第17話 突然の訪問者 南の聖女
オリビアが帰った翌日は、宣言通り一日美容に費やすことになった。普段より念入りにお風呂に入り髪の毛を手入れした。爪もこれまで生活を中心に考えていたから、手入れなんてしてなかった。ネイルがこの世界にもあったことに驚いた。ストーンみたいなものは無いけど、私の好きな色を塗ってくれた。
深い紫の色。
オリビアが前日にお辞儀の仕方などを確認してくれたけど、もう一度確認してもらった。
「いきなりの申し出申し訳ありません。我が国の聖獣がこちらの国に来るのを嫌がっていて」
身長は185センチ位で、赤い髪のショートヘアはとてもサラサラしている。声は少し高く女性にしては筋肉質の様な印象だ。
ララが用意してくれた菫色のマーメイドラインのドレスを着ている。もっとレースがふんだんに使われ居るものではなかった。オリビアが着ているものとデザインが違う。彼女が好んで着てくるのは、私の知識だとプリンセスデザインと呼ばれていたフリフリのもの。
「いえ、私の方こそ
赤の目が肉食動物のように思えてしまう。
「マテオ・ルネソンと申します」
ドレス姿じゃなくて、19世紀くらいの服装に似ている。茶色をベースとしたジャケットには草の葉を思わせる。胸元がフリルで覆われているわけではなく、ズボンをはいている。
「私は
お
「聖女様で間違いありませんか?」
応接間には私達二人しかいない。案内をしてきた城のメイドは部屋の外に出ているし、ララも同席出来る身分ではないからと外に居る。
何より面談を申し込んできたマテオが二人きりで話したいとの事で、私に危害を加えない
「
「ごめんなさい。こちらに来てまだ日が浅くて国の事を勉強しきれていないみたいです」
聖女と聞いていたので、同性だと思っていたんだけどどうしよう。これ私が考えていた不安を打ち明けても大丈夫かな。
マテオの顔を覗き込むと、焦ったように髪の毛をかきむしる。
「あぁ、どういう事だ。俺は新しい聖女と少し話したいだけだったんだけど」
「あの、落ち着くために一旦おかけください」
席の中央に用意されているのはクッキーとチョコレート。紅茶はマテオの国でも流通がよくあると聞いたさっぱりとした後味のもので用意している。
魔法をかけてあったので、お湯は温かいままで私は普段通りにお茶を入れる。ララにも私のお茶は美味しいと言われている。
「美麗様はお茶を入れるの、手慣れているんですね」
驚いたように私の動きを見ているマテオ。こちらの世界に来てからララにお世話をしてもらっていたけど、一人暮らしを大学からしている。大抵の事は一人でやれる|
「私が元々居た世界だと、誰かに何かをしてもらう訳じゃないので」
マテオは私の
「とてもいい匂いだ。そうだ、今日この面談を申し込んだ理由をちゃんと説明するよ」
私も淹れた紅茶を飲む。ララの用意してくれたお菓子は私が最近好きな物なんだけど、マテオも喜んでくれるかしら。
「どこまでこの世界について学んでいるのか分からないけど、異世界から召喚された聖女であるのは、間違いないよな」
「はい」
世界は大きく分けて四国に分かれておりそれぞれの国を聖獣が守っている。聖女は人間から選抜されて、聖獣・聖女が世界の
どちらかが欠けてもいけないし、神様は人間が
「俺が一番言いたいのは、聖女として一緒に頑張っていこうと言う話もあるはあるんだけど、
私はミークが教えてくれた国の歴史の記憶を引っ張り出す。
そんなような話を聞いたような気がする。
「
「そう、異界から流れて来た者なんだ。
服装の話をしているだけなのに、顔色が悪い気がしてしまった。
どういう事なのかな。そんなに変な服装だったのかな。
「ごめんなさい。まだ
真剣に悩んでいる相手に対してお菓子を食べながら話を聞くのは
マテオは目を見開いた。
「まだ、見ていないのか」
「材料が足りなくて作れていないって言ってたの」
今日の話し合いも、聖女であるからには正装かと思ったけど、普通にドレスで大丈夫との事だし。
「そうか、すまなかった。念のために俺が着ることになっている服を持ってきてよかった」
そう言うと足元に置いてあった大きめな
黒い生地には
それにカチューシャと
これが男性が着ることになっている服装ですか。と言うかこれは私の記憶ですと聖女の者ではない気がする。
お菓子とカップをすみに寄せ、テーブルの中央にその服を着ている順番の様に並べる。
「これ、バニーガールの衣装じゃない?!?」
日本に居た時に着たことは無いけど見たことがある。可愛いお姉さんが着るのを見るのが楽しいイメージでカジノなどに居そうなイメージの服装。
それがなぜここにあるの。日本が恋しくても、何も手に入れられないのに、どうしてこの服装が。
「バニーガール?」
この世界にバニーガールの
「私の住んでたところではそれは聖女の服じゃなくて、バニーガールって呼ばれていて、なんていうんだろう。とにかく違うの」
「なん、だと。賢者の
能力があれば否定されない。そう考えたら知らない世界で心細かったのかもしれない。でも、それでもそれは
「私たちで変えちゃいましょう」
「変えたいのは山々なんだが、この衣装を聖獣たちが一番気に入ってしまっているんだ“耳と尻尾が付いていて、私たちと同じみたいじゃない。
正装ではないと知ったことに一瞬嬉しそうになったけど、聖獣が喜んでいるって。と言うかミュゼァは母親がこの衣装を着ているところを見たことがあるってことよね。
複雑すぎる。
「この衣装を着ないといけないのね」
