第四話 世間は狭いし過去のやらかし全部が今になって襲い掛かってくるのが異世界
「おおい、パトリオットや。儂じゃ、サンセットじゃ」
爺──白金級魔法使いサンセットがどんどんとノックを鳴らす。
門番を通過し街の中に入り馬車を預け屋に置いてきた後、街の東側に位置する地点に聳える屋敷へと真っ直ぐ歩いてきた。
おおお……我が家には劣るがかなりの大きさ。
聖銀級より大きな家に住んでる我が一族は一体何? 正直怖いんだけど。もちろんアッシュの記憶にそんな大それたことを成した記憶はないし、そんな大事なことを教えてもらったこともない。
俺が考えてるより父上がかなりすごい人なのかもしれない……
「……おかしいのう。出ぬ」
「連絡はしてあるんですよね」
「手紙を出しておる。返事は来ておったから見ているはずなんじゃが」
その後数分待って再度ノックをすると、今度は扉が開いた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「儂は白金級魔法使いサンセット。パトリオットに弟子入りする者を今日連れてくると約束しておったのだが……」
出てきたのは使用人らしき男性。
ちょっと草臥れた様子で頬がこけてるけど、顔立ちは悪くない。
……ま、前髪が……荒れている!!
そんな……その年で、ハゲ?
なんてことが……そんなに過酷なのか、この屋敷と例のパトリオットとやらは。
帰りてぇ。
「あ、ああ……お話は伺っております。しかし申し訳ありません、少し立て込んでおりまして」
「ふむ……トラブルじゃな?」
「……それは…………」
「下がれ、モルド。私が直接話す」
そして現れた威圧感。
銀色の髪を靡かせた切れ目の女性──ウェッ。
明らかに俺を睨みながら登場した女性はモルドと呼ばれた若ハゲの使用人を下がらせて、爺さんと相対した。
「お久しぶりです、我が師」
「変わりないようで何より。この少年が以前連絡した、アッシュ・レオフォードじゃ」
とりあえず声は出さずに頭を下げておく。
娘さんをいじめたのは俺だけど俺じゃないんです。信じてください。本当の俺はあんな感じだけど今の俺は違うんです! なんの言い訳になってんだこれ、アッシュが本当は性格が悪いことが露呈してるだけじゃねぇか。
ね、年齢相応の悪辣さってことで……説教くらいで許してくれませんかね……
「…………ええ。見覚えがあります」
「ほほう、やはりか」
「はい。
おっと、含みのある言い方だ。
今の俺にかつての輝きがないことは察されたな。
そこらへんの事情もちゃんと話してるんだろうな、この爺さん。もし話してなかったら門前払い食らってもおかしくないぞ。
「…………ふむ、なるほど。わかりました」
え?
数秒俺を見ただけで何かに納得したらしいヴィクトーリヤさんは、そのまま頷いた。
「アッシュ・レオフォード。今から魔法を教える、それを発動して見せろ」
「えっ」
「そうでなければ弟子にはしない。帰ってもらう」
「え、あの……」
「『
は〜〜〜〜〜!?
無理があるが!?
なんだよ深淵って! †
さあ使えってなんだよ。
魔法って固定化されたものじゃねーのか? すでに体系化されたものを使い熟すってのが常識なのは流石の俺も知ってるぞ。
「どうした。使えないならば帰れ」
「……わかりました」
別に?
煽られて悔しかったわけじゃないし。
ただなんか、いきなり理不尽なこと言われて俺も流石に怒りが湧いている。
確かに俺はあんたの娘を泣かせていじめたが、俺であって俺ではないアッシュのやったことだ。それを罰するというのなら甘んじて受け入れるし、償いだってするつもりでいた。
でもいきなりそんな事を言われて怒らないほど俺はできた人間では無い。
そして多少の自負がある。
それはつまり、日本人男性としての最低限のプライドだ。
アッシュのプライドは魔法が使えなくなったことでミジンコレベルまで落ち着いたが、日本人男性としてのプライドはこれまた違う。
こちとら転生者だぞ。
発想力と知識では負けるつもりは一切ないぞ。
な〜にが魔法じゃ! 俺の異世界チートを舐めるなよ!
へそのあたりからブワッと、腹に溜まった何かを手のひらへと集める。
姉上が言ってた言葉の意味を俺も最近理解した。確かにおへそのあたりからブワ〜っだった。ていうかなんなら昔姉上に言っていた事だった。アッシュ、お前大概感覚派だったんだな。
その天賦の才も消えたけど。
書いて字の如く、何もかもを飲み込む闇ってイメージか。
なら必要なのは見た目と効果。
光属性にだって負けない力が相応しい。
えー……使いまくれば身を冒す闇とか、それっぽくね。
闇堕ちしたキャラが使ってそう。
過去に飛んだら英雄が闇堕ちしてて使ってくれそう。
これダークソウルだ!
ダメダメアウトアウト! アウトなイメージになるこれ!
