第21話 討伐②
話し合っているうちに先程の魔物たちは国から30キロのところにいるらしい。聖龍の住む森とは反対側の北の地方、農村地帯にいるらしい。
北の国には白虎が守護しているとミュゼァに教えてもらった。北の国の聖女は女傑と聞いている。王族出身だけど王様と仲が良くないと言っていた。
閲覧の間から直接城の屋上に移動すると2匹のワイバーンが居た。
顔に傷のあるワイバーンにラウルは近づき、顔を撫でてあげた。
「聖女様は初めてかもしれませんが、こいつらは一番早く目的地まで行けます」
ミュゼァの服の裾を引っ張る。4人しか居ないのにワイバーンは2匹。
「私誰と一緒に乗るの?」
ラウルの側にはラヴァが近づいていく。
「俺と一緒だな。あの2人は親子で、一緒に乗ってもらう予定だ」
二人の横顔が似ている気がしたのは間違えじゃなかったみたいだ。ラヴァの方がラウルよりも頭一つ分背が低く、優しそうな雰囲気をしている。
ミュゼァの服を掴む手に力が入る。まだ動かない的に攻撃するのがやっとだった私が攻撃出来るかな。
「そう言えばこういうときって、聖龍はどうするんですか」
聖女と聖龍にしか邪気は払えないと聞いている。聖龍が一緒に来られないのならば一人で頑張らなければ。逆を言えば私が居ない間は聖龍一人で頑張っていたと言う事なんだけど。
と、急に空に雲が出たのか暗くなった。明らかにワイバーン達が驚いて左右をキョロキョロし始める。
「待ってぇぇぇぇ」
聞き覚えのある少し高めの声が私とミュゼアめがけてやってくる。
「ボクも行く‼聖女様一人にはさせない」
「聖龍ちゃん」
私は掴んでいたミュゼァの服を離して聖龍の元へ行く。聖龍は泣きだしそうな勢いで私に顔を近づけてくる。
ラウルとラヴァは突然の聖龍の登場に慌てたワイバーンを宥めながら、無言で様子を眺めている。
「聖女様はまだ力ちゃんと使えてないでしょ‼だからボクも一緒に行って聖女様を助ける。ボクは聖女様が来るまで色々な所に一人で行ってたから道にも詳しいんだよ」
「本当に」
私は嬉しさのあまり聖龍に抱き着く。国の人々を守るのがこれほどまでに恐ろしいって思わなかった。私が失敗したら誰かの命がなくなるのを考えると震えてしまう。
ミュゼァが私の後ろから聖龍に問いかける。
「聖龍、お前休まなくて大丈夫なのか。聖女召喚されるまで一人で任せきりだったろう」
「何言ってるのさ。逆だよ。急に召喚された聖女様を守れるのはボクだけなんだよ。だから連れて行って。……魔物の動くスピードが上がって来てる。早く行かないとここに来ちゃうよ」
と聖龍が僕の背中に乗ってよと合図をする。ラウルたちは私達の会話が聞こえていたらしく一人一人でワイバーンに乗った。
「分かった、聖龍、美麗様はこういった背中に乗り慣れていないから俺が一緒に乗っても良かな」
「いいよ。君にも恩返しをしたいから」
一瞬聖龍の声が悲しそうな響きを持った気がしたけど、それは直ぐになくなる。ワイバーンの二人が先に空中に飛び上がる。聖龍もそれに続く様に飛び上がると、北の森の方に向かい飛び始めた。
空中に上がるがまだ魔物の集団を目視することは無い。ワイバーンに乗ったラウルを先頭に、真ん中に聖龍後ろにラヴァが並ぶように飛んでいた。
私はミュゼァの腕に包まるようにして聖龍に乗っている。こんなに距離が近いだなんて聞いていない。魔物退治に緊張しているのか、後ろにミュゼァが居るから緊張しているのか分からなくなってしまった。
耳元に
「今回は少数で向かう。本来はもっと大人数になるんだが、魔物に対しての攻撃が通じるものが少ない。前を飛んでいる騎士団長のラウルは聖剣を使えるんだ」
「聖剣って、勇者様とかですか」
私の聖剣のイメージを口にするとミュゼァの声が楽しそうに笑う。これから戦いに行くと言うのに慌てている様子に見えなかった。
「数代前の聖龍の
ラウルが腰にさしている剣がそんなに大切なものだとは思わなかった。
「そうなんですね。では、ラヴァ様も何か特技があるんですか」
ミークの代わりにと先ほど言っていた。この国で一番強いのはミュゼァで他の人とあまり接してこなかったので彼がどれほど強いのか分からない。
