第30話 ボクの聖女様 後編 へーんしん♡

 誘われる様に、私が吸い込まれていた溝、正しくは闇の泉を追っていくと血の匂いも強くなっていく。聖龍は会った時から私の事を信じてくれていたのに、私が一番心配をかけさせてしまっていた。むしろ背負わせてしまっていたのかもしれない。


 ミュゼァの姿が見えなくなった辺りで私は一瞬立ち止まる。この服が聖女としての力をパワーアップさせると言っていた。自分の力を使いこなせていない私が着ないで一体誰が着ると言うんだ。


「聖なる衣装へ、へーんしん♡」


 憧れの魔法少女、いや、私は異界に聖女として呼ばれたのにバニーガールの服装をする変態です。


 自然に浮かんできた言葉を口にしただけで、手に持っていたバニーガールの服が私の体に密着する。裸足で出てきたはずなのに、ハイヒールとよく見るとコートと腰回りにフリフリのスカートが付いている。胸元が大きく開いており、網タイツまでも常備。


「ええい‼恥ずかしがっている場合じゃない。聖龍を助けに行かないと」


 着ていたネグリジェが手に残っていたがそれを投げ捨て、走り出す。ヒールの筈なのに、どうしてか足が軽い。


 大きく膨れ上がった邪気の気配が近くなったと思ったら目の前に見慣れてるはずの龍が姿を現す。


《オネエチャン、ボクモウ、イヤダヨ》


 声も無邪気で明るいものではなく、苦しそうに喉から絞り出している気がした。聖龍の巣にたどり着くと、周囲には血だまりがあり、道案内に利用していた闇の泉は聖龍の傷口に吸い込まれていった。


≪オネエチャン、無事ダッタンダネ。良カッタ≫

「貴方が無事じゃないじゃない」


 傍に居てくれた優しい龍の毛並みは黒く染まり、禍々しさにしり込みしそうだ。


≪ヘマシチャッタ。ボクハ聖女様ニトッテ不要ナンダッテ。聖女様ガ悲シクテ泣イテイルノハボクノセイナンダッテ≫


 私は手に魔法ステッキをだす。これは聖龍に協力してもらって作り出したもの。世界の危機を前聖女は予言した。


 聖龍が邪竜になってしまうことなら、原因は全部私じゃない。


「違う、貴方が居たから私は頑張れたの、この魔法ステッキだって」

 聖龍が見えるように掲げるが首を振られる。


≪聖女様ニハ黙ッテタケド払ッタ邪気ヲ聖獣ナラ自分ノ体ノ中デ浄化スルコトモ出来ルンダケドボクハデイナインダ。聖獣トシテ使エナイボクハ早ク居ナクナルベキナンダ≫


「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。貴方の聖女の私だって不安で仕方ないんだから。でもミュゼァ様もこんな私でも守るって言ってくれた。異界の聖女を呼ばないと世界が滅んじゃうんでしょ‼聖龍が私の事を自分の聖女って決めたんだから、最後まで責任取りなさいよ」


 理不尽なのは自分でも分かってる。私だって自信が無い。


「一緒に強くなりましょう」


 私も強くない。支えてもらってたって落ち込んで自分も闇に呑まれてしまうんだから。


≪オネエチャン……ウッ≫


 聖龍が苦しそうに前に屈む。荒い息遣いをしたかと思ったら寂しそうな瞳で、私の事を見つめた。


《クルシ…イ、コロシテ》


 その言葉の意味を、この子は分かって言っているのか?私も居なくなりたかった。当たらしい人に全部の責任を擦り付ける方がどうかしている。

 異世界に呼ばれたからにはちゃんと落とし前つけてやろうじゃんか。


 みにく足掻あがくだけだと思われるかもしれない。でも私の胸元にはちゃんと聖女としての証の紋様もんようが浮かび上がっているんだ。


「大丈夫、絶対に助けるから」


 私は魔法ステッキを聖龍に向ける。一つだけ聖龍に教えてもらったものがある。それは万物ばんぶつの邪気を払う讃美歌さんびか


私は渾身こんしんの魔力を魔法ステッキに込め歌い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る