第五話 死そのものが闇魔法だと言うのなら、二度死んだ俺に適性がないわけがないという話
前途多難とはこの事か。
長旅を終え日も暮れ、一人娘であるエレーナが家出した場所はわかっているそうなので明日でいいと言われて俺は屋敷の一室で寝転んでいた。
「どうすりゃいいんだ……」
悩みが解決する気配はない。
だって普通に俺が悪いから。
そりゃ自分を虐めてきた相手が凄い魔法使いの親に弟子入りしてくるとかめっっっちゃ嫌じゃん。アッシュくんさぁ、もうちょっと慎ましく生きてろよな。若い頃調子に乗った奴ほど後になって色々後悔する羽目になるんだぞ。
今の俺みたいに。
えぇ~、どうすればいいんだろう。
とりあえず謝罪はする。
ごめんなさいで許される事ではないかもしれんから、ちゃんと土下座もする。何すれば許してくれるんだろう……いや、虐めたことに対して許してくれという事がそもそも浅はかなのでは?
そもそも許してくれるわけがない。
皆の前で負かした上にプライドもズタズタにしたんだから恨まれている。
うん?
そうなるとヴィクトーリヤさんが俺の事を弟子にした理由がわからないな。
娘との遺恨を残すと分かっていてなお俺を弟子にする理由……
あえて手の内に抑えて虐めるとか。
ありそうだ。
あの人普通に怒ってたから。
当たり前だよね、大事な一人娘を虐めるような男を許すわけがないよな。前のアッシュくん性格悪かったし……あまり気持ちのいい男ではなかった。
その自覚が今はある。
「もしそうだとしたら……」
あの試験はそもそも落とす気でやった。
それなのに多少魔力を操った俺を見込みありと読んで受け入れた……?
なんかしっくりこないな。
「魔法に対してストイックな人なのか?」
聖銀級──上から2番目まで至ってる人なんだしその可能性はある。でもサンセットの爺さんをあんなふうにそこそこ慕ってる感じから察するに、魔法だけが至高って極端な人じゃ無いだろう。
それでいて、不遇であまり好かれてない闇魔法使い。
かなり尖ってる人だ。
──コンコンコン、と扉が叩かれた。
思考を中断して、俺はそちらへ足を向ける。
「はい」
「食事の準備が出来ました。食堂までご案内します」
「わかりました」
アッシュ(5歳)なら尊大な態度を取っていたかもしれんが、今の俺はアッシュ(日本人混じり)だ。
もちろん社会人の一人だった記憶と経験があるので、そこらへんの礼儀作法はある程度は問題ない。でも貴族社会は馴染みがないから学び直した。
父上は泣いて喜んでいた。
前髪が既に後退しているかわいそうな使用人が俺の出迎えらしい。さっき迎えにきてくれた人だから、ええと確か……
「モルドさん……でしたか。わざわざありがとうございます」
「……いえ。これからお世話することになりますから」
「はい。お手数おかけします」
ペコリと会釈してくれたが、絶妙に反応は良くない。
……うん。
まだ気のせいかもしれない。
でももし
日本人としてあの空気感を生きたからこそわかるもんがある。
食事は大変美味だ。
俺の実家で出てたものと大差ない。
そして部屋も広い。
聖銀級と同じくらいのレオフォード家は本当にどうなってんだって話だが、父上階級詐称とかしてないよな。
「舌に合うか?」
「はい。これほどのものをいただけるとは思ってもおりませんでした」
「世辞はいい。お前の家……
えっ。
やっぱ俺の父上とんでもない人なん?
まあ確かに時々見たことない勲章つけたおっさんとか爺さんとか来てたけど、アッシュくんが興味なかったっぽいからな……
剣より魔法って感じの現代っ子。
そりゃあれだけ才能あれば魔法に振り切れるよね。えーと、なんて言ったかな。成功体験によるその分野に対するなんとかが、え〜……
忘れた。
浅く広くかき集めた一般人の知識じゃそりゃ役に立たんわな。
「はは……父上は確かに偉大な人ですが、家では等身大の人物でしかありません。先日も、俺の魔法適正について憤慨していたほどです」
「……憤慨、か。さすが、
あれ?
俺また地雷踏んじゃいました?
明らかに会話が険悪な方向に寄って行ってる気がする。
え、いやでもさ。
いくら逆張りでも闇魔法に対して悪いイメージを持つ貴様らなど全て悪! って発想は持たないだろう。だから多分今の言葉の意味は、父上の思想云々じゃないか?
これ父上過去に何かあった?
ふー……
いい解決方法は全く見つからない上に、次々過去のやらかしが見つかってゲンナリしちまうよ。
やっぱあの時徹底的に叩き潰して……あ?
危ない危ない。
アッシュ(5歳)は蘇らなくていい。
悪いことをしたら謝る、そしてその謝罪を受けるかどうかは向こうの勝手。
勘違いしたらダメだ。
そして焦ってもだめ。
今の俺の立場はなかなかに終わっている。
かつて一人娘を試合で痛めつけた上に闇魔法に対しても典型的な差別意識を持っていた子供。それが光と雷魔法を失って闇魔法適性を手に入れたからと都合よく頼ってきた。
そして一人娘は、その男を追い出さないと家に帰らないとまで宣言している。
ふふっ、受け入れてもらえたの奇跡じゃん。
ここで開き直れるようなバケモンじゃないからさ、俺。
自分が嫌われてることくらいは察せるワケ。
なかなかキツイことしてくれるぜ、サンセットの爺さんも。
「闇魔法は、この国において忌避されている。……それはお前も知っているな」
「はい」
なんてったって前の俺がそうだったからな〜!
