喜んでいて、ミークの言葉に思わず頷いてしまった。お風呂に入っている間に考えていたら、“悩んでも仕方ない”しか出てこなかったんだもん。紋様が出て“聖女”である事はほぼ確定しているのなら、これから先自分に求められる事の想像がつく。逃げられない運命なのだとしたら、受け入れてその中でこれからを悩んでいくのが一番の最善策な気がする。


 ミークが私の考えを聞いて大きな声で笑った。


「先代に引き続き聖女様はなんとも豪胆な方が選ばれるみたいですな」


 ミークの笑い声にミュゼァが頭を押さえている。


「それは無いはずだ」


 開き直っただけなのに、それが豪胆に見えるのかな。


「だって、元の世界に戻れないのでしょう?」


 私の質問に対してその場の空気が凍り付く。


 絶対に戻りたい程の思い入れはないけど、一応確認しておきたい。


 ミークが申し訳なさそうに眉をひそめ、口を開いた。


「召喚された聖女が元の世界に戻ったという記録は見たことが無い。召喚魔法はありますが、貴方を元の世界に戻す魔法は、存在しない可能性が高いです」


 オズワルドの瞳が悲しそうにしていた。


「元の世界に好いた男性を残して来たとか」


「いえ、全くありません」


 学生時代好きな人は居たけど、誰とも付き合った経験が無い。高校時代の友達は気が付けば彼氏が変わっている、という子もいたけど。小学校以来異性と手を繋いでいないなんて、言える雰囲気じゃない。


 ミークは私が強がっていると思ったのか、目頭を押さえていた。


「無理やり故郷を離れさせた我らが言うのも変だが、こちらで恋愛をされてはいかがでしょうか」


 突然の恋愛相談。えっと、聖女かもしれなくて、清めてから何か検査をするんじゃなかったのかな?

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