「ラヴァは魔術師として俺の次に強いと言われている。回復と結界ならば俺よりも強いと思う。後単純に強い。あいつの魔法は威力がありすぎるから、他に被害を出さないためにも人員を最小限にした。俺もいる」
「ボクもいるんだよ。聖女様大丈夫。今回の魔物は三体位だから」
聖龍が前を向きながら答えてくれる。北の農村に向かうに連れて黒いモヤモヤした気配が強くなっていく感覚がある。
「見えてきました」
相手と自分たちと飛んで移動していたからか、思っているより早く出会った。下は大きな川が流れており、麦などが植えてありそうな食物が見える。
「グォォォォォォ」
魔物も私達の存在に気が付いたのか、遠吠えをあげ、空中に待機する。お互いの距離はおおよそ五十メートルほど。
後ろを飛んでいたラヴァが私達の横に並ぶ。
「ミュゼァ様一旦この地域に結界を張ります。飛行系の魔物だと、団長は少してこずるかもしれません」
「それなら、俺は出来る限り羽を狙う。聖龍俺達を乗せて戦えるか」
「頑張ってみる。駄目そうだったら空中に投げちゃうかもしれない。その時は君の魔法で聖女様を助けてね」
「もちろん」
私の心臓は飛び出そう。本体は像の三倍くらいの大きさの生き物に羽が生えており、それが空を飛んでいる。私が乗っている聖龍よりもサイズが大きい。
ラウルが剣を構える。ワイバーンは自分よりも数十倍も大きい魔物に怯える様子もなく、雄たけびを上げている。
三匹の魔物がそれぞれに獲物を決めている様に私は思えた。三匹とも姿は大きなワシで、鋭い爪を光らせている。
一匹がこちらに突っ込んでくる動きをして、それに対応するかのようにラウルが動き出す。
「お先に行きます。聖女様慌てないで何かあったらミュゼァに全部任せれば大丈夫です」
「は、はい」
私は両手を合わせて魔法ステッキを作り出す。ぎゅっとミュゼァが私の事を優しく抱きしめる。
「大丈夫だ、ラウルに言われるまでもなく俺が守るから。さっき的に当てたみたいに杖に魔力を集中させて。俺は俺でアイツに攻撃するから」
と、ラウルに立ち向かっていっていない魔物二体に稲妻が落ちる。見ると
「ぴぇぇぇ」
「くぁぁぁ」
一匹の羽に
落ちていく魔物めがけてラヴァが後を追う。
「ちょっとまだ結界貼り終わってないのに‼ミュゼァ様、加減してくださいよ。あいつはおれが引き受けます」
「頼んだぞ」
ミュゼァは当たり前だと言わんばかりにラヴァに声をかける。
杖を握る私の手は汗ばんできて、油断をしたら杖を落としてしまいそうになる。
魔物に飛び掛かるワイバーンが、子どもが大人にじゃれかかっている様に見えてしまった。ラウルは襲い掛かってくる魔物の足の爪などを弾きながらも、致命傷は当てられていないみたいだった。私が不甲斐ないばっかりに、どうしよう。
「美麗様、落ち着いて」
耳元でミュゼァの声がする。稲妻を喰らい不機嫌そうになった魔物が聖龍と一定の距離を保ち襲いかかってきている。器用に聖龍は相手の攻撃をかわしながら火を噴き、ダメージを与えている。背中に二人も人間を乗せているのに。
「でも、私あんな生き物見たこと無くて」
戦わないといけないのは分かっている。聖女として召喚されて、ミュゼァに手ほどきもしてもらった。聖龍に認めてもらって聖遺物である魔法ステッキも作り出した。
でも怖いの。聖女として求められたからには戦わないといけないのは分かっているのに、どうして急に呼ばれた場所で私は命を懸けて戦わないといけないの。
動かない的には攻撃を当てられたけど、あれは生き物じゃないし目の前に居る魔物よりも小さい。
落ちて行った魔物の方に視線を向けると、ラヴァの魔法なのか、氷漬けにされている。ラウルと対峙している魔物の羽も急に氷漬けになり、落ちていく。
私は一体何が出来ている?ここに連れて来られた意味を理解していないんじゃない。
「聖龍……」
助けを求めちゃいけないって分かっているけど、目の前に居る魔物からは邪気が押し寄せてくる。戦っている二人みたいに勇敢に立ち向かない。
聖女として召喚されたからには自分に出来ることを最大限にやりたいって思っていたけど。
魔法ステッキを魔物に向けるが、魔法の使い方が分からなくなる。どうやって体の中に力を巡らせたっけ。
