第三話 冴えない爺さんほど喰えない爺さんだったりする
憂鬱な気分だ。
決して闇魔法しか扱えないから憂鬱だというわけではなく、過去の自分がやらかしたことが今になってふりかかってくるのが憂鬱なのだ。
身体のリハビリが終わって約半年、そしてそれから更に半年。
事故に遭ってから丸一年で、俺はようやく魔法の修行に取り組めるようになった。
「それでは父上、行って参ります」
「うむ。粗相のないようにな」
もう手遅れな気はしますが……
一人娘を衆目浴びる場所でボコボコにした挙句罵倒もしたりと散々なクソ野郎だった以前のアッシュ、聞いていますか。あなたのせいで人生計画に狂いがでそうです。
狂いそう……!
「爺、申し訳ないが後は頼むぞ」
「代金を頂いておりますし、所詮は余生を過ごすだけの暇な身でありますがゆえ、お気になさらず。後進の一助になれるのならばお安いものです」
この白金級の爺さんは、半年間魔力を感知したり操る練習とかをしてくれた。最低限の条件として向こうから提示されたのがそうだったらしい。
逆に、闇魔法は一切覚えさせるなという条件もあったそうだ。
娘をボコボコにした生意気な小僧ですよ、こっちは。
一体どんな目に遭うんだろうな……
身震いしちゃう。
「それでは坊ちゃん、行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
馬車に乗るのは久しぶりだ。
病院から帰る時、馬車に乗るのがなんか無性に嫌だったから歩いて帰ったんだ。
父上には驚かれたけど姉上は優しく寄り添ってくれた。
姉上も成人だし、これからはあの家も寂しくなるかも。
一年に一回は帰ると約束したからあまり心配しないでくれるとありがたい。
後ろを見てみると、父上はこちらをずっと見つめていた。
軽く手を振ると、ぎゅ、と手を握り締めてから振り返してくれた。
「……寂しいですかな、坊ちゃん」
「……そうですね。少し」
「大人びたように見えても、坊ちゃんはまだまだ幼い年齢。そう、無理をしなくてもよろしい」
「無理はしてません」
寂しさはあるけど、決して無理はしてない。
……精神年齢、肉体に引っ張られてんのかなぁ。
「……そうですか」
爺は見透かしたように言ってくる。
実際無理はしてないんだけどな。
寂しさはあるけど全然耐えられるくらいだし、魔法が使えないと知った時のアッシュの方がよっぽど無理してた。
そのショックで記憶が戻ったとも言えるんだが……
「半日ほどで到着するので、気負わずに」
「はい。ありがとうございます」
とりあえず年長者の言うことには従っておこう。
日本で学んだ大切なことだ。
気分を損ねるくらいなら頷いてた方がマシだからな。
山を超え谷を超え、いや本当になんか険しい道を通っていって半日。
日が暮れるくらいの時間帯に、やっと街が見えてきた。
「なんだか険しい道のりでしたね」
「ええ。あそこは難路として有名ですからの」
「なぜそんな道を……?」
「年の功、とでも言っておきましょう。何事も経験ですな」
時折出てきた魔物とか一瞬で消し炭になってましたが…
なかなか喰えない爺さんだ。
この爺さんは魔法に対して熱い思いを抱いている、というのは父上とのやりとりで知っていたが、まさに老練といった言葉が似合う男である。
魔力操作に関しては何してんのかわからんくらいで精密だった。
このレベルで上から4番目か……とちょっと絶望するくらいには。
今の俺なんかこの足元にも及ばないレベルだ。
昔のアッシュは現役で黒金級(上から5番目)になれるくらいの強さはあったのにね。逆に強すぎだろ。天才すぎる。今の俺は一体……なんなんだ。もしかして事故じゃなくて優秀な割に生意気すぎるアッシュを殺すために放たれた刺客説あった?
普通にありえるな。
結局王族が出てたっていう大会で優勝しちゃったし。
でも王族っぽいやつと当たらなかった気がするんだが……
過去の俺、割と順当にやらかしすぎ。
「坊ちゃん」
「はい」
「パトリオット殿は5名しかいない聖銀級の1人。階級は覚えておりますか?」
「魔法使いが上から【黄金、聖銀、聖銅、白金、黒金、金剛、翠玉、蒼玉、紅玉、石英】です」
「正解です。つまり上から2番目、現存する最強の闇魔法使いと言えるでしょう」
改めて、とんでもない人に師事を受けるんだな。
そしてとんでもない人の娘をボコボコにした挙句罵倒して泣かせたんだな。あ〜あ、これ全部過去のアッシュが悪いよ。日本人男性の魂も呆れている。
……ん?
ていうかこの爺さん、どうして聖銀級相手に弟子を紹介したり出来るんだ。
白金級だよな。
階級で言えば二つも下だけど。
「ほっほっほ、『冴えない老いぼれががなぜそんな人物に紹介など出来る』……とでも言いたげですな」
「え、エスパー……」
「これも年の功。順当に経験を積んでいけばこの程度のことは出来るようになりますぞ」
嘘つけ。
俺の上司は50すぎたおっさんだったけどそんなこと出来やしなかったし、なんならパワハラセクハラの常習犯だったぞ。
「ちょっとした縁がありまして。少しの間儂の弟子をやっておったのです」
「……もしかして、思ってるよりすごい人ですか」
「ただ長く生きただけの凡人ですな」
信用できねぇ……典型的な信用できないタイプの老人だ、これ。
多分危ない場面で助けに来てくれるめちゃ強い人枠してる。俺にはわかる。
「いいですか、坊ちゃん。才ある人はその才を輝かせる責務があるのだと、偉い人がいうことがあります」
「はぁ……」
「人は、己の一生で培ったものを発揮していく。ない袖は振れない、という諺もあります通り、無理無茶無謀は通せない時がいくらでもあるのですよ」
含蓄の込められた言葉だった。
俺は日本人男性合わせて25年程度しか生きてないから、衝撃的な出来事とかを経験してきたわけじゃない。
でもこの爺さんは違う。
10年前にも大きな戦いがあったんだから、それより前から生きてるこの人はいろんな経験をしてきたんだろう。仲の良い人が死んだり、昨日まで話してた人が翌日には死体になってたり、そういう悲劇がありふれるようなこの異世界で。
思わず、ゴクリと喉を鳴らした。
「だから、備えなさい。己の手札が多ければ多いほど、出来ることが多ければ多いほど役に立つ。無駄なものなど一つもない」
「…………承知しました。必ずや、ご期待に応えて見せます」
「ほっほ、気負わず結構。歳を取ると余計なことを言ってしまい、どうにもダメですな」
いや、それは余計なこととは言わんでしょ。
経験豊富な歴戦の魔法使いがいうことにケチつけるやつなんていないよ。父上? あれはちょっと頭に血が昇ってただけで、よくよく考えればこの爺さんに敬意をちゃんと払ってたわ。
「レオパルド殿は立場もありますからのぉ……軍に所属し部下を持つ階級持ちの剣士と、独り身で孤独に生きている白金級の魔法使い。どちらが偉いかは明白です」
「なるほど……難しい話ですね」
「そのうちわかるようになるものです。そのうち」
そうかな。
そうだったらいいけど。
その後は会話も鳴りを潜め、小一時間ほどで街へとたどり着いた。
ここに、俺の運命を左右する師がいる。
どうか過去の出来事が足を引っ張りませんようにと祈るばかりだ。
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