私が持っている知識だけではこのバニーガールより可愛い物が思いつかない。どちらかと言えばケモミミ、尻尾を喜ばれてしまったのならば、思いつくのは着ぐるみくらいしか想像つかない。
それともあれかな。メイド服に耳と尻尾のが
マテオは衣装を鞄にしまい始める。
「俺は男だから、男のこんな姿見たくないだろうってことで、基本的に神官と同じ服装をさせて貰っている。
「国を
魔法ステッキを思いついて、聖魔法を体外に放出することは覚えた。でもまだ邪気を滅するのには程遠い。マテオは冷めてしまったお茶を気にせず口にした。ララが同席していたら絶対にそんなヘマをしないだろう。
「ごめんなさい、紅茶淹れ直します」
立ち上がろうとする私をマテオは制止する。
「いや、大丈夫だ。有益な情報を今日は得られた。もしも良ければなんだが、美麗様のいた世界でバニーガールとは違う良い服装があれば教えてもらいたい」
「……こちらの元々あったものじゃダメなんですか?」
賢者が来る前に採用されていた服があれば一番いい気もするのだが、マテオは首を振る。
「先ほども話したが、このばにーがーる?なる正装を採用してからの方が120%の力を発揮できる聖女が歴史を見ても増えたんだ。だから不採用にさせにくいんだ。美麗様と同じ世界から来ているからこそ、あちらでの良い衣装があれば聖獣を納得させやすいかなと。国王などを納得させるよりも聖獣が納得すれば多分変えるのは楽なんだ」
私は洋服にそんなに興味が無かったから、聖獣が喜ぶようなもの思いつきやしない。思い浮かぶのはメイド服にケモミミだけど、私自身どちらの衣装も恥ずかしい。
露出面ならメイド服のが断然恥ずかしくないんだけど。
「頑張って思い出してみる。私も着ないで済む様にお願いしようかな」
マテオも謎が解けたからか、先ほどよりも穏やかな表情だ。私の心の中は穏やかじゃない。
と言うか、聖女の力が120%発揮されるのも、恥ずかしさとかじゃなかなと思う。
普通に考えてこんなに露出が多い服装を着て恥ずかしくない人間なんていない。
お互いに無言でクッキーを食べ続けていると、マテオが思い出したように口を開いた。
「聖龍に認められたと噂を聞いた。おめでとう」
「ありがとうございます」
聖龍に認められようとした本当の理由が、魔力が上手く使えなかったからだって言ってもいいかな。魔法ステッキのお陰で力が使えるようになったから、これから邪気を払いに行くこともある。正直不安しかない。
「邪気祓いもこれから行くってことだよな」
「はい。私が何もできていない間は聖龍一人に任せてしまっていましたから。ミュゼァが急ぎで払わなければならない所から行かなきゃと言っていました」
聖女と聖獣しか払えないもの。神官は抑え込むことはできたとしても、完全に祓いのけることは出来ない。
「何かあれば力になる。
「聖女が居ないってどういうことですか」
リュー国と同じような理由って事かな。世界が危機に近づいていて聖女が必要だと聞いている。それなら早く時代聖女を見つけて来ないと。
マテオが難しそうな顔をした。
「スーのいう事、えっと、うちの国の聖獣のいう事なんだけど西の国今聖女が居ない国なんだけど、そこは聖獣が頑張ってるからギリギリ大丈夫みたいなんだ
「なら、良かった」
安心したら
魔力が使えるようになったので、生活便利グッズも使う事が出来る。
「美麗様は、聖女が誕生した時にやる式典はまだやっていないですよね」
「はい。異世界召喚をされてから直ぐに魔力の検査をしてましたので。ミュゼァ様
「それもそうか。異世界召喚で聖女がやってくるのも滅多にないから」
「無いんですか。賢者様は
「基本的にはこの世界の事は、この世界で完結させないと
「はい」
「他国の政治に余り口出しは出来ないから、教育係に質問すれば教えてくれるだろう」
「ありがとうございます」
ティーポットからいい香りがし始める。マテオのカップを見ると空になっていたので先に注ぐ。自分のカップにもお替りを入れて腰を下ろす。
「ありがとう。正装について聞きたいからって誰も立ち入りさせないのは間違いだったかな」
「私も他の方が居たら言いにくい事があったと思うので、二人で良かったです」
最初はどうなるかと思っていたけど、大丈夫だった。
お替りの紅茶を飲みながらマテオが固まる。
「どいうかいたしましたか?」
問いかけに、マテオは私から視線を外す。
「聖女の
「え」
「俺も最初の最初だけはこれを着ることになって……。今でも覚えている。めちゃくちゃ恥ずかしくて。女性ものとして作られたから、俺は腰に布を巻いて誤魔化す事許して貰えたけど」
「それよ!」
テーブルを思わず両手で叩いてしまう。ティーカップがガシャンと揺れた。
「いきなりどうした?」
「デザインを私たちで少しアレンジすればいいのよ」
日本に居た時に趣味で手芸が好きだったのが役に立つときが来た。私の衣装はまだ完成していないと聞くし、いきなり新しいデザインを提出したら聖獣も許してくれないかもしれない。
「そんな簡単に出来るのか」
「理由なんて適当につけるわ。更にパワーアップするためとか言えば、否定されないでしょう」
他国の聖女がどう思っているか分からないけど、今後も男性の聖女が現れた時の事を考えて変えるのはありかもしれない。
一応明日は他国の聖女様に会った報告をオリビアにする予定になっていたからその時に相談してみよう。
というか、正装の相談の為だけに来たのだとしたら、本当にこの洋服が着たくないのね。
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