第19話 初デートは焼き鳥
今日の午前中は先日の南の聖女との面談について話す事になっていた。
普段筆記の授業をする部屋に行くと、ミュゼアがいつもよりもキラキラした服装をしている。普段の王宮の魔術師としてのシンボルであるローブを着ているのに、今日は黒っぽいものを着ている。裾に金色の刺繍がしてありとてもお
「おはようございます、ミュゼァ様」
部屋の正面には黒板があり、いつものように正面の椅子に座ろうとしたら止められる。
「今日はご褒美をあげようと思うから。座らないで良い」
「本当ですか」
そう言えば今日授業に行こうとしたときに、ララがいつもの服装ではなく動きやすい服装を選んできた。
肌ざわりが良いアフタヌーンドレス。コルセットなどをつけていないからとても動きやすい。
「どんなご
物が買えるなら嬉しい。聖女として国に雇われている形になるから、定期的にお給金が入ってくる。生活費として使っている。
「なんでも可能だ。と言いたいところだがこの世界に着てずっと訓練ばかりだった……街に行こうと思ったんだが」
「街ですか‼」
城の窓から見た城下町はとても賑やかな人の声が聞こえたり、城下町の中心には大きな広場があった。数週間しか眺めていないけど出店が集まっている時があったような気がした。
「王子からも許可は貰っている。護衛を連れていけと言われたが、複数で移動するのはあまり得策じゃない気がするから、これをつけておいてくれ」
私の机の所に来るとミュゼァは金色のチャームに水色の石が一つ着いたブレスレット、ルビーの様な赤い石が一つの付いた指輪を渡して来た。
「どちらの石にも加護が付与してある。ブレスレットの方が保護の結界が発動するようになっていて、指輪からは炎が出るようになっている。聖魔法が操れるようになったとは言えまだ不安定だ。基本的に人を守ることに特化した能力になっているから何かあったら渡した指輪などが反応する」
男の人に指輪なんてもらう事が無いので、初めてなのでドキドキしてしまう。オリビアに話した通り、顔面に好印象を抱いている。こちらの世界の人とあまり接していないからかもしれないけど。彼に良い所を見せられていないから出来ることなら、見せつけたい。
「高級な物とかじゃないですか」
今まで見て来た作品では
「君の命が守れるのなら安いものだ。聖龍に会い魔法も使えるようになったから、明日からはバシバシ訓練をして言ってもらうことになるから、今日は息抜きだ」
そう言うと手を出してくるミュゼァ。普段も真っすぐ顔を見ることがあるけど、いつもと違う服装に新鮮さがあった。
「美麗様、今日のエスコートを俺にさせて貰えますか?」
「喜んで」
私はミュゼァの手を取る。このまま馬車にでも乗るのかと思ったけど、体が宙に浮く。
「ミュゼア様、転移魔法の無駄遣いですよ」
「時間は有効だ。魔力の使い方を早く覚えて流ためには実践あるのみ。転移魔法の感覚を体で覚えて欲しいんだ」
そう言うと
降り立った場所はどこかの建物の一室だった。一人用のベッドがありテーブルと椅子が
「この場所は俺が何かするときの隠れ家として借りている宿屋の一室だ。街中にいきなり転移した場合、不審に思われることもあるから」
密着していた手を離して部屋の入り口に行くミュゼァは私を下の階に移動するように促す。
「なるほど。私も今後こういった場所は、覚えていった方がいいですか?」
「転移魔法が使えるようになって、お
先に私が階段を降りていくと、出た先は宿屋のカウンターだった。広さは百人ほど入れるイメージで左側に受付所がある。カウンター正面に扉があり、広く開いた右側にはテーブルがいくつか並んでいる。椅子が上に上げてあり今は清掃の時間なのか、モップで床を掃除している四十台前半くらいの、頭にパーマのかかった男性がいた。身長は170センチくらいだが、骨格がよくとても筋肉質な印象を受けた。
「あれ、見ない顔だな」
階段を降りてくるミュゼァの足音よりも先に私の存在に気がつく男性はモップを持ったまま私の方へ近づいてくる。
「上から降りてくるということは、君は一体誰なんだ?」
明らかに疑いの眼差しを私に向けてくる。
「すまない、ジョージ。先に知らせを出しておくのを忘れてしまった。俺の連れなんだ」
「ミュゼァ様、来るなら先に行ってください。……女性連れなんて珍しいじゃないか」
モップに寄りかかる様に立つジョージと呼ばれた男性は、私のことを上から下へと眺めてニヤリと笑う。
「まだ正式なお披露目をされていないけど、リュー国の新しい聖女様だ。異界から召喚されたためにこの国のことを知らない。今日は紹介も兼ねて街に降りてきたんだ」
ミュゼァは何故か自信満々の
「馬車も使わないで、移動魔法ですか……お忍びですか?」
「ある意味お忍びかもしれない。魔法に慣れていないから知ってもらいたいというのが一番の狙いなんだけど」
ミュゼァの手が離れ、私は彼の方を振り返る。優しく微笑まれるけど、私には免疫がない。
「ミュゼァ様そんな顔しちゃ女の子は喋れません」
「……ごめんなさい。挨拶もまだで。私、
私は慌ててジョージと呼ばれた男性の方に向き直り頭を下げる。聖女として召喚はされたが正式にお
「聖女様が頭を下げることはないんです。すみません。ミュゼァ様、本当に人が悪い」
「美麗様、こいつは俺直属の部下ですからそんなに畏まらなくてもいいですよ」
「いやいやいや。聖女様が召喚されたっていうならもっと早くに教えてくださいよ」
私の前に立つミュゼァはとても楽しそうにしている。
