闇と光がそなわり最強に見える
恒例行事
一章 過去の蟠りは早く解決すればするほどいい
第一話 天性の才と引き換えの転生
──俺、転生したっぽくね?
5歳の誕生日に大怪我を負って全治三ヶ月の重体になった時に、俺はふとそう思った。
いやなんか本当に、唐突に頭の中に記憶が湧いてきたのだ。
なんかよくわかんない高層ビル、車、学校、友達、親、自分。
それらが詰まった大体20年前後の記憶がブアアアッーっと流れ込んできて、目が覚めたら病院だった。それも日本じゃない、なんかよくわかんない設備の整った部屋。
思わず言っちまったよね。
──知らない天井だ、って。
「アッシュ、どうしたの? 突然天井を見上げて……」
「シミの数が気になってしまって……」
「そう? 綺麗だけど」
「あ、あー。虫だったかな、ハハ、アハハ」
いかんいかん。
今の俺はアッシュ・レオフォード。
なんか前世っぽいよくわかんない記憶が流れ込んできたけど自我も人格も幸い変わることはなく、多分大人の俺はこんな感じなんだろうなって印象に収まった。
以前までのアッシュ・レオフォードが少し大人びた程度で収まってるはず。
「やっぱり事故の後遺症があるんじゃ……」
「か、かもしれない。大事故だったらしいし」
「そうだよ! もう本当に心配だったんだからね?」
「それについては申し訳なく思っています」
「大袈裟な言い方だなぁ……」
そう言いながらリンゴを器用に指で剥いているのは姉の────うん、なんかおかしいかもしれないけど落ち着いて聞いてほしい。
指で剥いているのだ。
指でするするシャリシャリと音を立てながらみずみずしいリンゴが、赤い皮からその実を外へと晒していく。
「…………ん? もう出来るからねー」
「あ、うん。いつ見てもすごいなって」
「私なんかよりアッシュの方がすごかったんだよ? ──魔力操作も魔法も」
そう。
なんとこの世界には魔法が存在するらしい。
それに魔力という概念も存在する。
我が姉はリンゴの皮を剥くのに魔力を利用しているほどの器用さを持ち、一方事故に遭う前のアッシュ・レオフォードくんはそれはもう凄まじい魔法の天才だったらしい。
俺?
魔法は愚か魔力なんてもの感じ取れないけど。
「事故で感覚がおかしくなっちゃったってお医者さんは言ってたけど……リハビリ頑張らないとね。私も協力するし!」
「リハビリ……うん、リハビリ。頑張る」
アッシュ・レオフォードの記憶と謎の日本人男性の記憶。
果たしてどっちが正しいのかとたまに迷うけど、断言出来ることはある。
日本人男性として生きていた20年の記憶より、5年しか存在してないアッシュの方が楽しく満ちた生活をしている。
だから俺はアッシュ・レオフォード。
日本人男性には哀悼の意を表しつつ、このまま俺の知識として振舞わせてもらうさ。
やっぱ農業か。
米と芋でいつも通り無双するのがベターか?
日本人男性は日頃からこういう妄想をしていたらしく、いざって時に転生したら『ちーと』を編み出そうと苦心していたそうだ。
農業政治料理科学宗教武道勉学知識全般。
多岐にわたるその内容は浅く広く齧っただけの適当なもので、まあぶっちゃけて言うと、全然役に立たない。ちょっとした現代医学があるから煮沸消毒とかの知識はあるが、それくらいならこの世界にもある。
つまり、謎の日本人男性の記憶は全く役に立ってないのだ。
なんなら魔法の感覚を失ったからデバフされたようなもの。
本来のアッシュ・レオフォード。
君には同情する。
俺はアッシュ・レオフォードだけど、どうにも混ざっちゃった感は否めないからな。
当面の目標は魔力を操る感覚を思い出すことだ。
「姉」
「姉て……お姉ちゃんでいいよ?」
「いやそれは恥ずかしいからやだ。魔力ってどう使うの?」
「うーん……なんかこう。おへそのあたりをぐわーッと……」
「なるほどわからん」
臍のあたりをぐわーッてなんだよ。
俺がぐわーって言いたいよ。
グワッグワッ!
