第十七話 大人の思惑と決意、そして転換


「奥様、今すぐにでもこの子供を送り返すべきです」


 メイド長のオリガさんはそう言った。


 鋭い眼光で俺を睨みつけるその視線は強い感情が込められていて、前世が無かったらちびってる。前世がある今でもビビってる。へへ、怖いぜ。


「お嬢様が心に深い傷を負っている。それは私達の共通認識で、その影響により他人と顔を合わせる事すら難しい状態に追い込まれてしまっている。それを知っていてなぜ、この屋敷に他人を──それも、お嬢様を傷つけた張本人を連れてきたのですか?」


 ど正論です。


 現在エレーナの部屋で起きた騒ぎで目を覚ました皆様に引き摺られ(比喩)、使用人に取り囲まれる中ヴィクトーリヤさんとメイド長のオリガさんによる口論が発生している。


 その原因は俺です。


 心が痛い。

 胸が痛む。

 こんな気持ちになるの久しぶり。社会人として働き始めて一番最初にデッカいミスしたときみたい。え、へへ……へへへ……はい先輩、すみませんでした。責任取って何が何でも探し出します。給料から退いてもらっていいんで、それ以上怒るの止めてください。二度とやりません。はい。


「それは……そうなんだが……」


 歯切れ悪いぞ、師。

 俺をもっと全力で援護してくれないと困る。ていうかこの場においてあなたが味方になってもあんまり頼りない感じになって来てますが大丈夫ですか。俺は大丈夫じゃありません。


「お嬢様は、心優しい子でした」

「奥様を慕い、貴女のようになりたいと毎日毎日努力を欠かしておりませんでした」

「確かに、奥様の目からみれば、微々たるものでしかなかったかもしれません。ですが、お嬢様は必死に毎日努力を重ねて、奥様の期待に応えようとしていたんです」

「それなのに……」


 オリガさんはもう一度俺を睨みつけた。


「非礼を承知で申し上げます。奥様は、お嬢様に当てつけのようなことをしていることは自覚していますか?」


 当てつけ。

 闇魔法を使っていたが打ちのめされ魔法を諦めてしまった娘の代わりに、かつての師からの要請とは言えその娘を打ちのめした張本人を弟子に迎え入れる。


 そうみられるのは当然の事だった。


「そんなつもりはない」

「ええ、わかっています。お嬢様と距離を取ったのも、お嬢様が拒絶したからだと私はわかっています」

「……………………」

「それがあの時お嬢様に必要だったのは確かです。ですからこうして時間をかけて、元に戻れるようにとしていたのでは、ないのですか?」


 どうやら俺が全てを崩壊させてしまったらしい。


 一応あの後落ち着いたエレーナが俺の顔を見て、もう一度会話しようと「……ぁ、あの……」って声を振り絞ったところで俺はお縄になった。


 エレーナはこの場にいない。

 向こうでアデリーナさんとかがついている、らしい。


「もう、子供のやったことで済まされる話ではありません。今すぐにでも追い返すべきだと私は進言いたします」


 そうしてオリガさんは言葉を止めた。


 師はそれを受けて、悩む仕草をしている。


 いやもう本当に……仰る通りです。

 俺は俺が悪い事を自覚している。


 それでも押し通す事しか考え付かなかったんだ。時間をおけばおくだけこの問題は悪化するんじゃないかって、半ば確信みたいな疑惑があって。


 この世界は、魔法や戦争があるこんな世界では、俺を待ってくれるほどやさしくはないって思って。


「…………オリガ」


 たっぷり一分ほど瞠目した後、師は言葉を紡いだ。


 オリガさんは傾聴している様に、見える。


「お前の言う事は最もだ。私は娘のことを優先している様で優先できていない、不出来な母親でしかない」


 オリガさんは口を挟まない。

 師もこの言葉にリアクションを求めていた訳ではないのか、淡々と続ける。


「後継者としてエレーナが相応しいかどうか。これを問われれば私は、否だと答えてしまうだろう。【聖銀級】として、あの程度の魔法しか使えぬ子供を認定する事は出来ない」

「……では。その子こそが相応しいと?」

「素質だけならば。正直、これほどまでに闇魔法に適性を持つ人間を私は見たことがない」


 でしょうね。

 実際に死んでるし。

 死に近ければ近い程闇を理解できるってのは、誰にも覆させやしないぜ。


 あ、でも待てよ。

 もしも死んだ人間を蘇生したりできるとしたら……


 ……あり得ない仮定だけど、それが出来たら闇魔法の危険性ヤバいな。


「だから、あんな風にお嬢様を傷めつけたこの子供を、後継者に選ぶのですか?」

「──そうだ。私は、アッシュを導くと決めた。この世界の誰よりも闇魔法の才能を持っているこの子を、【光の剣聖】に負けない魔法使いにするのだと」

「奥様、それは……!」


 オリガさんが動揺した。


 え、父上に負けない魔法使いになるってなんか駄目な事かな。

 そんな露骨に驚かれるようなことじゃないと……ああでも、あれか? 父上に対する恨みもちょっとあったりするのかね、過去に。


 そこら辺踏み込めるほどまだ仲良くないし、うん────ってちょっと待て! 