「……………………」
ヴィクトーリヤさんはじっと俺を見ている。
サンセットの爺さんは「ほっほ」と言いながら髭を撫でて余裕の見物である。
ひどいよ、二人して俺のことをいじめて……
俺は女の子をいじめているので何もいう権利はない。
いじめていいのはいじめられる覚悟を持つものだけだ。いやそもそもいじめはダメだけどね。アッシュくんの倫理観は異世界だったけど今は現代日本も混ざってるからセーフ。
「ぬぐぐぐぐ……」
深淵、深淵かぁ。
衝撃波ではない。
やっぱりこう……闇ってのはさ、全てを飲み込む怖さと強さを兼ね揃えたものだと思うんだよね。
光すらも飲み込むからこそ恐怖の対象なのであって、光に弱い闇なんて拍子抜けだろ。
だからこう、理想の闇は。
光を遮り何もかもを飲むこむ黒。
これこそが俺に相応しい闇だ。
うおおおおっ、今の俺めっちゃ厨二病じゃん! でも魔法使ってテロリスト倒して人気者よりはマシだから許してくれ! †闇†を極めし男に俺はなる。
「…………!」
掌に小さな黒い渦が生まれた。
こ、これが魔法……魔力に色がついた?
ただそれだけじゃ納得しない気がする。光を吸い取るようなイメージで、破壊力とかはいらないからとにかく光を飲み込む効果があれば嬉しい。
「これは……」
ヴィクトーリヤさんが何かを呟くが、あいにくそんなものを聞く余裕はない。
集中しないと腕が爆発しそう!
両手の中に生まれた渦が少しずつ大きくなっていく。ふぅ、ひい、魔力を集めて集めて離れて離れて……変な電波受信した。違う違う、集めて丸めてゆっくりと形を作って行って……
「──ほほ、見込み通り」
爺さんが呟いた。
見込み通りってなに!?
魔法を一つも教えられてないから基礎的な魔力要素だけで頑張ってんだけど! 光属性も雷属性も全然使えなくなってて不貞腐れてたから、今混ざってから初めて魔法を発動してるんだが!?
くそっ、大人たちが全然優しくない!
現代日本が恋しい……
現代日本で魔法使いたい。
俺だけが使いたい。
思い出せ、闇を。
修学旅行で剣のキーホルダーを買う俺を馬鹿にした女子たちの目。イケメンが告白される姿を見ている俺の感情。運動会で足が速いやつにぶち抜かれて最下位になった俺。
ハァ、ハァ……こんな気持ちになるくらいなら、心などいらぬ……!
「──そこまでだ」
そして手のひらの中に生まれた闇が膨らもうとした瞬間、ヴィクトーリヤさんに手をつかまれた。
魔力の流れが遮られる。
え、全然何もできなくなっちゃったけど。
あれ、あれれ。
「一時的にお前の魔力操作を遮断している。じきに戻る筈だ」
「そんなことが出来るんですか……!?」
「……師。本当に基礎的なことしか教えてないんですね」
「儂が約束を破るわけがなかろう!」
「あの頃のあなたに言い聞かせてあげたい言葉ですが……まあいいでしょう。アッシュ・レオフォード」
名前を呼ばれ鋭い瞳で睨まれたので思わず身を竦めた。
俺は成人男性には耐性があるが、美人な女性に耐性があまりないんだ。だって元々男社会でばかり生きてたから……こんないかにも出来る感じの女性にはあまり出会いがなかった。
姉上とかでへっぽこな年上女性には慣れてるんだけどな……
「合格だ。お前を弟子にしてやる」
「…………おお」
なんかよくわからないが合格をもらえたらしい。
俺の心の闇は合格だったか。
異世界人からみても合格になれる現代社会の闇、ちょっと深いな。
いつも人の世は闇と隣り合わせということか……クフフ……
いかんいかん。
封印してた厨二病が復活してきている。
俺は凡人凡夫平凡非才。
落ち着いていこう、思い上がってもしょーがない。
俺がすごいのではなくかつてのアッシュ・レオフォードがすごかったんだ。
「よかったですなぁ、坊ちゃん」
「爺。あなたが半年間鍛えてくれたおかげです」
「そんなことはない。あなたの努力と才能のおかげですな」
うーむ、まさに経験豊富な老人ってコメントだ。
そこまで煽てられるとむず痒くなる。
「それで、パトリオットや。トラブルとは一体なんぞや」
「……師に隠し事は出来ませんね」
俺の先生兼預かり人のヴィクトーリヤさんは、険しい表情を崩して苦笑した。
おお、そういう顔も出来るんだ。
あの娘さんに引き継がれてたのか……ああ、罪が重い。頑張って償うので見捨てないでください。
「実は……お恥ずかしい話ですが。娘のエレーナが行方不明になりまして」
「え?」
「……想像していたよりも物騒じゃが」
「行方不明と言っても、書き置きがありました。身内の恥を晒すようで本当に申し訳ないですが、こちらを」
そう言ってヴィクトーリヤさんはサンセット爺さんに紙を渡した。
小さく千切られていて、ノートか何かの切れ端だろう。
それを受け取って見た爺さんは、顎髭を撫でながら「なるほどのぅ」と呟いて、俺を見る。
「お主も見るか、アッシュ」
「え、いいんですか」
「……構わん。お前は切替が早いな」
一応師になってくれたヴィクトーリヤさんに了承を得てから紙を見せてもらう。
ええと、なになに。
丸っぽい女子っぽい字で、そこにはちょっとした文章が書いてあった。
『家出します。あの性格がわるい男の子を追いはらったら帰ります』
……………………。
「えーと、これはつまり……」
思わず言葉を詰まらせた。
これってつまり、要するに。
「ああ。お前のことが嫌いだから家出したんだ」
「うっ、で、ですよね〜……」
「不出来な娘だが、何。決して私は根に持ったりしてないさ。大人だからな。一人娘をお前にいじめられたことなんて覚えてもいない」
あ、あが……あががが!!
にっこりと微笑むヴィクトーリヤさんの笑顔は、先程までの睨みつける視線よりもよっぽど恐怖を感じるものだった。
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