第5話 彼女の距離感
同じ講義を取ってたやつらに、芽愛ちゃんのことを聞かれずいぶん遅くなってしまった。
見上げると、空はもう夕焼け。
芽愛ちゃんは今頃、何をしているのだろうか?
もう帰ったのかな。別れるときに芽愛ちゃんの連絡先をすべて切ったせいで、なんもわからない。
心配しながら家に向かっていると。
正面の電柱の影に隠れてる見覚えのある人がいた。チラチラ俺の方を確認していて、挙動不審だ。
とりあえずその電柱の横まで行き。
「芽愛ちゃんなにしてるの」
「え」
挙動不審だった体がピタッと止まり、苦笑いを浮かべている。
肩に掛けているのは……俺が愛用してるエコバック。
「あの、冷蔵庫に何もなかったからなにか買い出しに行こうかと思って」
「……それ俺の冷蔵庫の話?」
「もちろん」
なんでもちろんなんだ。
隠れて元カレのために買い出し。色々ツッコみたいところはあるけど、善意でしてくれてるっていうのは顔を見ればわかる。
俺もそろそろスーパーに行こうと思ってたし、ちょうどいいか。
「ついてくよ。というか、その支払いは俺がするから」
「え。そう言うと思ったから、夕方に隠れて行こうとしたのに……」
芽愛ちゃんの実家はお金持ちらしく、付き合ってたときもよく奢ってもらってた。いや、強引に奢られていた。
せっかくの相手の好意を無駄にするのは心が痛いけど。
流石に元カノに食費を出させるわけにはいかない。
▶▶▶
「お肉ばっかり買っちゃだめでしょ。ちゃんと野菜とか栄養バランスを考えないと」
「……はい」
なぜかスーパーで芽愛ちゃんから指導を受けている。
こんなこと付き合ってた頃もやった。
完全に彼女の距離感だ。
距離感に違和感を覚えながら、俺は芽愛ちゃんと一緒にカゴに食材を入れていき。
「今日の夜は作るの面倒くさいから弁当にしようかな」
「私作るけど」
「いや、夜ごはんまで作ってもらうのはちょっと。というか芽愛ちゃん、今日どれくらいまで俺の家にいるの?」
「ん? 泊まるつもり」
なんでそんな当たり前のように言うんだ。
「家に着替えないけど」
「一馬くんが大学行ってるとき、お泊りセットとってきたから安心して」
ニコッと明るい笑顔を見せてきた。
泊まる気満々だから、もう何を言っても無駄みたい。
全く。突然家に来たときの、申し訳無さそうに泣いていた芽愛ちゃんはどこに行ったのやら。
「あっ。お菓子は程々にするんだよ」
まだ一個しかお菓子をカゴに入れてないのに、なんでそんなこと言ってくるんだ?
俺、あんまり普段からお菓子食べる習慣ないんだけど。
「食べ過ぎはよくないからね」
もしかしてゴミ袋の中を見たとか?
いやまさか。あの芽愛ちゃんが、俺が大学に行っていないのをいいことにそんなことするわけ……しそうだな。
「な、なに? 私なんか間違えたこと言ったかな?」
「いや別に。たしかに食べ過ぎはよくないなって思っただけ。……ところでつかぬことを聞くんだけど、俺が大学に行ってるとき何してたの?」
「え。そ、そりゃ家でくつろいだり、お泊りセットをとってきたり……。変なことは何一つしてないからね!?」
これでもかというほど目が泳いでいる。
これは確信犯だな。
まぁ、それがわかっても別になにかしようとは思わない。今の芽愛ちゃん、精神的に不安定だろうし。
「とりあえずそろそろ会計行こうかな」
「本当に何もしてないから! ……嘘だけど」
ガッツリ最後に呟いた言葉聞こえてるんだけど。
何をしたのかわからず不安要素を抱えながら、スーパーから出た俺は芽愛ちゃんと一緒に、徐々に暗くなる空を見ながら家に向かった。
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