炎はどうやれば出せたかな。的を直した時みたいな力はどうすればよかったのかな。
怖い怖い怖い怖い。
恐怖が胸を押しつぶす。出来るわけないんだよ。召喚されて力があったとしてもただの役立たずの私に世界を救う事なんて。
つい先日まで魔法自体使えなかった人間なのに。
「助けて、私……」
気が付くと私は魔物の前に一人飛び出していた。聖龍の背中に乗り、ミュゼァに抱きしめて貰っていたはずなのに。
「あれ?」
どうして私、空を飛んでいるの?ミュゼァと聖龍が同時に叫ぶ。
「美麗、そっちに行くな」
「聖女様‼君を信じたボクを信じて‼」
見上げるとワシの様な魔物なのに笑っているように見える。
「あーあ、君はこちら側に来ちゃうダ。君は聖女なのかな?聖龍の背中に乗っていたシ。まあいいや」
魔物の口が大きく開いたと思ったら、私の目の前は真っ暗になった。
***
聖龍に飲み込まれた時とは違い、暗く何も見えないそこには、なぜか私が居た。
誰かに必要とされたくて頑張って来た。お母さんは私の事を愛してくれていたのかな。
分からない。
仕事と言って男の人の家に行くことが多かった。小学校から帰ってくると家の事をしていた。掃除もご飯も作れなかったらお母さんは私の事を「要らない子」って言ったから。だから私は一生懸命やって来た。愛して欲しかったの。
中学校に上がると、夜誰か男の人を家に連れてきていたりすると入るなって言われた。言われた通りにしないと怒られたから、近くの公園で時間を潰したりしていた。
ある夏の日、年に一回くらいしか会わないおばあちゃんが訪ねて来た。お母さんは家に居なくて、私が学校から帰ってくると玄関の前で大きな紙袋を持っていた。
「美麗ちゃん、大きくなったね」
「お久しぶりです、おばあちゃん」
私の姿を見たおばあちゃんは涙を流していた。お母さんは日中珍しく出かけていたみたくて、家に入れなかったみたい。私は慌てて玄関のカギを開ける。
「今開けるね、おばあちゃん」
おばあちゃんは涙をハンカチで拭うと、黙って家に入って来た。家の片づけは小学校の頃から続けていた。していないとお母さんに怒られちゃうから。
「美麗ちゃん、突然だけど、今日からおばあちゃんと住もう」
「どうして」
居間におばあちゃんを通して、お茶の準備をしようとしたら、おばあちゃんはキッチンについて来た。冷蔵庫には冷えた麦茶が入っていて、やっぱりおばあちゃんの目には涙がいっぱい溜まっていた。
「あのね、お母さんから連絡があって美麗ちゃんの事を暫く引き取って欲しいって」
「私ちゃんと家の片づけも料理もして来たよ」
怒られない様に一生懸命頑張って来た。お母さんの求めるように自分の姿を変えて来た。じゃないと私が生きている意味を否定されちゃうから。
「私、要らない子なの?」
家事全般が出来なかった頃にお母さんに言われた。私は要らない子だって。本当は欲しくなかったって。お前が居るから好きな人と一緒に居られないって。
一緒に居たかったら家事を頑張れって。ご飯を食べさせてもらっているんだから働けって。
「美麗ちゃんにとってお母さんと暮らすよりもおばあちゃんと一緒の方が幸せだと思うの」
「嫌だ、捨てられたくない」
私は求められる事が出来ない。だから、お母さんに捨てられちゃう。
折角、聖魔法の事を教えてもらって使えるようになったのに、いざ本番になると私は使い物にならない人間になってしまっている。
私はお母さんに捨てられた。求められる事ができなかったから。
今も魔物を倒さないといけないのに、振るえて何もできなくなっていた。
「聖女様」
景色が変わる。知っている声。これは聖龍のもの。私は彼にも迷惑をかけた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
召喚された時に私が必要だと言われた気がしてすごく嬉しかった。どうしていつも空回りしちゃうのかな。
使えない聖女だったら頑張って訓練するよりも私が居なくなって次の聖女を作りだす方が楽ではないのか。そう考えるんだけど口にするのが怖くて皆んなの優しさに甘えてしまう。
「聖女様、どうしてそんなに怯えているの」