「情報屋の力を見極めるには当然だろう」
「突然聖女様が来るなんて誰も思いませんよ」
悔しそうな顔をするジョージ。
ミュゼァは珍しく声を上げて笑う。
「ジョージには今後訓練を厳しくする必要があるな」
「えっと、あの、私来ちゃいけませんでしたか?」
ミュゼァが私の方に振り返る。
「そういうわけじゃない……君には辛いことだけじゃなくてこの世界を楽しんで欲しいんだ。聖女として召喚してしまった罪滅ぼしというか」
いつもの強気なミュゼァのイメージとは違い、どこか自信がない雰囲気。ミュゼァ越しでジョージに視線の向けると目を丸くしていた。
「私が聖女じゃない方が良かったわよね」
「俺はお前が聖女でよかったって思っている。だから今日は聖女ということを忘れて楽しんで欲しいんだ」
差し出された手に思わず手を重ねる。
「お心遣いありがとうございます」
「聖女様迷惑をかけられたんだったら、迷惑料として今日のお出かけで沢山、我儘言って迷惑かけてやればいいんですよ」
「うるさい、ジョージ」
「ははは」
この世界に召喚されて久しぶりに笑った気がする。ミュゼァの視線が優しくなった気がした。
「それでは美麗様、本日エスコートさせていただきます」
「よろしくお願いします」
降り立った場所は城からよく見える中央通りからは少し外れた場所にあった。一本大通りを外れただけで落ち着いた雰囲気があった。
「王都には学校もあります。基本的には
「いいんですか」
「はい。美麗様がこちらの世界に慣れていないなどの理由から出られませんでしたが、今後
フード付きのコートを着て顔を隠している。ミュゼァも同じくフードを被っていた。曰く自分の顔は知れ渡っているので知られると面倒になるからと言っていた。
「前聖女様って、自由だったんですね」
「母さんは力があったから余計に。聖女の正装に関しても“こんなん着られるか”って暴れてきていませんでしたからね。寒くて着ていられないって」
「その件で南の国の聖女様に相談されたんです」
通りを歩きながら私は先日の訪問のことを思い出す。正装を変えたいがために相談を持ちかけてきたマテオ。他の国の聖女はどういう気持ちであのコスチュームを着ているのかな。
「なるほど。美麗様は賢者様と同じ世界から召喚されていますからね。力が
「そうですか」
やはりララに裁縫道具を用意してもらって自分でアレンジを加えるしかない。賢者様はバニー好きだったのだろう。
許さない。あんな恥ずかしい格好をしろと決めた人を殴れるものなら、殴りたい。
ふとお肉が焼ける美味しい匂いがした。通りをもう一つ通り過ぎると道路の両端には多くの出店が並んでいた。その中の一つに串に刺さったお肉を売っているお店があった。
「あれ、焼き鳥……?」
「知っているのか?」
「私の住んでいた世界にもありました」
ララが用意してくれる料理は全部美味しい。日に日に私の好みの味付けに変えてきてくれる。
お米の様なものが出てこないから、そろそろ日本食が恋しくなってきている。
「ちょっと、待っていろ。今買ってくるから」
そういうとミュゼァは私を店の間にあった椅子で待っている様に促すと、一人で買いに行ってしまった。
初めての街の中だけど皆んな幸せそうにしている姿を見ると、世界が危機に陥っている様には思えなかった。黒いモヤモヤした雰囲気は確かに感じている。城には結界が張ってあるからかあまり感じなかったけど、離れるととてもよく感じる。
今後マテオと協力して聖女の正装について工夫をしていく必要があるかもしれない。
世界の危機を自分が救えるか分からないけど、召喚されたからには自分の役割を果たさないと。
「悪い、待たせたな」
2本持っていたうちの一つを私に差し出す。ミュゼァの顔はフードを被っていても顔が整っているのがわかるからか、時折チラチラ視線を向けてくる人もいる。私は差し出された焼き鳥を受け取る。
五つほどある一つを私が座っていて、無言で隣に腰を下ろす。
「前に食べたことがある店のものだから味の保証はする」
そう言うとミュゼァは私を安心させるためか、先に口にする。私も彼と受け取った肉とを見比べる。薄っすらと
「熱いから気をつけろよ」
二つ目の肉を口に含みながら私に注意してくれる姿が、普段の
「いただきます」
私は一口でお肉を口に含む。言われた通りまだ温かく、火傷をしないように空気を口の中に入れながら食す。
「美味しいだろう」
自慢げに話すミュゼァに私は一生懸命お肉を飲み込んでから口を開く。
「はい、とても美味しいです」
懐かしい日本の味とは違うと感じてしまうのは、お肉の種類が違うからかもしれない。鶏肉に近い食感だけど、噛むほどに感じる旨みは少し違う気がした。
「そうか、美味しいか。良かった」
優しく笑う彼の笑顔が、とても眩しくて私は串を握る手に力が入ってしまった。
ミュゼァが優しくしてくれるのは私が聖女であるから。それ以外の理由は何一つない。
だから勘違いしちゃダメ。私の面倒を見てくれているのも、魔術師としての仕事の一環なんだから。一人で王宮を歩いていた時に煌びやかなドレスを着ていた人が話していたのが聞こえていたもの。
そろそろ結婚相手を探さなければならないのに、召喚された聖女の面倒を見ているから中々
私がいることで彼に迷惑をかけてしまうなら距離を置かないとと思うけど、今のはズルい。
ミュゼァは何も悪くない。
私が彼を手放せなくなっちゃった。
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