第18話 衣装チェンジのお願い・聖女の魔力の報告書

 翌日の午後、先日とはまた違う胸元の開いた淡い橙色だいだいいろのドレスに身をまとったオリビアが姿を現した。今日は髪の毛を縦ロールにしていて、手には扇を持っている。普段よりもフリルの少なめのドレスなのに、りんとした美しさがにじみ出ていた。


 今日は天気が良いと言う事で、庭にある池の近くで紅茶を楽しむことになった。

 ララとオリビアがいつも連れてくる男性の護衛一人が近くに控えている。王子の婚約者なのに、護衛が一人で良いのか聞いたところ、とても強いから一人で十分だと言っていた。


「先日は急なお願いだったのに、マナーの確認をありがとうございます」


 用意してもらったショートケーキを見つめながら私はお礼を言う。日本に居た時と同じようなお菓子が食べれるなんて幸せとしか言いようがない。

 オリビアの瞳は鋭く、口元を扇で隠した。


「いえいえ。これもわたくしが美麗みれい様の力になりたいからですのよ。お気になさらないでくださいな」


 同じ女性としてオリビアならばバニーガールの服装がとてつもなく恥ずかしい事が分かって貰えるかなと思いつつ相談だけしてみようと思った。


「ねぇ、南の国の聖女に会って話をして聞いたんだけど、聖女の服装って変える事できないのかな?」


「美麗様それは出来ません」


 即答のオリビアに逆に驚いてしまう。自分が着ないから余計に何でもいいって思ってるのかもしれない。


「どうしてよ、オリビア様。あの衣装はバニーガールって言って聖女の服装じゃないのよ」


 一派的なイメージで言うならば神官の人が着ている服の女性版がいい。と言うか露出ろしゅつが多い服が嫌なのだ。


「聖女の力がパワーアップされるか、採用されたと聞いていますよ。南の国の聖女に何か吹き込まれましたの?」


 オリビアの瞳が厳しくなる。吹き込まれたというか、正装の真実を教えてもらったと言うだけであり、そう言えばオリビアは正装がバニーガールと言う真実を教えてくれなかった。

 寸法すんぽうを測っただけ。


「衣装が違うのよ、そう言えばオリビア様は知っていたんですよね」


「とっても可愛いじゃないですか。とても羨ましいです。わたしたちには着る権利がありませんもの」


 心底残念そうな顔をしているオリビア。


「可愛いかもしれないけど、露出多すぎると思いませんか?権利があれば着たいと思うんですか??」


 可愛いかもしれないけど、可愛いかもしれないけどさ。異世界に来なければ普段着ないような服装。


「美麗様、ごめんなさい。お手伝いをしてきたつもりでしたがこれからはもっと、お力になれるように頑張りますね」


「違うの、そういう話じゃなくて」


 オリビアは立ち上がりとても楽しそうにこれからお茶会を開こうと言う話を始める。

 違うの、私は正装を変えたかっただけなのに。

 腰に何かを巻き付けるくらいなら、許してもらえるかな。

 こっそりララに裁縫道具さいほうどうぐを用意してもらって作り替えちゃえ。

 まずは、オリビアから出来上がった正装が届かないような手続きをしたいなって思ってしまう。



***


 俺は南の国の聖女に自国を少し見てもらうという我がままを言わせて貰った。まだ聖女として公表していなかったから、交換条件と言うわけだ。


「ミュゼァ様も人が悪いですね」


 けんを腰にさしたマテオはどこか楽し気に笑っていた。

 聖龍が住む森は基本的には立ち入りが禁止されている。聖獣を害されては困るからだ。他国との衝突しょうとつを避けるためにも、聖獣の森に他国の聖女を連れて行こうとすることは罪が重いとされている。基本的に自国を出ないからそんなことにはならないのだが。


 今日は森の中に入ると言う事で、正装ではなく動きやすい騎士スタイルになっているマテオ。母さんがこっそり南の国に遊びに行ったときに出会った。その時には既にマテオは聖女として活動をしていた。母さんは俺よりも五つ位年上のマテオと仲良くなって欲しかったらしい。時間があると一緒に遊んでいた。


 馬に乗るのも考えたが、飛べる所までは魔法で移動したいと言うマテオの希望により護衛もつけずに二人でリュー国の調査をしている。


 母さんの遺言ゆいごん通りならば国の危機ききが迫っている。自分に自信のない美麗と、まだ幼い聖龍では国を守り切れないかもしれない。

 教育係として俺が付いているならば、やれるだけの策を用意しておきたい。


「人聞きの悪い事言わないでください。マテオの方がうちの聖女様に会いに来たんでしょ?そのついでにちょっと国を見てもらおうと思ただけじゃないですか」


「聖女のおきて、忘れた訳じゃないでしょ。美麗様のお陰で正装が本当は違うようなことが分かったのでチャラにしますけど」


 わざわいが転じて邪気になると母さんが話していたような気がする。どの神話を呼んでも国の作りは大体が同じで、その邪気を定期的に払わないといけない。


 先日美麗と聖龍の森に着たのと変わらない雰囲気のように感じるが、森の奥に入っていくにつれてマテオの顔が険しくなる。


「ミュゼァ、前回着た時に本当に気にならなかったのか」


「何も。美麗様は聖龍と力を合わせて魔法ステッキなる物を作り出していた」


 出力の仕方が分からなかったらしく、そのステッキも美麗の世界には存在していたと言っていた。賢者と言い美麗と言い異世界から来た者は無限の可能性を秘めている。


「本当にミュゼァはポンコツだね。聖龍が一人で頑張ってるのにも限界があるの分かるしょ。ここにも早く美麗様来させて浄化したほうがいいよ。聖龍が住まう森が穢れてしまったらこの国は終わる」


「そんなに酷いのか?」


「まだ大丈夫だと思うけど、早い方がいい。全く聖龍も隠すのが上手いね。それだと手遅れになった時にどうすることも出来ないじゃないか」


 マテオが右手を上げると光り輝いた。その光が一瞬にして森全体に振りまかれる。


「他国にはあまり浄化の力が伝わらないんだ。気休めくらいにしかならないだろうけど。ここ以外だと、後は西との国境と、反対側の海の地方かな。油断してると足元救われるから気をつけな」


「すまない」


潜在能力せんざいのうりょくは前聖女より強そうだけど、心は普通の女の子なんだよ。忘れちゃ駄目だからな」


 15年ほど交流があるからの遠慮の無さ。美麗との面談の交換条件にしたけど、本来ならとても図々しいお願いを引き受けてくれた。


「恩に着る」


「分かった。この恩はいずれ返してもらうから。……っと、スーが呼んでいる声がするから今日はこの辺で」


 マテオは、そのままふわりと姿を消した。

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