第二話 闇と光は表裏一体とはなんだったのか


 前回のあらすじ。

 どうやら俺は闇魔法以外扱えないらしい。

 以上。


「ヤブ魔法使いめ! 二度と敷地を跨げぬようにその足を切り落としてやろうか!」

「落ち着いてくだされ。そのようなことを申されても儂に出来ることなど、闇魔法を伝授することしか……」

「闇魔法等覚えて何になる! 光魔法に対し絶対的な弱さを持つ、あんな欠陥属性……!」


 父上は大変お怒りだった。

 以前のアッシュくんの記憶だと確かにそのようなイメージが強い。

 光属性と雷属性を巧みに操る(年齢相応の強さ)アッシュくんを相手に、闇属性を操っていたのは一人しかおらず……ていうかその一人以外一度も見てないかも。


 その一人もアッシュくんの手によってボコボコにされている。 


 不遇属性ってわけね、なるほどなるほど。


 一般日本人男性の魂としては不遇からの成り上がりテンプレ来た! と喜んでいるが、5歳現地人アッシュくんとしてはやば……終わった、という印象で別れている。


 その複合体である今の俺からすると、やや不満と言った形かな。


「光は愚か炎にすら完封される様な属性しか扱えぬなど……!」

「父上、すこしよろしいですか」


 あったまった状態の父上に声をかける。


 父上は階級を持つ強い剣士だ。

 上から数えて4番目、【剣練】を授かっている。

 魔法にも造詣が深く、10年ほど前にあったある組織との戦いで多くの魔法使いを殺害したらしい。

 怖いね、異世界。

 下手なこと言ったら俺も切り捨てごめんなんじゃないだろうか。


 父上は俺のことをキッと睨みつけつつ、寄った眉をほぐすように頭を抑えた。


「……どうした、アッシュ」

「いえ。起きてしまったことは仕方ありません。ゆえに、どうせならば闇魔法を究めてみようと思います」

「ならん! 闇魔法を習得する暇があれば剣を振れ! 俺はお前に光の才を見たから魔法を許したのだ、それを忘れたか」


 あ、そうでしたっけ。

 いかんいかん、アッシュくんの記憶楽しいことが大半だったからそう言う話をスルーしてたな。また記憶整理しないと。


 それはそれとして説得は諦めない。


 だってせっかく異世界に生まれ落ちたのに魔法を使えず剣一本なんて勿体無い、と日本人男性の魂が言っているのだ。あの何もない世界を垣間見たアッシュくん(5歳)もそう思っている。


「忘れるはずがございません。しかし、闇魔法もれっきとした魔法の一つ。確かに光と雷属性に比べれば見劣りするのは否めませんが、俺はそれを以て己の証明をしたいと思っています」

「ぬ、ぐ…………言うようになったな、アッシュ」

「父上の背中を見て育ちましたから」

「そうか……だが、しかし。闇魔法だけは認められん」

「父上……」


 我が父ながら頑固な人だ。

 でも決して柔軟な考えが出来ないわけではない。

 へい、アッシュくん! 君のお父さん、なんでこんなに闇魔法が嫌いなんだ。


 知るわけないよな。

 俺が知らないんだし。


「なぜですか、父上。俺は納得出来ません」

「アッシュ。お前も知っているであろう、この国の生い立ちを」

「それは……もちろん」


 グローリア聖王国。

 俺たちが今住んで国の名前だ。

 名が表す通り光信仰がとてつもなく、光魔法を扱えるものはそれだけで優秀だと認められるし、その頂に登り詰めればこの国の象徴である王族から栄誉を授かることすら出来と言われていた。


 事故に遭う前のアッシュくんは中々不遜な性格をしていたが、この国に生まれた者らしく光魔法に対する憧れは強く抱いていたらしい。


「闇魔法は……かつてこの国を襲った厄災が生み出したものだと言われている」

「旦那様! それは根拠のない学説でしかなく、現在では否定されつつあるものでございます」

「黙れ! 雇われの白金級如きが知ったような口を効くな!」


 ああ、なるほど。

 そういう話があるから父上は闇魔法を否定していたんだな。

 確かに、唯一闇魔法を扱っていた少女はかなり周囲から剣呑な雰囲気で見られていた記憶がある。


 アッシュくん自身もそこそこ強い言葉で罵倒していたし、なんなら泣いていた。


 アッシュくん、もしかしなくても性格がそこそこ悪かったらしい。


「闇魔法とて魔法の一つ! 技術に罪はありませぬ!」

「それ以上口を開くな! もう一度口を開いた際には、その首跳ね飛ばしてくれよう!」

「いくら【剣聖】に至ったレオパルド様だとしても、そのお言葉には従えません! 訂正を求めますぞ!」

「貴様ぁ……!」


 剣を抜いた父上、杖を握った魔法使い。


 なんでたかが魔法を決めるだけでこんなことになってんの? 


「父上、剣を納めてください」

「アッシュ! お前は口を挟むな!」

「いいえ。もう一度言います──剣を納めてください」


 子供の前でそう言うことするなよ。

 教育に悪いだろ。


 そもそも魔法適性が死んでることにはそこまで思うことはない。


 事実、一度アッシュ・レオフォードは死んだのだろう。

 あの大事故──移動中の馬車を襲った、急な土砂崩れ。

 土と岩に飲み込まれ息もできず死を待つだけだったアッシュは、確かに一度そこで呼吸を止めた。


 だが生きていた。

 目が覚めた時には日本人男性の記憶があって、アッシュと人格が混ざり合いぐちゃぐちゃになっていた。


 だから、俺はその魔法適性の変質に思い当たることはなくても、納得はする。


 光属性と雷属性を操っていたアッシュは死んだ。

 代わりに、厨二病の日本人男性とアッシュの混ざり物が誕生した。


 闇と光が交わり最強に見えるとはなんだったのか。

 闇と光が交わって最終的に弱体化してんだよなぁ…… 


「俺は闇魔法を学びます。俺には、魔法しかないのだから」

「……アッシュ…………」


 光属性も雷属性も扱えなくなった。

 もしも混ざり物でないただのアッシュだったら、自暴自棄になっててもおかしくないくらいショックを受けていると思う。幼いのに人生を否定されたのと同じだからな。

 成人してる日本人男性の人格が諦観と現実を受け入れると言うことに慣れていたおかげで耐えている。


 だが、俺はアッシュ・レオフォード。


 この世界に地に足つけた、一人の魔法使いを目指す少年だった。


 それは今でも変わらない。

 たとえ現代日本の記憶があっても、働き続けることの切なさを知っていても、生きることの大変さを理解していても。


「父上、どうかお許しを。俺は、俺には、魔法しかないのです」


 だって剣振るうとか俺には無理だし。

 人を殺す感触とかも味わうんだろ。

 無理無理絶対無理! 

 もう足ガクブルしてその場で倒れ込んじゃうわ。


 それにそんな強かったら戦争で前衛とかに回されそうだし、それは勘弁して欲しい。日本人男性とアッシュの分合わせて二回死んだだけでもう一回死にたいとは思ってないんだよ。


 そう。

 俺はアッシュ・レオフォードだが、それはそれとして日本人男性の価値観も持ち込んでいるため、人殺しとか決闘とかざまあとか異世界あるあるはそこまで望んでないのだ。

 そこまでして他人を害する暇があったら自分が幸せになりたい。


 そんな俺の思いが通じたのか、父上は剣を力なく落としてから、はあああぁ、と大きなため息を吐いた。


「…………どうしてもか」

「どうしてもです」

「俺の剣では、不満か」

「剣より魔法がいいです」

「なぜだ」

「かっこいいからです」

「かっ…………」


 父上は目を見開いて絶句した。


 ここは正直に答える他あるまい。


 日本人男性として、異世界転生したらとりあえず魔法を学ぶのはテンプレで様式美。剣を振るうだけなら剣道とか剣術もあったけど、魔法はさすがに存在しなかったからな。

 俺も長い詠唱唱えて『な……まさか並列詠唱!?』とか詠唱すっ飛ばして『無詠唱!?』とかやりたい。


「そ……それだけの理由で? かっこいいから、魔法を?」

「8割くらいは」

「ほっほっほ! 男の子ですなぁ」

「だ、黙れ! ぐ、ぐぬぬ……」


 アラサー手前のおじさんがぐぬぬと言っている。


「そうか……かっこいいか、魔法は……」

「はい。光と闇が混ざり合い最強に見えるとか言いたいです」

「なんだって?」

「複合魔法に興味があるとは……いやはや、才が失われなかった世界を見てみたかったものです」

「ないものは仕方ありません。光はこの国にありふれてますから、俺が唯一の闇になって見せましょう」


 光も闇のある場所でしか輝けないんだぜ。


 うむ、そう思えば俺は唯一無二な気がしてきた。


 光溢れる世界で唯一闇魔法を扱い対抗する俺、不遇な闇魔法で成り上がります。


 いけそうじゃん。


「……思うところはあるが。アッシュよ」

「はい」

「お前は闇魔法を学び、何を得たい」


 得たいもの……

 特にないけど。

 強いて言うなら多少の名誉は手に入れてみたい。

 以前までのアッシュくんは同年代でもそこそこ最強格だったけど、今はもうすっかり落ちぶれてしまってる。


 死んだのが先か、それとも混ざったから死んだのかはわからないけど、その責任くらいは果たしたい。


 ゆえに、俺が得たいものは……


「同年代で最強の魔法使いになりたいと思います」

「…………なぜだ?」

「以前までの俺がそうだったからです。事故や環境を言い訳に、負けたままでいるつもりはありません」


 アッシュは不遜なやつだったが、それ以上に努力もしていた記憶がある。


 他人にも自分にも厳しい。

 齢5歳のくせに一日中魔法をこねくり回してるようなこともあったからな……日本人男性の混ざった俺が追いつけるかはわからんが、過去の自分を追いかけるくらいのことはやりたい。

 そこにやはり、俺の責任があると思う。


「…………そうか……」


 俺の言葉を聞いて父上は腕を組み、たっぷり5分ほど何かを考えてから呟いた。


「……許す。ただし、条件がある」

「なんでしょうか」

「途中で投げ出すことは決して許さない。お前は、その闇魔法を用いて必ずこの国で一番の使い手となれ」

「はっ! 承知しました」


 無理だが? 

 闇なんで光をちょこっと当てられただけでブワワ〜〜! って消えてくのにどうしろと。

 水には負けないかもしれないけど光と炎と雷はマジで無理。


「爺。先程は失礼した」

「いえ、こちらも年甲斐なくはしゃいでしまい真に申し訳ない。それで、儂から一つ提案なのですが……」


 家族の会話だと割り込むことをしてなかった空気の読める爺さんは、何やら面白そうな表情で顎髭を撫でつつ言った。


「儂の知る限り最高の闇魔法使いを紹介しますぞ。そちらでの修練は如何か?」

「おお……! 環境に文句は言わないと言ったな、アッシュ」

「あ、はい。でも最高の環境でいいんですか?」

「何、そのくらいのことは協力させろ。俺は父親だぞ」

「父上……」

「……事故以前と事故以降でお前は変わった。良くも悪くも、以前までのお前とはまるで別人だ」


 えっ!? 

 マジで? 

 で、でも確かに前までのアッシュくんなら悪態の一つでもついてそうだな……さっきまでの会話で。


 年齢相応に調子に乗ってたのは否めない。


「何がお前をそこまで変えたのかはわからない。だが、俺はその変化を嬉しく思う」

「……はい。ありがとう、ございます」


 うっ。

 実は見知らぬ異世界の男性が憑依して混ざったからなんてことは口が裂けても言えない。

 ちゃんとアッシュの記憶もあるし、ていうかアッシュ本人であるという自覚はあるからこそ余計言い出せない。父上の愛情は確かに感じるのだ。


「…………お前はお前の道を歩め。俺はそれを全力で応援しよう」

「……父上。ありがとうございます、本当に」


 頭を撫でられた。

 ぐ、ぐうっ。

 ゴツゴツしている。

 でもなんだろ、頭を撫でられたのなんて久しぶりだな。 

 精神年齢25歳(合算)なのにこんな風に撫でられて嬉しいなんて、ちょっとやばいか。


「爺。詳しい手続きはまた改めてやるが、その者の名を聞いてもいいか?」

「ほっほ、構いませぬ。彼女・・はヴィクトーリヤ・パトリオット」


 …………ん? 


 なんか聞き覚えがあるような、ないような……


 パトリオット、パトリオット……

 …………あ? 


 あれ? 

 なんか俺、その名前の人と戦った記憶あるけど。

 それもそんなに昔じゃない、事故に遭う直前の試合で……


「一人娘のエレーナ・パトリオット嬢のことは覚えていますかな」

「あ…………」


 あ、ああ……

 闇魔法使い。

 その一人娘のエレーナ・パトリオット。


 おい!! 


 その女の子もしかしてさぁ!! 


「思い出しましたか。そう、坊ちゃんが試合で活躍した際の対戦相手でございます」


 俺がめちゃくちゃボロクソ言って泣かせちゃった闇魔法使いの女の子じゃねーか!!! 

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