鴨じゃ魔力は使えないか……
「こうなったら宗教を興すしか……」
「何とんでもないこと言ってるのかな!?」
「止めないでください。俺は不労所得が欲しいんです」
「ふろ……? 働かずに収入を得たいってこと?」
「よく分かりましたね……」
「難しい造語を使ってるアッシュが言ったら嫌味みたいだよぅ」
よぅ、じゃねぇんだよ。
アンタ今年で15だろ。
もう成人が近づいてるのにその口調は痛いって。
「今失礼なこと考えなかった?」
「我が姉はかわいいなと思っていたところです」
「そっか〜、アッシュはいい子だねぇ」
「ぐむっ」
姉はなんだかんだ15歳で成人間近なので第二次性徴期の真っ只中だ。
それはもうちゃんと成長しているので、身長も俺の倍以上あるし、身体はすごく整ってるし、おっぱいは絶壁だ。
肋骨と胸部が拮抗しているとこうなるんだな……
俺は慈愛の目で姉を見た。
「……ね、やっぱりなんか失礼なこと考えてない?」
「いい匂いがします」
「あ、わかる? シャンプー変えたんだよね」
「彼氏さんは喜んでた?」
「別れたんだ、昨日」
「あ……切ないね」
「うん……切ないよ」
しんみりしちゃった。
姉がカットしてくれたリンゴを口に放り込む。
お見舞いはフルーツという概念があるけど、これって元々なんなんだろうな。
いやまあ美味しいからいいんだけど。
科学力は現代ほど発達してないけど、幸いなことにこの世界には魔力とかいう謎概念があるから、そのおかげで……なんか中途半端に発展してる。
このフルーツは魔力で無理やり品種改良した甘さ特化のリンゴだそうだ。
「チョコレートみたい」
「酸味が全くないってどうなってるんだろうね……」
すげーな魔力、なんでもありじゃん。
こんな万能な力が現代日本にあったらな〜!
戦争待ったなしだな。
戦国時代が本当の魔境になっててもおかしくない。いやだよ俺、第六天魔王が本当に魔王で城落としとかしてたら。伊達政宗も真田幸村も青と赤の謎エネルギーを発してたりしない筈なんだ。
この世界ならあり得そうだな。
地図見る限り異世界だけど。
「あ、ごめんバイトの時間だ。そろそろいくね」
「見舞いありがとう。姉も達者で」
「何その挨拶……明日もくるから! あとちゃんと姉はやめてね! 日替わりで変えて!」
バイバーイ、と言いながら姉は外に出ていった。
ふむ……
アーニャオルタナティブはウケがよくなさそうだな。
日本人男性はSNSで『政治に詳しいアーニャbot』とやらを運営していたが、あれを真似るのは失敗だった。
父、母、姉、弟、犬、乳。
悪くないと思ったんだが……
アッシュ知ってるよ。アーニャの真似をするのはあんまり良くないってこと。
「アッシュ! 元気してるかっ?」
「うお、出たな謎の女」
「失礼なやつだ……淑女に対してそんなこというもんじゃないぞ」
「淑女……はは、そうだね、淑女だ」
「ぶちのめされたいか?」
殺意のこもった瞳で見られたらブルッちゃうよ。
この金髪金目の謎の女は入院中の俺ととある出来事で仲良くなって以来なぜか他の病室で入院中なのに訪れまくる本当に謎の女である。名前も知らないし号室も知らないけど一方的に押しかけてくる。
一応アッシュの実家も金持ちっぽいし、そこそこいい病院に入ってるから一般的な爺さん婆さんが一杯いるところとは少し違うから、このお嬢さんも金持ちなんだろうな。
ありがとう見知らぬ日本人男性。
あなたの価値観はかなり役に立っています。
「淑女って中庭で木剣を振り回してたりするの?」
「時と場合によってはしている。私の母もそうだった」
「そうなんだ……アッシュショック」
「おお。そういうへんなことを言わせたらピカイチだな、アッシュは」
それ褒めてないよね。
日本人男性が囁いている。
『これは高度な皮肉だよ』って。
そっか……やっぱそうだよね。
アッシュ(5歳)もそう思うよ。
「泣いた」
「うわわっ! と、突然どうした?」
「え、皮肉が悲しくて」
「皮肉……?」
「あ、ごめんなさい。謝ります」
「??」
どうやら日本人男性の知恵のせいで無駄に泣くことになったようだ。
許せねぇ……おのれ日本人男性!
自分を呪って何になるんだか。
「それでな、アッシュ」
「はい、なんですか謎の人」
「その、だな。実は私、明日で退院することになったんだ」
「ほう! それはめでたい」
入院してそのまま亡くなっちゃう難病とかじゃなくてよかった。そういう話に弱かった日本人男性の魂を引き継いでしまったから、直面したら滝の如き涙を流す自信がある。
24時間テレビで号泣するタイプ。
「それでその……わ、私の名前を、聞いてもらおうと思って。ちょっと時間をくれるか?」
「え? 別にいいよ名前くらい」
「……………………」
どうせしばらく退院出来ないし、俺は退院してもどこかに遊びに行けるほど余裕がないし。
魔法の天才とかって言われてたのはアッシュくんの記憶で確認してるが、それすなわち魔法をまともに扱えない今の俺はなんなんだって話になる。
退院したらリハビリという名の拷問が始まるんだろうな……
それを考えると憂鬱だ。
今だけ日本に帰れたりしないかな?