おばあちゃんはいつの間にか消えていて、慣れ親しんだ子供の頃の家とは違う真っ暗闇の中で優しい声がする。
「聖龍、君だって本当は私みたいな聖女じゃ無い方が良かったでしょう?」
初めて口にする不安。前聖女の遺言は力のある聖女が必要と言う話だ。世界の危機を救う人間が私みたいな奴なわけない。ミュゼァは優しくしてくれるけど、それは教育係だから仕方なくであって自分の母親と比べているに違いない。
「ボクは子どもで何も力になれなくて前の聖女様を困らせてしまったんだ」
暗闇の中で足を抱えている私に聞こえる声は、寂しそうで抱きしめて慰めてあげたくなった。
「あなたは立派な聖龍じゃない」
私というお荷物と一緒じゃなければこの世界も救えるくらいの力を持っている。むしろ、聖女の力が遺伝するならばミュゼァみたいな強い人がなるべきなのよ。
「ボクは聖女様がいいんだ。頑張り屋さんで慣れない環境にも必死になってて。ボクの聖女様は美麗が良い」
「私を必要としてくれるの?」
誰も私を必要としてくれない人生だった。おお母さんには邪魔者扱いされて、見かねたおばちゃんに引き取られた。一人娘がしっかり育児をしなかった
誰かに迷惑をかけたくて生まれてきたわけじゃないのに。
「ボクには聖女様が必要だから、帰ってきて」
「うん、分かった」
空っぽだった胸の中があったかくなる。
私も生きてて良いんだ。知らない世界が不安だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
暗い世界から抜け出したと思ったら今度は空を落ちていた。
少し上に聖龍とミュゼァが私のことを見下ろしている。逆に下にはラウルとラヴァが倒した魔物の血で体が汚れていた。
「聖女様ぁぁぁぁぁ」
絶叫しながら落ちていく私の後を必死に追いかけてくる聖龍。ミュゼァが私の方に手を伸ばしたように見えた。
「美麗‼︎」
頭上が光ったと思ったら気がつくと落ちる速度が遅くなり、聖龍が隣を飛んでいた。背中に乗っているミュゼァが聖龍に合図をすると、聖龍が私の下に回り込み、ミュゼァが私を抱き抱えるようにして受け止めた。
「聖女様大丈夫ですか」
速度を遅くしながら地上に降りていく。お姫様抱っこのようにミュゼァに抱きしめられている私には彼の顔が見えなかった。
「心配したんだ。どうして闇に飲まれたんだ」
聖龍の背中にいたはずが気が付けば嫌な思い出の中にいた。知らず知らずのうちに私は取り返しのつかないことをしてしまったみたいだった。
「聖女様は悪くない!ボクが悪いんだ。ごめんなさい。不安に気がついてかあげられなくて」
「違うわ。私がちゃんと相談できなかったのがいけないのよ‼︎」
地上に降り立っとラウルとラヴァも私の方に近づいてくる。
二人とも眉間に皺を寄せている顔がそっくりだった。
ミュゼァが私を降ろしてくれた。聖龍が私の隣に立ち、顔を舐めるんじゃって思うくらいに近くに顔をよてせきた。
「皆様ごめんなさい」
ラウルが聖剣を自分の前に突き立てた。
「我々の方こそ申し訳ない。慣れない土地で不安になっている事ち気が付かなかったのが悪いんだ」
「私が弱いから」
「違うよ、美麗様」
ラヴァが二体の魔物に視線を向ける。私を取り込んだ魔物は脱出する時に聖魔法を
ぶつけていたらしく、消えていた。
「聖女様の不安を取れて無かった僕たちが悪いんだ」
聖龍が私の顔をぺろりと舐める
「そうだよ。私なんかとか言わないで。ボクは聖女様と戦うって決めたんだから」
ミュゼァが聖龍の首をペシっと叩いた。
「そうだ。美麗様は悪くない。俺たちの力不足なんだ」
「皆……うん。これからはちゃんと頼るね」
そう言って聖龍に抱きついて顔を埋める。召喚される前の私はずっと一人だったけど今は違う。みんなが居てくれるし、弱音を吐いても怒られない。
「あれ?」
聖龍の毛並みは綺麗な銀色だったはずなのに、私が顔を埋めたところの一箇所だけに黒い毛が混じっているように見えた。
「どうかしたか?」
ミュゼァが心配そうに私の事を見てきた。
「なんでもない」
きっとこれは気のせい。
残った魔物の残骸を私の炎で燃やし、帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます