第十六話 命の危機と彼女の危機
お母さんはすごい人だ。
【聖銀級】の魔法使いで、上からかぞえて二番目らしい。
すごい。
偉くて強くて美人。
闇魔法をばかにしてくる人がたくさんいる中で、お母さんはめげずに闇を極めた。国でも一二を争う……って、モルドさんが言ってた。
すごいなぁ。
光魔法使いにだって負けないんだって。
光を塗りつぶす様な闇――――なんかかっこいい。
だからわたしは、闇魔法を選んだ。
才能がなくても、センスがなくても、努力が足りなくても。
おかあさんが使う魔法が好きだから、わたしも使えるようになりたくて。
『――おまえ、闇魔法なんてつかってんの?』
うん。
そうだよ。
おかあさんと一緒なんだ。
『……ふーん』
あなたはなんて言うの?
どんな魔法を使うの?
『おれはアッシュ。おまえみたいな奴が一番嫌いだ』
…………え?
『おまえみたいに、まともな努力もしないくせに、夢とかそういうのを語るような奴が、一番嫌いだ』
………………?
何を言われてるのか、わからなかった。
まともな努力もしないくせに、って。なんでそんなことがわかるの? わたしはわたしなりに、お母さんに憧れて、お母さんみたいな魔法を使いたくて。
困惑したまま、試合が始まった。
同年代で親睦を深めるためにも開かれている、魔法交友大会。
――ちょっと、嫌いかも。
いきなり言いがかりをつけられて少し苛立ってたわたしは、男の子に対して、自分の出せる全力の魔法を撃った。
【黒蝕】。
光の有る場所で自在にあやつれる黒い影をうみだして、それで戦う魔法。おかあさんが使うと森一帯を囲むくらいの広さになるけど、わたしは自分の半径1mくらいが限界。
苛立ちをぶつけるように、男の子にそれを放って――地獄を見ることになった。
「ふざけるなっ、アッシュ・レオフォード!」
暗闇の中を這いずって、エレーナが放った魔法が俺の身体を貫く。
肩を――痛っっってぇ~~……!!
貫通してる。
二回死んでなかったら大声で叫んでるぜ、いやマジで。
耐えられたのは激情に駆られた魔法使いが、たまに暴発させることがあるとサンセットの爺さんに聞いていたからだ。
魔法使いは感情に揺さぶられやすい。
怒りや悲しみ、そういった感情の熱量に突き動かされ自分の限界を超えてしまい、魔力の暴走で身体が内側から破裂する―――なんて事故もあるらしいと。
そうはなりたくなかったから、俺は魔力を操る時は、とにかく気を付けていた。
「おまえがっ、おまえが全部っ!!」
魔法――記憶が正しければ、【黒蝕】だったっけ。
一年前より広く、そして濃くなってる。
それを肌で直接触れて感じれば、わかる。
ああ、俺より才能があるんだなって。
闇魔法適性に関してはまあ、負けるとは思ってないよ。
それでも根本的に、魔力の使い方って言うかな……そういう部分で劣ってるってのが理解できた。
「おまえが全部壊したんだろっ!!」
肩を貫いた魔法を操って、触手のように蠢く暗黒で俺の首を握り締める。
そうだ。
俺が君の人生を壊した。
エレーナ・パトリオットという母親に憧れる一人の少女の人生を台無しにした。
その通りだ。
それに対して言うことなど何もない。
子供のやったこと?
それで澄まして良い事かよ。
そんなわけがあるか。
子供がやったことの責任は親が取る。
親が取ってないんだから、俺が取る。
父上にそこらへん、聞いておきてぇな……ここを無事に切り抜けられれば、だけど。
幸い魔力を動かすやり方だけはバッチリだったから、首元に魔力を纏わせることで呼吸は大丈夫。
肩から血は流れてるけど……これくらいなら死なないしいいや。死ななければいい。俺は死ぬことだけは避けたいから、それを避けられるのなら傷の一つや二つは幾らでも許容しよう。
「おまえが……!! おまえさえ、いなければっ!!」
殺してやると言わんばかりの形相で睨みつけながら、己の魔法と一緒に自分の手で俺の首を絞めようとしてくる。
あー……
これは防げねぇな。
殺す気だ。
闇魔法使いの特徴として――この危険性がある、と言われている。
感情に揺さぶられやすいのは皆そうだが、闇魔法使いは特別負の感情に引き摺られやすいらしい。それは俺もそうだ。ダラダラメンヘラみたいにいろいろ考えてるのもおそらくその影響が強い。
魔法を鍛えた訳でもなく、身体を鍛えた訳でもない。
魔法で優れているエレーナのことを抑えるのは、今の俺には不可能だった。
「うぐっ」
「おまえ、おまえが、おまえがいなければ……わたしはっ、こんな、こんな!」
ん、ぐ。
辛うじて掴んでくる手には抵抗出来てるが、魔法には無理だ。
魔力を動かしつつ思考を動かして暴発しないようにして、と。くそっ、やる事が多いぞ!
「わたしはっ、わたしは――――」
思い出せ、アッシュ。
死の刹那、お前は何を思った。
土と泥で満たされた肺、呼吸の出来ない苦しさ。
あの中でお前は、何を求めた。
光も無い。
雷なんてもってのほか。
今の俺にあるのは、あの時俺を包み込んでいた闇だけ。
今だってそうだ。
闇は敵じゃない。
死は嫌いだが、俺の隣人でもあるんだ。
いい距離感をもって付き合っていこうって決めただろ?
掌に魔力を動かす。
全身に張り巡らせていた魔力が一時的に溜まって、掴んだエレーナの手に流れ込んでいく。
「――うあっ!?」
声を上げて、エレーナは後ろへと弾かれるように下がって行った。
魔力操作に悪戦苦闘している俺が一つわかったのは、他人の魔力を流し込まれると、魔法の使用が難しくなること。
普通そんな簡単に流し込めないが、接触してれば簡単だ。
相手の許容量を超えないように慎重に流し込めば、自分が掌握している魔力の量を超えて驚いた脳が魔法を遮断する。
「げほっ、おえ゛っ!」
空気中に霧散していった【黒蝕】を見送って、解放された喉をげほげほと咳き込みながら労わっていく。
なんか苦しい思いしてばっかりだな。
呼吸が出来ない状態で死ぬのって結構辛いんだぜ?
「う゛、ふう゛ー……ん゛ん゛っ! よし」
喋れる。
生きてる。
何一つ問題はない。
「……ぁ、ぅあ……」
そしてエレーナは、立ち上がった俺を見上げている。
瞳は揺れている。
怯え……うん、そうだな。怯えている。
そりゃそうか。
昔殺しかけてきた男をこっちが殺しかけたら、普通に抵抗されたんだもんな。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ゆるしてください……っ」
そのまま後退って、彼女は部屋の隅に逃げてしまった。
――さて。
とりあえず話が出来る状態にはなったか。
一度死に掛けたが、まあ、死ななかったからどうでもいい。
寧ろこの暴走一回で再度会話可能になったなら安いじゃん。
死んでないしセーフ。
「エレーナ」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
あの時と一緒だ。
アッシュが痛めつけた時と、同じ。
震えて蹲って、謝って時間が過ぎるのを待つ。
胸が痛んだ。
前まではアッシュだけの罪だった。
もうこれは、お前だけの罪じゃなくなった。
俺は二回もエレーナのことを追い込んだ。俺自身が死にたくないから、強くなるために、障害を取り除く為に。
……謝って、許され様とは思わない。
俺を恨む……のも正直やめてほしいが、しかたない。恨めば前に進めると言うのなら、嫌ってくれて構わない。
近付いて、エレーナの肩を掴む。
ビクリ、と身体を震わせた。
「ごめん」
背中を摩る。
俺は君を傷つけない。
それを理解してもらえるまで、何度だって挑戦しよう。
「ごめんな」
今の俺に出来る事は、それくらいの事しかないから。
無力だなぁ。
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