「……わ、私のことなんて、どうでもいいか?」
「そういうわけじゃないけど……だって俺のこと知ってるじゃん。また来てよ」
どうせ暇だし。
怪我が治るまで後一月くらい必要な上に、その間は身体を動かすことも禁じられてる。
日本人男性の記憶曰く、めちゃんこ大変なリハビリとトレーニングが待ってるそうだ。いやだ……鬱だ……不労所得……魔法開発したりしたら印税入らないかな。
このお嬢さんが何者か知らんが、後ろからめちゃくちゃお付きの強そうな人見てるからね。
剣持ってるし。
なんか枯れたおじさんみたいな人が『小僧、お前は何も言うな』と言わんばかりの視線で睨みつけてくる。これなのに堂々とお嬢さんと交友を続ける宣言するのはまずい気がした。
「……私のことを知って欲しいんだ。だめ、か?」
「あー……そういえば前のあの時、中庭で初めて会った時のこと覚えてるか?」
「? うん」
よし、おじさんの視線が弱くなった。
話を逸らせというオーダーに従いますよ俺は、げっへっへ。
アッシュ・レオフォード5歳はまあまあ尊大なやつだったが、日本人男性が混じった結果会社の上司に対する媚び方まで身につけてしまった。もう無敵だろこれ……
「あの時勢いでなんかすごいこと言ってたよな。なんか『私の部下にしてあげる』とかなんとか」
「う゛! あ、あんまり蒸し返さないでくれ、顔から火が出そうだ」
「急に名前を教えたいって言い出したのは、あんまりここに来れないからか?」
「…………そうだ。私は正式に家督を継がなくちゃいけない。だからもう、自由に動けないんだ」
おじさんの視線が鋭くなった。
はい! 全部忘れるので今はその剣から手を離してくれませんか?
「それじゃあさ。俺のことは知ってるだろ」
「…………ああ」
「俺が退院して、大人になった時。その時まで俺のことを覚えてたら部下にしてくれよ」
俺の不労所得の夢すら叶わなかったらあなたの犬になります。
うう、不労所得、ニート、無職……
この世界でそこそこのお家に生まれてしまった結果、俺は貴族社会に少しは馴染まなければいけなくなった。
姉上はそういう世界から遠い場所にいる。
勉強が死ぬほど出来なかったらしい。
だからバイト生活してんだよな……
「そっちの方がなんかエモいし」
「エモ……?」
「なんか良いって意味だ」
パチパチと後ろのおじさんにアイコンタクトをした。
おじさんは俺の意図を察したのか、ガラガラと音を立てて病室の扉を開いた。
「お嬢様。こんなところにいたんですねぇ」
「あ、コ、コレット! 違う、これはその……」
「違うもクソもありませんが。お嬢様に何かあったらおじさんのせいになっちまうんですよねぇ」
「あ、あ゛ーーー!! 離せ!!」
「いて、いでで! お転婆は勘弁してくださいや」
そして謎の女お嬢様はコレットと呼ばれたおじさんが担ぎ上げてしまった。
「あ、あーもう! アッシュ!」
「はい」
「10年後! いや、もうちょっと遅くなるかもしれないけど……迎えに行ってやるからな! ちゃんと仕事は空けておけよ!」
「ほうれお嬢様、行きますよ」
「あ、どうもでした。また会う日まで」
「アッシュ!! お前ちょっとひど」
扉はコレットの手によって閉められた。
家督を継ぐお嬢様。
あの人年齢だけで言えば姉と同じくらいだろ。
成人近い女性が少年に唾つけてる状態とみていいよな。
これってつまり……青田買いってことか。
ブラックじゃなかったら就職したいな。
そんで養ってくれそうな女性探そう。
別に働くのは嫌いじゃないけど折角魔法があるんだから魔法って概念を取り扱ってみたいんだよな、俺もさ。
男の子だから。
「そのためにもリハビリを頑張らないとな……」
五属性ある魔法。
炎、水、雷、光、闇。
ふ、ふふふ。
胸がワクワクドキドキする。
以前のアッシュ(5歳)は光と雷が得意だったらしいからな。
異世界の金髪サイドテール枠で頑張るぞ!
髪色は黒なのでもう何の特徴もないんだけどね。
半年後、肉体のリハビリを終えて退院し改めて魔法のリハビリをすることになった日。
実家が大金叩いて雇った白金級の魔法使いが俺の身体をじっくり調べた結果、衝撃的な事を言い放った。
「お坊ちゃんの魔法適性は死んでます。辛うじて闇魔法が使えるくらいで、諦めた方がよろしいかと」
…………え。
マジで?
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