第28話 ボクの聖女様 前編
ぶくぶくと沈む心地よいここは、どこだろう。この世界に召喚されてからちっとも気持ちが晴れることがなくて正直、息をしずらかった。
聖女と持てはやされるほどの実力を示せずに、ただ流されるように生きてきて。
元の世界でも自分が求められるままに生きてきて、その方向性は変わっていなかったの。どうすれば私は良かったの?
着て直ぐに力が使えなかった私は早くこの舞台から退場するのが良かったのかな。
真っ暗の中で何も見えない。でもここが一番居心地がいい。
「聖女様」
声が聞こえる。それは私の事を“ボクの聖女様”と優しく呼んでくれる優しい子どもの龍の声。
「美麗様、おい返事をしろ。ララが待ってる」
この世界に来てからずっと優しくしてくれる人。その優しさに心救われているって言ったら怒られるかな。仕方なく教育係をしているだけだって分かっている。それが魔術師としての責務なのだと。
何も見えないはずなのに、声のする方が明るく見える。
私の体は重い
「私は聖女として何もできてないの」
部屋に入って来た人を殺してしまった。襲われそうになったからそれを拒否しただけと言うのが許されるはずがない。
「聖女様、ボクの聖女様は君だけなんだ。飲まれないで、戻って来て」
「戻るってどこに?私の居場所はココにはないのに」
そう、居場所はココには無いのだ。だったら居心地のいい暗い場所であれば誰にも迷惑をかけないで過ごせる気がするから、いいよね。
良いって言って。豪華なベッドは望まない、専属のメイド兼護衛も要らない、国のためになんて生きられないからちゃんと街で働きます。
聖女として私を望まないで。
「あぁもう、美麗」
暗くてドロドロしたところには似合わない人間が顔を出す。そう言えばダンスパーティ―の時にミュゼァの衣装について褒めなかった。絵本の中から王子様が飛び出して来たような気がして、一瞬呼吸を忘れてしまった。
本物の王子であるオズワルドよりも素敵で、オリビアには申し訳ないけどミュゼァの方が一番かっこいいと思った。
普段の落ち着いた表情とは違い、苦しそうな顔に見える。
「ごきげんよう、ミュゼァ様」
重い体を奮い立たせ、カーテシーをする。そっと指でつまむ様にスカートの裾を取り、一歩足を後ろに引く。丁寧にララがまとめ上げてくれる髪の毛ではないので、顔にかかる。そう言えばネグリジェのままだったことを思い出してしまう。
あの時のオリビア様はとても美しかった。彼の隣に立つのであれば私もあれくらい綺麗にならないと。いや、本来私は王宮に仕えている人の側に居られる訳がないのだ。
「美麗、帰るぞ」
ミュゼァが私の手を取り、明るい方へと連れて行こうとする。周囲は暗く何も聞見えない。
「私の事は気にしないでください。聖女として役立たずの私なんて早く切り捨てないと、ミュゼァ様の信頼が無くなってしまいますよ。あぁそうか。お母様が歴代最強だったから私の事を見て笑っていたんでしょう?力を使いこなせないバカな私を
実際に死を目前にしたら、私は死にたくなかった。生きたかった、悪あがきだと分かっていても。必要とされていないのを自覚しても。
「美麗何かを勘違いしている。俺はお前を支えるって決めている。こちらの都合で召喚してしまった償いは受けるつもりだ」
償い、と呟いてみて納得してしまう。尚更私に必要とされているのは聖女としての存在意義じゃないの。
胸の中に黒いものが巡る。男が言っていたことを思いだす。
『新しい聖女』を作り出した方が早いんじゃないかって。ぎゅっと自分を抱きしめてその場にしゃがみ込む。ズブズブと足先から黒いものの中に吸い込まれていく感じがするけど、それでいい。そのまま苦しまずに消えてしまえれば、誰かの邪魔をする人生じゃなくて生きられる。
「分かったわ。ミュゼァ様今までありがとう。教えてもらったことを何も活かせなくてごめんなさい」
「美麗本当にお前は馬鹿だな」
しゃがんでいる私に覆いかぶさるようにミュゼァが抱きしめる。伝わる体温が私はまだ生きているんだって感じてしまう。
「ごめん、お前の感情により添えて無くて。俺は母さんが聖女だったから、君には幸せになって欲しいって思ってしまっているんだ。俺が居たから母さんは国から逃げることも何もできなかった。命を削って力を発動する魔法は強大な力を産む。それが母さんだったんだ。美麗は命を削らずとも母さん以上の力を出すことが出来る。歴代最強なのは美麗だ」
「魔物に食べられた、それに人を……」
ぎゅっとオズワルドに抱き着く。前聖女の事はミークに聞いていたくらいだった。聖龍に認めてもらっても、上手く力を使えていない私。
ミュゼァの顔が見えるように抱きしめる腕を
穏やかな顔をしている彼にドキッとしてしまう。
「誰にでも初めてはあるのに、そんなに落ち込まないでくれ。俺の指導不足に他ならない。美麗が自分の事を責めるなら、俺はそれ以上に自分を責めなるべきなんだ。それに精神魔法系が使える魔物だと気が付かなかった俺の落ち度だ。悪いのは全部俺だ」
「昨日私は使えないって話しているのが聞こえたの、本当の事を言って」
「美麗は
ミュゼァが私のおでこに触れるだけのキスをする。
「ちょっと、えっと‼」
抱きしめる腕を緩めないミュゼァから距離が取れない私は、キスされたおでこを右手で押さえる。
「母さんが良く俺に魔法を懸けてくれたんだ。愛してるって、大好きだよって言う意味」
「ミュゼァ様いきなりするのはセクハラです」
ふわっと、心の中が温かくなっていく。そんな簡単な事で私の心が救われるなんて、私は欲求不満の塊かしら?
「セクハラ?なんだそれは。君を守りたい気持ちは誰にも負けるつもりはない。直ぐにとも言わないから徐々に俺の事を意識して欲しい」
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