 今ヴィクトーリヤさんなんて言った? 


「え、あの。ちょっといいですか」

「む」

「……どうしました?」


 空気読めてないですよね。すみません。でも聞きたかった。


「俺、ヴィクトーリヤさんの後を継ぐとか、初めて聞きました」

「…………あの、奥様」

「…………まだ、魔法の一つすら教えていない。魔力操作の段階だ」

「……………………」

「……………………」


 会話が止まった。


 えぇ……

 ヴィクトーリヤさん、そんなこと考えてたの? 

 ていうか過去に父上となんかあったとして、その息子である俺が闇魔法で【光の剣聖】に並び立てるようになることを、もしも仮に今危惧していたとして。


 うーん……


 わからないな。

 まだまだ材料が足りない。

 でもこれは覚えておいた方がいいような気がする。


「だが、急ぎ過ぎたのは、そうだ。私の判断ミスだ」

「……はい。お嬢様がもっと落ち着いてから、謝罪を受け取れる程度に落ち着いてからでよかったと」

「ダメです」


 大人だ。

 二人は大人だから、互いに折れて、その場をおさめようとした。

 正しい。

 どうしようもないくらいに正しいと思う。


 でも。


 今そこで決着をつけるのは、だめだ。


 俺の判断が間違っていたとは思わない。

 なぜなら、人間は100年生きられるかもしれないが、今この瞬間を生きるのは一度だけだ。若く吸収力の高いこの時期を暗闇の中で過ごすのは、エレーナにとってどうしようもない不利になる。


 その恨みを後年になってぶつけられるのは、どうしても嫌だった。


「ダメなんです。今じゃないと」

「……なぜ、そう思うのですか?」

「こどもの一年と大人の一年は一緒じゃないからです」


 オリガさんは、ピクリと眉を動かした。


「エレーナが前を向いて、【聖銀級】魔法使いを追いかけるには、今しかないんです」

「その道を遮ったのは、他でもないあなたです」

「はい。その通りです。だから、此処に来ました」

「…………」

「俺を踏み台にしてくれればいい。謝って許されたいなんて、最初から思っちゃいない。ただ俺は、エレーナが前を向けるようになって欲しい」


 もう子供らしさとか完全に抜け落ちてるけど、結局のところ、俺の本音はこれだ。


 俺の所為で一人の人生を歪めて終わらせてしまったなんて、後悔が募るだけ。そんな過去なかった事にしたいけど現実は変えられないから、せめて未来で明るくなって欲しいんだ。


 そのために、俺は自分で傷付けた女の子を、無理矢理にでも立たせようとしている。


 最低だなぁ……


「俺は強くなりたい。強くなるために、ヴィクトーリヤさんに魔法を学びに来た。そのためにはまず、エレーナの事を清算しなければならなかった」


 善意だけじゃないってことは察してくれ。


 俺は自分の為に全て利用しようとしてるんだ。

 それは罪だ。

 自覚している。

 でも止めない。

 そうしないと、未来の俺が死ぬかもしれないから。


「…………そう、ですか」


 そして俺の言葉を聞いて暫し考え込んだのち、改めてオリガさんは意見を口にする。


「──それでも私は。時期尚早であったと思います」

「…………そうだな」

「はい。ですから一度時間をおいて、今度は私達の方からお嬢様に話を通しますので────」


 お。

 思ってたより丸く収まってくれるかもしれない。

 また来なくちゃいけないけど、それくらいは必要な事だと受け入れよう。なによりヴィクトーリヤさんの教えを受けてる癖に未だ魔力操作の段階だからな。


 へへっ、闇魔法の才能があるだけで魔力を操る才能は無いぜ。


 外付けの才能だしな。

 死んだ記憶があるから適性があるだけという歪さがバレなけりゃいいんだが。


 そして今後の話を纏めよう、と大人二人が話を始めた時。


 扉が突然開いた。


「はっ、は、ぁ、あっ……」


 そこにいたのは、先程まで俺と一緒にいた、同い年の女の子。


 息を切らして肩で息をするエレーナが、現れた。


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