国随一の闇魔法使いの一人娘を試合でボコボコにして闇魔法をバカにしまくった挙句言葉ですら虐めてた男だ、面構えが違う。
ハァ……過去のやらかしがずっと襲ってくる。
悪役転生する人ってすげーな。俺だったら理不尽すぎて耐えきれねーわ。
今の状況は確実に過去の
だが過去は変えられない。
思い出す前の俺だったとしても、俺は俺だ。
そこを履き違えるつもりはない。
「闇魔法は弱い。光に消され、雷に穿たれ、炎に勝てん。欠陥だと言ってもいい」
「それは……」
「事実だ。お前もそう言っていただろう」
「……はい」
言ってました。
一年前の俺が間違いなく言っていました。
あ〜〜めっちゃガッツリ覚えてるじゃんこの人! その場で俺のこと叩き潰してくれればよかったのに! そうしたらもっとマシなアッシュくんが出来てたかもしれないのに!
「だがそれはあくまで雑魚の話にすぎない」
「……はい?」
「聖銀級に至る者に雑魚はいない。ゆえに、まずは最初の授業といこう」
え、え、ちょちょちょ。
まだご飯食べてるんですけど。
あ、なんか魔力がどんどん高まってませんかヴィクトーリヤさん?
カチャン、と音を立ててフォークを皿に当てた刹那──視界を、暗闇が包み込んだ。
何も見えない。
何も感じない。
匂いも、肌の感覚さえ。
時間の流れも。
「今、お前から聴覚以外の全てを奪った」
聴覚以外の、全てを。
手が動いているのかどうかすらわからない。
う、わ。
この感覚、覚えがある。
これは確か、あの生き埋めになった時。
それと……全身痛くて、吹っ飛ばされたような、あの時の感覚。
車に轢かれて死んだ前の俺が、最後に味わったやつだ。
「闇とは、それそのものが恐怖であり畏怖。人間が最後に迎えるその感覚こそが、闇魔法体得の極意」
何もかもを失った世界で、ただヴィクトーリヤさんの声だけが響く。
「闇魔法とは、死そのもの。お前に乗り越えられるか?」
薄暗い。
肌寒い。
不安と恐怖感だけが増していく世界で──俺は、ひどく落ち着いていた。
確かにこの感覚は怖い。
何度味わっても慣れることはない。
急に哲学的な話になったが、おそらくこれが【聖銀級】のヴィクトーリヤさんの世界なんだと思う。
こんな世界で光を見出すなんて無理な話だ。
相性もクソもない、圧倒的な世界。
ゆえに、雑魚の話にすぎないと切り捨てた。
────一切問題ない。
何故なら俺にはこれしかないから。
光も雷も失って、魔法使いとしての道はこの
それなのに唯一残った武器を怖いからと逃げ出すなんて、愚か極まる。
一度死に、そしてもう一度死に至った……と思っている俺からすれば、このくらい覚悟の上だ。
ヴィクトーリヤさんが何を求めているかは知らん。
俺のことを嫌っていて、ただ意地悪をしているのか。
俺が情けなく逃げ出すことを期待してこんなことをしてるのか。
父上のことが気に入らないからその息子である俺もついでにやってるのか、魔法に熱心なだけなのか。
いやまあ単に娘に最低な事をしたクソガキって認識なんだと思うけどさ。
そんな複雑な考えは全部どうでもいい。
俺は死にたくない。
もう二度ととは言わんが、次こそは老衰で死にたい。
緩やかな死を迎えるためにも、大戦で戦わなければいけないこの世界で生き残るためには──強くならなくちゃいけないんだ。その手段はこれしか残されてないんだから、そりゃ必死にもなるぜ。
悪い事をしていた自覚はある。
それを反省し罪として償う覚悟もした。
それはそれとして、死にたくないから強くなろうって腹積もりではある。
必ず死ぬと書いて必死と読む。
隣人とまでは行かないが、この世界で最も俺が近い場所にいる自負がある。
魔力の感覚を思い出せ。
へその中心から込み上げてくるあのむず痒い感覚を。
ただ死を待ち受けるだけだったあの頃と違って、俺には今明確な武器がある。
魔法。
素晴らしい力だ。
かつての光と雷は失ったが、代わりに闇が手に入った。
「──……バカな」
ヴィクトーリヤさんの呟きが耳に入る。
闇は光に弱いが、それなら闇と闇がぶつかり合えばどうなるんだろうな。
俺の闇と貴女の闇、どちらが強いか鍔迫り合いで勝負しようか!?
なんてな。
勝てるわけがない。
相手は聖銀級で、俺は今階級なしの雑魚だ。
それでいい。
だけどこれが闇の本質だっていうのなら、よかった。
「────俺の得意分野だ」
闇が晴れた。
差し込む照明とまだ暖かいままの料理。
どうやらそれほど時間は経ってないようで、ヴィクトーリヤさんは驚きを隠さない表情で俺を睨んでいた。
「お前は……そこまでのモノを、なぜ」
「ヴィクトーリヤさん」
「っ……!」
光も雷も失った。
剣で父上に追いつけるわけがないのは、アッシュ自身が理解していた。
俺の才能は魔法なのだと、魔法にのみ救いがあるのだと理解していたから、余計傲慢になった。
周囲を威圧し、己の価値は高いのだと信じ込まねばやってられないほどに圧倒的な男だったからだ。
かつてアッシュは天才だった。
ゆえに、わかったことだった。
今の俺は天才じゃない。
だから聞こう。
「俺は、闇魔法に向いてますか?」
そして、父上を追い越せるのか。
アッシュくんも中々コンプレックスに塗れた生活を送っていたらしい。
光あるところに闇があるとはよく言ったものだ。
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