第4話 あ〜ん
起きたら元カノの頭があった。
芽愛ちゃんは俺の体に抱きつくように寝ている。
「…………」
好きにくつろいでていいよとは言ったけど。
まさか、抱きついて寝るとは思ってなかった。こんなこと付き合ってた頃でさえされたことない。
ギュッと脇腹に抱きつかれているせいで、体の感触が直に伝わってくる。
もしこれからセクハラだって言われても、俺は悪くないからな。
と、そんなことを考えていると。
抱きついていた芽愛ちゃんがモゾモゾと動き始めた。
「ふぁ〜……」
ボォーっとした顔のまま、自分が抱きついているのを確認している。
無意識でやったことなのだろうか。
その腕をゆっくりと、何事もなかったかのようにほどき。
俺にニコッと明るい笑顔を見せてきた。
「よく寝れた?」
「……うん」
「そっか」
どんな言葉を返せばいいのか分からず、二度寝しようかと思っていたとき。
隣りにいた芽愛ちゃんはおもむろに立ち上がった。
「冷蔵庫の中、使ってもいい?」
「ご自由に」
「ありがと。……そろそろお昼だし、お礼になるのかわからないけど何か作るね」
それからしばらくして。
テーブルの上に細長く黄色い食べ物が2つ置かれている。その食べ物の上には赤色のハートマーク。
そう、これはオムライス。
気まずくなりそうだから、なんでハートマークにしたのかは聞かないでおこう。
「ちょうど昼何食べようか決まってなかったし、助かった。ありがとう」
「い、いいのいいの」
少し照れてニヤニヤしてる。
思い返せば、付き合う前に俺の家で遊んだときも同じようなオムライスを作ってもらって二人で食べてた。
料理が上手って知ったの、あれがきっかけだったっけ。
「冷めちゃうから早く食べよ?」
「あ、そうだな」
過去を思い出すと、つい止まらなくなる。
「「いただきます」」
オムライスの味はなんら変わらなく美味しい。
が、さっきから芽愛ちゃんの様子がおかしくて仕方ない。
チラチラ俺のこと見たかと思えば、自分のスプーンを見つめ、物欲しそうな顔をする。
「美味しいよ」
「あ、うん。よかった……」
まだ様子がおかしい。
一体何を欲しがってるんだ?
「あの、あの」
それ以上何も言わず、オムライスを掬ったスプーンを俺の顔の前に出してきた。
……俺は察しが悪い男じゃない。
これは『あ~ん』ってやつだ。
なんでこんなこと、別れた元カノがしたがるんだよ……。付き合ってた頃でさえ、一度か二度したことあるくらいなのに。
「だめ?」
そんなこと言われたら断れないじゃん。
俺は意を決し、口を大きく開けて齧り付いた。
「へへ」
珍しく、芽愛ちゃんの口元が綻んでいる。
こんな甘くとろけた顔、久しぶりに見た。
これで満足したかと思ったが、まだ終わりじゃないらしい。
芽愛ちゃんは次は自分の番だと言わんばかりに、スプーンを皿の上に置き俺の目を見てきた。
これでしないのは不公平だしよくないよな。
「はい」
オムライスを掬ったスプーンを前に出すと、パクッとすぐ食べられた。
「ん〜」
幸せそうな顔だ。
元カレとあ〜んをしてこういう顔をするのはよくわからないけど、幸せそうならそれでいいや。
その後は特になにかするわけでもなく。
美味しいオムライスを味わって食べた。
昼食を食べ、そのお礼としてした片付けをし終えた俺は。外に出る準備をしている。
今日色々あったが、実はこれから大学の講義があるのだ。
「…………」
準備しているところを静かにジッと芽愛ちゃんに見られながらも、し終え。
「じゃあ……」
出ていこうかと思ったが、足が止まった。
芽愛ちゃんのこと、どうしたらいいんだろう?
さすがに俺が家にいないまま、鍵を開けっぱにして外に出られるのは困る。かと言って、家で留守番しててとは言いづらい。
そう悩んでいると、芽愛ちゃんはまるでその悩みがわかっているようにポケットから見たことある形の鍵を出し。
「合い鍵もらってるから大丈夫だよ」
「あー……」
そういえばまだ付き合い始めて熱々な頃、俺の家に頻繁に出入りしてたから渡したっけ。
「じゃあ俺は大学に行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
俺はその言葉とは裏腹に捨てられた猫のように寂しがっている芽愛ちゃんを残し、大学へ向かった。
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